第47話 同盟


 あの悲劇の場所からどれほど歩いただろう。


 空の明るさがほとんど変わらず、昼夜もわからない。


 不毛の地を訪れて、何日経ったのかも忘れてしまっていた。


「ねぇ、アイアイ。私たちは今、どこを目指しているのかしら?」


 疲れた表情を見せるエイリアス。額に滲み出る汗を拭いながら、少し前を歩くアイに視線を向ける。


「魔都・サタナーよ。ほら、あそこ。遠くに見えるでしょ」


 快活な声が返ってくる。疲労の色が見えるが、まだ余力はありそうである。


 アイは立ち止まると、前方へ指を向ける。エイリアスとポルポが指の先へ視線を向けると、遠くに街が見えた。


「知っているでしょ、先代魔王軍と白銀の騎士団は同盟を結んでいること」


「その同盟である先代魔王軍に助太刀を依頼するのですぞ。魔王軍および裏切りおりましたレイ隊長を倒すために」


 先の戦闘で、白銀の騎士団は壊滅し、隊長は魔王軍に寝返った。


 白銀の騎士団が無くなった今、人類の希望は断たれたといっても過言ではないのだ。


「今の私たちの状況を王都の人々が知ったら混乱を招くわ。「人類最後の希望が陥落した」ってね」


「つまり〜、民を不安にさせないためにも、魔王軍を殲滅するわけね〜。でもそれって無謀すぎる気がするわ〜。だってレイ元隊長が裏切ったんですもの。先代魔王軍の力を借りても、あの人に敵う力があるかどうか〜」


「確かにそうですな。レイ隊長は人類最強と言われるほどの実力者。人が敵う相手ではありませぬ」


 レイの戦闘技術は人間の力を極限まで引き出したと言っても過言ではない。


 成長の限界を感じていたレイが、魔王軍の力を借りることで人間という枠組みを破ろうとしているのではと、アイたちは考えていた。


「それをなんとかしなくちゃいけないの! 裏切ったことが人々に広まれば、それこそ人類は絶望するわ」


 アイは苛立だちを隠せず、怒声で言葉を返してしまう。


(どうしてあんなにも呑気に!)


 彼女はこのチームのリーダー的な存在であり、上に立つものとして責任が伴う。


 判断をミスすれば、2人の命を奪いかねない。


 責任という重荷が増えていくたびに、彼女の心はすり減っていくのだ。


「アイアイ、そんなにイライラしてたらダメよ〜。肌が――」


「エイリアス! なんであなたはそんなに呑気に――!」


 アイの苛立ちは限界を超え、エイリアスの胸ぐらに掴み掛かろうと地を蹴った。


 刹那ポルポがアイの体に腕を回し止めにかかる。


「アイ殿! 落ち着いて! 今は仲間割れをしている訳には――」


 あの悲劇に加えてすり減り続ける精神。溜まり続ける疲労感。


 精神的にも肉体的にも限界で、3人の絆は壊れかかろうとしていた。


 ――ゴゴゴゴゴ……。


 突然、奇妙な音が周囲に鳴り響く。


 自然のものではない、明らかに人工的な音。


 3人は同時にピタリッと動きを止める。


「なんの音?」


 それまで喧嘩していたことなど忘れて、各自武器を抜き戦闘体制に入る。


 音の正体……。それは、すぐに判明した。


「――ッ! あれは、何!?」


 あたりを見まわし、そして『ソレ』は視界に入った。


 体をうねらせながら迫り来るそれは、王都を簡単に覆えるほど体は長く、人々が小人に見えるほど図体が大きい。


 体側は鉄のような金属で覆われ、体を青く発光させながら地中を泳ぐ。


 まるで巨大ミミズのような化け物。ソレの向かう先は魔都。その道中にはアイたちがいた。


「2人ともボーっとしてないで、走って! 魔都まではそう遠くない!」


 突然出現した化け物に気を取られるポルポとエイリアスにアイは叫ぶ。


 その怒声に我に帰る2人。


「ほら! 走るわよ!」


 化け物に背を向け走り始めたアイに続いて、2人も付いていく。


「魔都は見えているけど、距離はかなりあるわよ。いずれ追い付かれるわ!」


「分かってる。何か策を考えているから待ってて!」


 全力で走り、息が絶え絶えになりながらも頭の中で何か策を考える。


 しかし、積もった疲労が思考を遮り、うまく答えを導き出せない。


「くそっ! くそっ! なんで私はいつもこうなの! イラつく!」


 考えを導き出せない自分と、後方から迫り来る化け物という最悪な状況に、アイの苛立ちは増していく。


 それでもリーダーである自分が何かこの状況を打破できる解決策はないかと考えを巡らせた。


「あなた方は、白銀の騎士団!」


 刹那、後方から声がかかる。


 3人は反射的に振り返ると、黄金の鎧に身を包み、巨漢な馬に乗った魔族が2体そこにはいた。


「先代魔王軍の精鋭部隊『黄金の騎兵隊』の、トラディスガードではありませんか!」


「白銀の騎士団こそ、なぜこんなところに。いや、今は逃げることが先決です。どうぞ我が軍馬の後ろにお乗りください。あのワーム型の化け物に追いつかれる前に、サタナーへと戻ります」


