第39話 仲間と優しさ
「それで、これからどうすんだ? 漆黒鎧を叩くんだろ?」
胡座をかき、腕を組みながらリアンに視線を向けるマオ。
彼女の前には同じく胡座をかいて話を聞くリアンと、ライピスが女の子座りをしていた。
「そうだ。あいつが普段どこにいるか、マオは知ってるか?」
「奴は基本魔王城にいる。だが、アタシも含めて魔族や人間の前に姿を現すことはほとんどねぇ。姿を現す瞬間があるとすれば、強力な相手で傀儡にする価値がある奴のところだ」
「じゃあ、基本は魔王城に乗り込めば漆黒鎧の元へ辿り着けるか」
「話はそう簡単じゃねぇぞ。魔王城には強力な魔族がウヨウヨいるし、魔王城の周りにもすげぇ量の魔族がいる。突破するのは簡単じゃねぇ」
「そうですよね。私たちだけでは、明らかに戦力不足。漆黒鎧の元へ辿り着く前に全滅は避けられません」
普段の服装に着替えた3人は顔を突き合わせて、今後の動きを考えていた。
リアンたちの今の目的は、魔王軍を仕切る魔王を止めること。
そして、魔王を傀儡としている3種の神鎧の1人『漆黒鎧・チェムノスター・シュティレ』を倒すことである。
リアンはアリアンロッドの願いを叶えるため、ライピスは村人を安全な場所へ移すため、マオは母親を苦しめている元凶である漆黒鎧を倒すため。
目的は違えど、倒すべき敵は一緒である。
漆黒鎧を討伐するため、魔王城へと乗り込めればいいのだがそうもいかない理由がある。
「灰鎧の大規模部隊と出会して魔王軍が保有する戦力はかなり強大だと分かったからな。俺たち3人が乗り込んだところで、勝ち目なんてないのは承知している」
そう、戦力の差だ。
リアンたちの戦力は、この場にいる3人。
対して数日前に出会した魔王軍大規模部隊には数百体という魔族がいた。
しかし、それも氷山の一角に過ぎない数である。
魔王軍全体の数を合わせれば何千、何万という数になることは明らかである。
その一部分が侵攻のために出払っているとしても、魔王城は大規模部隊が少数に見えてしまうほどの魔族が警備にあたっているだろう。
加えて3種の神鎧の存在。
彼らが1体いるだけで、魔族数百体分の力がある。
漆黒鎧に関しては数千体以上の力を有していると見てもいい。
3種の神鎧との戦い備えて、露払いをしてくれる仲間が必要なのだ。
「マオ、魔王軍の中に頼れるような魔族はいないのか? 例えばマオを慕っていた奴とか」
「いねぇわけじゃねぇが、親父の娘ってことで慕われていただけの存在だしな。親父を裏切ってアタシらの陣営につくことはまずねぇだろうな」
「そうか。魔王軍の中から何人か俺たちに加わってくれる仲間がいればいいなと思ったんだけどな」
「いくらマオさんを慕っていた存在とはいえ、魔王軍から仲間といて引き入れるのはリスクがありすぎます。裏切られでもしたらどうするんですか」
「それもそうだな。んー。戦力を増やす方法か」
リアンは顎を撫で思案する。
(正直、戦力を増やすことは簡単できる。別世界で共に戦った仲間をマリガンを通して呼べば解決だ。でもそれをすれば、異世界の敵もこちらに来るリスクがあるし、価値観もぶっ壊れる。いいことは何一つないし、大罪人にはなりたくないしな)
異世界トラベラーとして大事なのはその世界の価値観を壊さないということ。
信頼できる数人の仲間に自身の身分を明かしたり、異世界の存在を教えるのは構わない。それだけで世界の価値観は壊れる可能性は低いからだ。
しかし、それがその世界規模で噂となると大変なことになる。
その世界の価値観は壊れ、本来あるべき姿の世界は別世界の価値観に殺されるだろう。
世界を破壊した原因となった者は『大罪人』となる。大罪人は『執行者』によって始末されるのだ。
(そういえば、ライピスの胸、結構デカかったなぁ〜)
ふと朝方に見た光景を思い出し、煩悩が溢れ出すリアン。
表情には出さないよう気を使いつつ、妄想に拭ける。その時だったーー。
「リアンさん」
「ど、どうした?」
