ポリーナ・パーシモン 29 マルコキアスを倒す
そして翌日になると、ポリーナは同じ事を繰り返し、タロスを作り出すと、さっさと家に帰るのだった。
これならば、ほとんど時間は取られずにすむし、魔力回復剤はメディシナー家で用意する事になっていた。
そして念のためにレオンハルトはマルコキアスの縄張り周辺の村々からは領民を一時的に避難させた。
また、オーベルの修正案により、マルコキアスをより苛立たせるために囮としてタロスを生成可能な戦闘ジャベックを無作為に送り込み、マルコキアスの縄張りの中でタロスを生成させて、マルコキアスを攻撃させた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
マルコキアスは苛立たしく思っていた。
(またか!またなのか!)
最初の130体から始まって、数分おきに100体以上のタロスが際限なく襲ってくる。
もちろんその程度のゴーレムごとき、上位悪魔たるマルコキアスにとってどうという事ではないが、一回の集団でさすがのマルコキアスでも1箇所か2箇所程度の軽い傷は負う。
それが1時間、2時間、10回、20回と続けば、傷の数は次第に増えていく。
そして長時間の疲労に比例して一回毎に受ける傷の数と深さは増えていった。
すでに半日以上が経ち、日も落ちているというのに、夜中になっても相手の攻撃は緩むことなく、相変わらず継続されていた。
マルコキアスの傷の数はすでに数十箇所にも及び、その中には深い傷も数箇所含まれていた。
しかもこの人形どもの集団は全身どこでも狙って来るが、どうやら一番の攻撃目標は自分の口の中らしいのだ!
最初はそれを知らずに不意打ちを喰らい、もう一度油断をして口の中に傷を2回受けたマルコキアスは猛狂っていた。
しかもこれでは思い通りに口から火を噴く事出来ず、マルコキアスは余計に苛立ちが高まっていった。
(おのれ!人間め!人間め!)
マルコキアスは操作している人間を見つけようとしたが無駄だった。
(どこだ!一体こいつらを操っている術者はどこにいるのだ?)
どうやら人間どもはタロスを生み出すと、すぐに遠くへ行ってしまっているようだった。
しかしこれだけの数のゴーレムを操作するからには人間も相当数、最低でも数十人程度の集団がいて、1日数十回はゴーレムを生み出していると考えていたマルコキアスだったが、その集団を探しても、どうしても見つからなかった。
なまじ自分の縄張りが広いだけに、すべての場所をマルコキアス一人で警戒し見張るのは不可能だった。
マルコキアスもまさかこのゴーレムをたった一人の少女と、数体のジャベックが生み出して、しかもそれが1日たったの1回しかやっていないとは想像もしていなかったのだ。
その上、たまにタロスを生産して自分に戦いを挑んでくるジャベックがいたが、それはどうやら囮で本命は他にいるようだった。
(違う!こいつではない!)
マルコキアスは自分が人間風情にからかわれていると感じて激怒した!
憤怒の思いで近くの人間の集落を襲ったが、そこには誰もおらず、しかも罠が仕掛けられていた!
逃げるタロスを追いかけて行くと落とし穴があり、そこには尖った竹やりが埋め込まれており、大怪我をした。
しかも穴に落ちたマルコキアスに対して大量のタロスたちが襲い掛かり、穴から脱出するまでの間にグサグサと何箇所も刺されてしまっていた。
別の村では普通の道を歩いていると、突然どこからか丸太や竹やりで作られた棘状の球体が投げつけられて来て深手を負ってしまった。
また別の村では家の中まで相手を追い詰めたが、あろうことかその家全体が押し潰れ、危うくマルコキアスも押しつぶされる所だったのだ!
しかもその村々にいるジャベックたちは、まるで人間のようにマルコキアスを挑発し、からかうようにおびき寄せるのだ!
自尊心の塊であるマルコキアスはそれに我慢がならず、わかっていてもそのジャベックを追いかけて罠にかかってしまった事が何回もあった。
それは全てオーベルの考案によって仕掛けられていた罠だった。
彼はこれだけマルコキアスを追い詰めれば、必ず縄張り近辺の村や町を襲うと予想して、無人の村と化した場所に数々の罠を仕掛けたのだった。
しかもなまじ自尊心の高いマルコキアスであれば、挑発すれば尚更罠にかかるだろうとまで読んでの事だった。
事実その罠に何度もかかり、マルコキアスは村を襲うのは諦めた。
(人間め!許さん!許さんぞっ!)
しかし例え村々を襲うのを止めたとしても、相変わらずポリーナの時間差によるタロスによる襲撃は続いていた。
満身創痍のマルコキアスはその格下の相手と戦うのですらやっとのほどの深手を負っていたのだ。
マルコキアスは目にも見えず、耳にも聞こえず、自分の縄張りの中で感知も出来ない真の敵の存在に猛り狂ったが、どうしようもなかった。
彼に出来る事は絶え間なく襲ってくるタロスの群れから自分を守る事だけだった。
あれから10日間が過ぎた。
さしものマルコキアスも疲れ果ててきた。
すでに1週間もの間、ほとんど休む間もなく、戦い続けていたのだ。
マルコキアスはかつて味わった事のない屈辱を感じながらも、仕方なくお気に入りの場所を捨てて、自分の縄張りの別の場所を住処としたが、そこにも間断なくゴーレムたちは襲ってきた!