 トラディスガードたちは軍馬を止めると、手を差し伸べアイたちを軍馬の後ろへ乗せていく。


「それは、ありがたいわ〜。軍馬の足の速さなら追いつかれる前に、サタナーにたどり着けそうね」


 巨躯な軍馬は、乗馬する人数が増えても、余裕の表情を見せていた。さすが精鋭部隊の軍馬である。


 全員が乗ったことを確認すると、トラディスガードたちは手綱を波打たせ、軍馬を走らせた。


 エイリアスはふと後ろを振り返ると、化け物がどんどん遠ざかっていくのが見えた。


 その光景にエイリアスは安堵したように肩を撫で下ろす。


「助かりましたわ〜。私たちの足では、絶対に化け物から逃げ切るのは無理でしたから〜」


「我々は同盟。助け合うのは礼儀の1つです」


 アイとエイリアスを乗せたトラディスガードは、手綱を握りつつ後方へと視線を向ける。チラリと化け物を目にした後、再び前へと向き直る。


「アレは魔都に向かってきています。守るべき民がいる以上、なんとかして撃退しなければなりません。魔法鳩を飛ばして既に事を次第を伝えてはいますが、アレが着く前に対応できる策が浮かぶかどうか……」


「なら、私たちも協力するわ。ねぇ、アイアイもそれでいいでしょ?」


「構わないわ。魔王軍を退けるために先代魔王軍の力を借りたかったし、ここはお互い利益のある行動をするのが得策ね」


「それはありがたい。ならば、いち早く魔都へ戻らねば。軍馬を飛ばします。さぁ、私の背中に捕まって!」


 そういうと、トラディスガードはさらに強く手綱を波打たせ、軍馬の足を速めた。



 ――数時間後――


「黄金の騎兵団、ご帰郷!」


 騎兵団が魔都にたどり着くと、正門前で番兵をしていた魔族がビシッと背筋を伸ばし、迎え入れた。


「斥候、ご苦労だった。話は魔法鳩を通じて聞いている。同志の死は残念だったな」


「クイーンガード様、痛み入る言葉、感謝いたします。魔王の娘が率いていた人間に殺された、我が同志も喜んでおられるでしょう」


 黄金の騎兵団の前に現れたのは、マグマのような赤い色の鎧を纏う女性、クイーンガード。


 鎧の上からでもスラっとしたプロポーションが見てとれる、厳格な性格の守り手である。


「本題に入りたいところだが、お客を連れてきたようだな」


 クイーンガードはトラディスガードの後方にいる、アイたちに視線を向ける。


「その鎧、白銀の騎士団だな」


「お久しぶりです。クイーンガード隊長。白銀の騎士団所属、アイでございます」


「同じくポルポでありますぞ」


「同じくエイリアスですわ〜」


「久しいな。レイはどうしている。元気にしているか?」


 クイーンガードの何気ない一言。レイという言葉に反応したアイたちは表情に陰りを見せる。


 言葉に詰まる騎士団にクイーンガードは問う。


「何かあったか?」


「……実は……」


 白銀の騎士団が不毛の地に入ってから起きたことを、アイたちは全て話した。


 騎士団員は自分たちしか残っていないこと、レイが裏切ったこと、全てだ。


 その話を黙って聞いていたクイーンガードは、一瞬驚きの表情を見せたものの、すぐに真剣な眼差しをアイたちに向けた。


「レイが、そうか。あいつは人類を捨て、裏切ったか」


 レイが敵にまわる。


 それがどれだけ面倒で、危険なことか、クイーンガードは知っていた。


「状況は分かった。その話は後に詳しく聞く。今は迫り来る化け物の対策について話し合わなければならない」


「了解いたしました。白銀の騎士団の方々はどうしましょう」


「化け物退治に付き合ってもらう。その前に、長旅の疲れを癒してもらうといい。番兵、白銀の騎士団の彼女らをもてなせ」


「ハッ! では、白銀の騎士団の3人は宿泊所に案内する。私についてくるように!」


 トラディスガードは状況を伝えるべくクイーンガードともに行き、アイたちは番兵に連れられ宿泊所へと向かった。

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