突然声をかけられたリアンは、反射的に体をビクリッとさせ、驚いた表情でライピスに視線を向ける。
「まさかとは思いますけど、やましいことは考えていませんよね?」
図星を付く問いにライピスのジロリと睨むような目。
考えていることが見透かされているような感覚にリアンは、目を泳がせ焦りと困惑の表情を滲ませる。
「べ、別にやましいことは〜。考えてない……」
後半につれて声がか細くなっていくリアンに、ライピスの目がさらに鋭くなる。
女性の勘というのは侮れないもので、言葉で言い表さなくても、ほんの少しの仕草や表情で勘づかれてしまうものである。
「まっ、いいでしょう。男ってのは碌な考えしかしない、煩悩な生き物だって言いますし」
しばらく沈黙が続いた後、ライピスはそんなことを言い、呆れたようにため息をつく。
(――た、耐えた〜)
表情は変えず、心の中で安堵の息を漏らすリアン。
女性は勘が鋭いというが、まさしくその通りだと実感し、やましいことを考える時は1人のときにしようと決意するのだった。
「そんなことより、魔王城に攻め入るための戦力をどうするかです! リアンさん、マオさんを助けたときに使ったあの乗り物、あれで魔王城に攻め入ることはできませんか?」
ライピスが言う乗り物とは、タイタンのことだろう。
「出来ないことはないだろうけど……、やめたほうがいい。あれが大々的に露見すれば、噂が流れるかもしれない。そうなればこの世界の人々がタイタンの存在を知ったとき、俺たちが恐怖の対象になるかもしれないから」
タイタンを出撃させれば、魔王城を攻める糸口を作り出すにはもってこいだろう。
しかし、
どこで妙な噂が広がり、タイタンや異世界の存在が世に広まればどうなるか分からないからだ。
「そうですか。なら、他の方法を探さないといけませんね」
ライピスは再び思考へと耽り、自分の頭で思いつく限りの案を洗い出していく。
現状において彼女の導き出した案は最善な案と言えるだろう。
しかし、他の可能性が模索できる限り、リスクは抑えるべきだ。
リスクを犯す行動をとるときは、最終手段の切り札として使うべきだとリアンは考えていた。
「なぁ、アタシに考えがあるんだが、聞いてもらえるか?」
リアンとライピスが戦力増強のために頭を悩ませて数秒後、何かを閃いたマオが2人に話しかける。
「何か、妙案でも思いついたのか?」
「妙案っつうか、策略っていうか……」
「歯切れが悪いですね。危険な案なんですか?」
ライピスの言葉に、マオは「うーん……」唸ると眉を寄せる。
「危険な案だな……。正直、アタシ自身も乗り気にはなれないし、この案は使いたくねぇ。だが、今の状況を打破できるのはこれしかねぇと思っている」
「なら、尚更マオの案を聞きたい。どうするかは聞いた後に考えればいい」
いつもお気楽なマオが眉を寄せて唸るほどの案だ。
魔族だからこそ思いつく案があるのだろうと2人は考えていた。
―
――
―――
「つまり、先代魔王軍の力を借りるってことですか!」
「そういうことだ」
「私は反対です! 私たちを殺そうとした相手ですよ! 手を組もうだなんて、私たちを殺してくださいと言っているようなものでしょう!」
マオの案を聞いたライピスは勢いよく立ち上がると声を荒げ、案を拒む。
彼女がそのような態度を取るのも仕方がない。
マオはライピスを身を挺して守った。
ライピスにとってマオは命の恩人なのだ。
命の恩人を傷つけられて、怒りを覚えない人間はいないだろう。
だからこそライピスはいつか先代魔王軍に復讐してやろうと心に誓っていた。
そんな思いを抱いているのにもかかわらず、マオが先代魔王軍と手を組もうと言った。
いくら命の恩人とはいえ自分を傷つけた相手と手を組もうと考えているマオに腹が立って仕方がないのだ。
「ライピス、一旦落ち着こう。マオ、その案に行き着いた理由を教えてくれるか?」
リアンは興奮しているライピスに落ち着くように諭し、背中をさする。
怒りで肩を振るわせ、浅い呼吸を繰り返していたライピスは、深い呼吸へと変わる。
落ち着きを取り戻したところで、リアンは再度、同じ質問を投げかける。
「先代魔王軍の狙いはアタシらと同じ、現代魔王軍の壊滅。アタシが魔王軍の内部情報を餌にすれば奴らは食いつくかもしれねぇ。敵の敵は味方って言葉が人間の間ではあるんだろ?」
「うまくいく確率は?」
「半々ってところだろうな」
リアンはマオの意見を再度整理する。
先代魔王軍は望んでいるのは、魔王軍の壊滅。
そしてリアンたちの目的は、魔王軍を壊滅させ侵攻を止めること。
ほとんど目的は一致している。
そして、マオがもつ魔王城の情報を餌にすれば食いつく可能性はある。
しかし、うまくいくかは半々。
必要な情報を得たところでリアンたちを用済みとして殺すかもしれないし、マオを人質として魔王との交渉材料とするかもしれない。
全ては、先代魔王軍の反応によって変わる。
それらを加味した上で、リアンは答えを伝える。
「マオ、俺は賛成だ。先代軍の力を借りれれば、勝率は上がる。もし交渉が失敗したら、最終手段としてタイタンで逃げる」
「タイタンを出していいのか? 見られちゃマズいんだろ?」
「そのときは、巨大な鎧が現れたとか言いふらして、うまく噂を流して存在を撹乱させるよ」
マオの案に1票の賛同は得られた。残りはもう1票の賛同を得られるかどうか。
2人がライピスに視線を向ける。
視線を伏せて黙って聞いていたライピスは「ふー」っと大きく息を吐いた後、伏せた瞳をあげる。
2人と顔を合わせると、マオの方へ視線を向け口を開く。
「マオさんは悔しくないんですか? 死ぬかもしれない傷を負わせてきた相手ですよ! 怒りとか湧かないんですか? プライドとかないんですか?」
開口一番、ライピスの怒気のこもった発言。
マオを大切に思っているからこそ、湧き出る感情なのだ。
そんな彼女とは対照的にマオは「ふふっ」と笑って見せた。
「ライピス、テメェは本当に優しいやつだな。アタシは嬉しいぞ」
「な、何を言って……。話を茶化さないで――」
「茶化しているつもりはねぇ。本気で言っているんだ」
優しい笑みをこぼしていたはずのマオは、普段では見られない真面目な表情をライピスに向ける。
「アタシはな、誰かに本気で優しくされたことなんて一度もなかった。優しく接することがあるとすれば、それはアタシが魔王の娘だからという理由だ」
マオはさらに話を続ける。
「アタシの地位ばかり見て、アタシの心を見てくれる奴なんて1人もいなかった。仕方がねぇことだと言えばそれまでだが。だがな、テメェらと出会って、仲間としての優しさを知った。アタシ自身に目を向けてくれて心の底から心配してくれることにアタシは感動を覚えんだ」
人間で言う王女の地位にいたからこそ、マオはそのような扱いを受けてきたのだ。
人間の世界でも王女と地位にいる人がいれば、誰もが優しくしひれ伏す。
しかし、それは本当の優しさではない。王女だからこそ優しくされているのだ。
「アタシは多少のリスクを冒してでもテメェらのためになるなら命をはりてぇ。だからライピス、今回はアタシの案を信用してくれねぇか……」
ライピスは深くため息をつくと、一度顔を背ける。
どう答えを返すべきか、考えているようだ。
数秒間、考えたのちライピスは決意を固めたようにマオへと向き直った。
「マオの気持ちは分かりました。私も少し頑固だったかもしれません。ごめんなさい。だから、私はマオの案に賛同します。でも、1つだけ約束してください。みんな必ず生きて帰ること」
「言われなくても分かってる。リアンもそうだろ?」
「当たり前だ。仲間を守るためなら、異世界トラベラーとして全力で戦うよ」
3人の意見は固まり、行き先は決まった。
目指すは先代魔王軍が根城としている、旧魔都『サタナー』だ。
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