これではどこへ行っても同じ事が繰り返される!
なまじ縄張り意識が強い魔物だけにそれが災いした。
どこへ縄張りを移動してもこの人形どもは自分を追い続ける!
一体いつまでこの攻撃が続くのだろうか?
しかしマルコキアスには戦い続けるしか方法はなかった。
そして戦いが始まってから2週間後、マルコキアスはついに力尽きて死んだ。
あれほど馬鹿にしていたゴーレムに倒されて死んだのだった。
その場所にはまるで墓標のように、一つの美しい首飾りが落ちていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ポリーナはその戦場の変化に気づいた。
「おかしいですね?
タロスたちの様子が変です」
自分のタロスたちの様子がおかしい事に気づいたポリーナがオーベルに報告する。
「おかしいって?どういう風にだい?」
「その・・・これは目標を見失った感じですね」
「目標を見失った?マルコキアスをかい?」
「はい、そうです」
「またどこかに縄張りを移動したのじゃないかな?」
「そういう感じではないですね?
これはその・・・根本的に目標とする相手がいなくなったような感じです」
「いなくなった・・・?」
「よほど遠くへ縄張りを移動したのでしょうか?」
「ふむ、これは一つ偵察をしてみるか?」
自分でも鳥型の偵察タロスを出してマルコキアスの不在を確認したオーベルが、マルコキアスの縄張りの中心付近を丹念に探索する。
オーベルの鳥型タロスはそこである首飾りを見つけた。
それをタロスに持ち帰らせたオーベルは軽く驚く。
「これは・・・」
それはマルコキアスが落とすと言われている「不屈の首飾り」だった。
「ポリーナちゃん。どうやら君はマルコキアスを倒したみたいだよ?」
「え?まさか!」
「いや、これは『不屈の首飾り』だ。
これを持っているのはマルコキアスしかいないからね。
これがこの場所に落ちているという事は、奴がここで死んだ事を意味する。
それはとりもなおさず、君がマルコキアスを退治したと言うことさ」
「そうなのですか?」
「ああ、そうだと思うよ」
「どうにも実感は湧かないのですが・・・」
「ははっ、それは我々もさ」
オーベルがす笑って答えると、それをそばで聞いていたクレイグも肩を落として答える。
「そうですね、しかしこれは間違いないでしょう。
やれやれ、ゴブリンアールに続き、またしても私は何もする事がありませんでしたよ」
「まっ、マルコキアスは倒せたんだ。
良かったじゃないか?」
「ええ」
3人はメディシナー侯爵邸へ戻り、レオンハルトとレオニーに報告をする。
「え?じゃあポリーナが本当にマルコキアスを倒したのかい?」
「そういう事だねレオン、しかもまたもや彼女一人でさ」
「では彼女がマルコキアスの討伐ミッションをクリアしたという事ですね?」
しかしレオニーの言葉にクレイグは首を横に振って答える。
「いえ、ゴブリンアールの時と違って、今回はまだ正式に討伐ミッションは出していませんでしたからね。
それ以前に時間稼ぎをするというような意味合いで、言わば個人的に一種の実験として彼女に頼んだ訳ですから・・・」
「では彼女はマルコキアスを倒したにもかかわらず、何も報奨金も与えられないという事ですか?」
「遺憾ながら組合の公式的にはそういう事です」
そのクレイグの説明を聞いてレオンハルトが叫ぶ。
「そんな馬鹿な!
上位悪魔を単独で倒しておきながら何も褒美が出ないなんて!」
「あの・・・私は別にそれで構いませんので・・・倒した実感もないですし・・・」
そのポリーナの言葉に今度はレオニーが叫びをあげる。
「そんな訳ないでしょう!ポリーナさん!」
「安心しろよ、姉さん、今クレイグは「組合的には」と言っただろう?」
「ええ、その通りです」
「だったらメディシナーとして正式に表彰すれば良いだけさ」
「そうね?それは良い事だわ」
「いえ、あの・・・本当に私は別に・・・」
「ダメよ!ポリーナさん、こういう事はきちんとしなければ!」
「そうだとも、公的に上位悪魔を討伐をした者が報われないとはだめだ!」
レオンハルトの言葉にオーベルもうなずく。
「僕もそう思うよ。ポリーナちゃん」
「ええ、そうですね。私も賛成です」
そう言ってクレイグも賛同する。
こうしてポリーナはマルコキアスを単独で退治したとして、メディシナー侯爵家より報奨金として金貨200枚と、ガレノス小勲章を授与されたのだった。
それはメディシナー中に伝わり、ポリーナは今やちょっとしたメディシナーの英雄になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます