ポリーナ・パーシモン 04 伝説のゴブリンキラー

 アルマンとポリーナは受付嬢に案内されて「応接室」と書かれた部屋へ入った。

二人が座ってしばらく待っていると、精悍な感じの若い男性が部屋に入ってくる。

首からは下半分に黄色の線が入っている白銀に輝く登録証を身につけている。

白銀等級シルバークラスの魔戦士だ。


「やあ、お待たせいたしました!

初めまして!

私がここの支部長でエルネストと申します。

かのゴブリンキラーさんと御会いできるとは光栄です」

「こちらこそ、私はアルマン・パーシモンという者です。

まあ、世間では確かにゴブリンキラーなどと言われているようですがな。

わしとしてはどちらでも良いです。

これはわしの玄孫のポリーナ・パーシモンと申します。

まだ修行中の身ですがね。

後ろの四人はジャベックです」


その説明を聞いて支部長のエルネストがうなずく。


「なるほど、高齢の魔道士で緑や青の髪のジャベックを連れていらっしゃる。

評判どおりですね?」

「ええ、ところで早速ですがゴブリンは?」

「はい、実は大物がいるのです」

「ほほう?大物と言うと?」

「この街の近くにウイザードがおります」


その言葉を聞いてアルマンがその老体を跳ね上げるように叫ぶ。


「何と!ウイザードですか?」

「はい、その通りです」

「わかりました。引き受けましょう」

「引き受けてくださいますか?」

「ええ、もちろんです」

「え?あのウイザードって・・・?」


話についていけないポリーナが質問をすると、支部長のエルネストが説明をする。


「ウイザードというのはこの場合はゴブリンウイザードの事で、ゴブリンの魔法変種の中でも最上位種の事を指します」

「うむ、ポリーナも魔法の使えるゴブリンがおる事は知っておるな?」

「はい、確かメイジゴブリン・・・」


ついこの間、森で出会ったばかりだ。

ヴェルダたちがいなければ危なかっただろう。


「そうじゃ、ゴブリンは全てオスの魔物で、本来は自然発生する物じゃが、繁殖力が強く、メスの生き物なら何とでも交わって仲間を作る。

犬だろうが猿だろうが、ゴブリンと交わったメスから生まれた物は、全てゴブリンとして生まれてくる。

しかし奴らは特に人間の女を好む傾向にある。

理由としてはその方が優秀なゴブリンが生まれるからと言う説が有力じゃ。

事実、人間の女から生まれるゴブリンはゴブリンチーフやゴブリンキャプテンと言った上位種が生まれる確率が高い。

そして中でも魔法使いの女と交わると、生まれてくるゴブリンは魔法を使える物が多くなる。

それがメイジゴブリンじゃ。

それがさらに進化して使役物体魔法が使えるゴブリンドルイドや中位攻撃魔法が使えるゴブリンソーサラーとなる。

そして魔法種のゴブリンとして最終的な進化を遂げた物が「ゴブリンウイザード」じゃ。

「ウイザードゴブリン」とも言うがな。

まあ、どちらも同じじゃ」

「ウイザードゴブリン・・・」


その名称にポリーナは驚いた。

ウイザードと言えば、上級魔法使いの別称だ。

それを名前に冠するゴブリンとは確かに強敵に違いない。


「はい、実は魔法を操るゴブリンが出たというので、うちの討伐隊が派遣されたのですが、三級をリーダーとして、四級から六級を30人ほど率いて行ったのですが、返り討ちに遭い、半数以上の者がやられました。

生き帰った者の証言によると、そのゴブリンは高位火炎呪文を使用したとの事で、その時点で我々はその個体をゴブリンウイザードと認定しました」

「ゴブリンが高位火炎魔法を?」


下級の魔物と言われるゴブリンが高位火炎魔法を使うと聞いてポリーナは驚いた。


「うむ、ゴブリンウイザードはわしも一度しか倒した事はないが、奴は魔法学士級の魔法を使う」

「ゴブリンが魔法学士級の魔法を?」


そのアルマンの説明でポリーナは再び驚く。

人間でも魔法学士などは滅多にいない。

事実、これほど優秀な高祖父アルマンですら魔道士だ。

それが魔物の、しかもゴブリン程度が魔法学士級とは信じがたい。


「そうじゃ、つまりゴブリンウイザードとはわしら魔道士よりも上の力を持っているという事じゃ。

舐めてかかれる相手ではない。

わかるな?」

「はい」


これほどポリーナが尊敬している魔道士アルマンよりも高位の魔法を使えるゴブリン・・・確かにそれは気を引き締めてかからなければならないだろう。


「うむ、じゃから今回はポリーナは加わらない方が良いかも知れぬのう・・・」

「え?」


ポリーナが驚いていると、エルネストもうなずいて賛成する。


「そうですね。

相手が相手です。

玄孫の御嬢さんには今回はここで待っていた方が良いかも知れません」

「いえ、私もその討伐に参加します!」

「しかしのう・・・」

「こちらの御嬢さんの力はどれほどなのでしょう?」

「そうじゃのう・・・レベルは51で、実力的に高位魔法士といったところで、組合基準で言えば、五級程度じゃと思う」

「なるほど、それは微妙な所ですね?」

「ああ、まだ組合員になった訳でもないので、あまり無理はさせたくはないのじゃが・・・

それに相手がドルイドやソーサラーならともかく、ウイザードは桁が違う」


可愛い玄孫の参加をアルマンが渋っていると、そのポリーナが尋ねる。


「あの・・・私いくつかお聞きしたい事があるのですが・・・?」

「何じゃな?」

「ゴブリンキラーとは一体何でしょうか?

それにアルマン大御爺様は何故総合組合でそう呼ばれていらっしゃるのですか?」

「ううむ・・・それはのう・・・

どう説明したら良いものか・・・何しろわしが自分で名乗っている訳でもないしのう・・・」


説明に困っているアルマンに対して、エルネストが申し出る。


「私の方で御説明をしましょうか?

もっとも組合で流布されている話になりますが・・」

「うむ、それが良いかも知れん。

わしも自分がゴブリンキラーと言われるようになった経緯を知りたい」

「では・・・」


支部長であるエルネストが一息つくと話し始める。


「かれこれ10年ほど前からでしょうか?

ゴブリンを専門に仕事をしている高齢の魔道士がいると噂が立ち始めたのです。

その魔道士は、必ず人間の美女と見まごう緑の髪をしたジャベックを一人連れていて、場合によっては同じく緑の髪の男性型ジャベック、青い髪の魔道士型女性ジャベック、そして岩石型のジャベックを連れている事もあると噂されていました。

その魔道士は仕事をほとんどゴブリン退治に絞っていて、例え報奨金が安くともゴブリン退治の話があると聞けば、出かけていってそのミッションを受けるという話でした。

御存知の通り、ゴブリン退治という物はレベルの低い者や等級が下の者が受けるのが常ですが、その魔道士は一級であるにも関わらず、常にゴブリン関係のミッションを受けていたのです。

そのために色々と蔑まされた事もあったようですが、7年ほど前にある出来事があって、それ以来状況が変わったのです」

「ある状況?」

「ええ、7年ほど前にある支部の近くで、ゴブリンウイザードが発生しました」

「ゴブリンウイザード・・・」

「ええ、今のこの支部と同じ状況下です。

ゴブリンウイザードは滅多な事では発生しませんが、一旦生まれると非常に厄介な存在です。

当然の事ながら討伐隊が組織されて破格の報酬で一級の組合員が指揮して30人ほどの人数で討伐に向かいましたが、その討伐隊が壊滅されました。

業を煮やしたそこの支部長がそのゴブリンウイザードの討伐を自らの義務ミッションとして指定し、その支部の四級以上の者たち全員の義務ミッションともしました。

そしてウイザードを倒した者には破格の報酬と紫線英雄章の発行まで約束して総勢50人以上の組合員で討伐に向かったそうです。

しかしその結果は散々な物でした。

そこの支部長は私と同じ白銀等級シルバークラスでしたが、その討伐隊は危うく壊滅しかかって帰って来たそうです。

そんな時にふらりと現れたのが、こちらのアルマン・パーシモンさんです」

「大御爺様が・・・」

「はい、アルマンさんはそこの組合員たちが止めるのも聞かず、そちらのジャベックたちだけを連れて、たった一人でウイザードに向かって行ったのです。

そして見事討伐成されました。

それ以降、誰言うでもなく、この方を「ゴブリンキラー」と呼ぶようになり、もはやアルマンさんがただのゴブリン一匹だけを倒すためにミッションを受けようとも、馬鹿にしたり、蔑んだりする組合員はいなくなったのです。

そして「ゴブリンキラー」の名は、それこそ伝説のように語られるようになったのです」

「そんな事が・・・」

「それはちと大げさじゃな。

あの時もわしが行く前の2つの討伐隊で、奴らはかなりの数を減らしておった。

おかげでわしはかなり楽に事を進める事が出来たわい」


少々驚いたように話すアルマンに対して、エルネストが首を横に振って答える。


「いえいえ、そんな事はありませんよ。

たとえ、アルマンさんは最初の討伐隊だったとしても、ウイザードを倒した事でしょう。

それは誰もが知っております。

そして、その時にその支部から貰ったのが、その紫線英雄章です」


そう言ってエルネストがアルマンの登録証を指差す。


「紫線英雄章?」


聞きなれない言葉にポリーナが聞き返す。

先ほども受付でその言葉を聞いたが、ポリーナには何の事だかわからなかった。


「ええ、組合で指定された特別なミッションを成功すると授与される勲章の一種です。

それを授与されると、等級や種別の関係なく、登録証に一本紫色の線が加わります。

それを保持している組合員は等級に関係なく、組合員から敬意が払われる、滅多にない栄誉ある勲章ですよ」

「まあ、大御爺様・・・そんな事を私に話してくださらないなんて・・・」


少々咎めるように話すポリーナにアルマンは悪びれずに答える。


「なに、これはわしに取ってはついでのような物で、別に一々話したり、自慢したりするようなもんでもないからの。

それにわしがその時にウイザードを退治出来たのはヴェルダたちのおかげじゃ」

「はは・・・御謙遜を・・・まあ、そのような訳でアルマンさんはゴブリンキラーと呼ばれるようになった訳ですが、ここ1・2年は噂を聞く事もなかったので、どうしていらっしゃるのかと思っていたのですよ。

うちの組合で流れている話はこのような感じですね」


エルネスト支部長の話を聞いてアルマンもうなずく。


「うん、まあ大体それで間違いはないの。

ここ1・2年、わしが何もしていなかったのは、ちと体が痛んでおっての。

何しろわしも年じゃて、少々療養しておったのじゃよ」

「ほう、療養?するとメディシナーか、どこかでですか?」

「ああ、ベープの町で療養をしておったのじゃ」

「なるほど、あそこならメディシナーと並び、療養や治療温泉で有名ですからね」

「うむ、その町でしばらく療養しておったのじゃが、そこで数ヶ月前にちょっとした事で知り合った若いモンがおっての。

これが若いのじゃが、また非常に優秀な魔法治療士での。

そのおかげでこの通り元気になったのじゃ」

「ほう?そんな優秀な魔法治療士が?」

「ああ、風来坊のような旅人であったが、あれはおそらくどこかの貴族か何かの生まれじゃな。

行動は大雑把じゃったが気品があったし、一緒にいた供らしい女も優秀な魔法治療士じゃった。

それにとにかく動物好きなようでのう・・・

動物にも好かれておったが、怪我をした動物を見ると、すぐさま治療魔法で治していたのには驚いたわい」

「ほう、動物にまで治療魔法を?それは珍しいですね?」

「ああ、だがあいつは将来きっと大物になるぞ?

そんな訳で元気になったわしは孫を訪ねたのじゃが、折悪しく亡くなっておっての。

そこでこの玄孫に会ったという事じゃ」

「なるほど、そういう事でしたか?」

「うむ、そういう訳じゃ、ポリーナ、相手はそこらのゴブリンとは訳が違う。

今回はわしに同行するのは止めておいた方が良いと思うのじゃが・・・」


そんなアルマンにポリーナが質問をする。


「私、大御爺様にもう一つお尋ねしたい事があるのですけど・・・」

「何じゃな?」

「何故、大御爺様はそんなにゴブリンの仕事を引き受けたいのですか?」


その質問にアルマンがため息をついて答える。


「そうじゃのう・・・やはり話しておかねばなるまいか・・・」


ポリーナの質問にアルマンはしばし考えていたが、やがて覚悟を決めたように話し出すのだった。

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