ある男の話 06

 売店に着くと、ある物をアーサーはジッと見つめていた。

それは大きな字で


「組合推薦! 冒険者揃え 」


と書かれて、売られている物だった。

冒険者用の「背負い箱」と一緒になって、「鉄の剣」、「甲皮の盾こうひのたて」、「迷宮灯」、「木の水筒」などが一通り、揃いになっていて、それ以外にも回復薬などが色々とついてくるようなのだ。

しかも定価は1300ザイらしいのだが、組合員は特別価格で1000ザイらしい。

アーサーは銅の短剣以外はろくに装備もなかったが、これ一つを買えば、初心者はほぼ装備を整えられるようだ。

それで先ほどこの品物を見たアーサーは、これが気になってここに戻ってきたのだった。

アーサーがそれを物欲しそうに眺めていると、店員が近寄ってきて話かけてくる。


「おや、お客様は先ほどもいらしてましたよね?」

「うん」

「確か先ほどは十級でしたが、昇級されたのですね?」


その言葉にアーサーはギクッ!としたが、とぼけて答える。


「え?うん、まあね」

「それはおめでとうございます!」

「あ、ありがとう」


まさか毒消し草を買って昇級したとも言えないので、アーサーは素直に礼を言う。


「しかし、残念ながらまだ装備はそれほど整っていらっしゃらないようですね?」

「え?そうだけど・・・」


確かにアーサーは銅の短剣を腰に差している以外は、これと言った物は何も持っていない。

だからこそ、この初心者用一揃えを眺めていたのだ。


「ではせっかく昇級されたのですから、これを機会に装備を整えてはいかがですか?」

「え?・・でも・・」


正直、アーサーの財産は心もとない。

しかも登録と昇級で、すでに虎の子の大銀貨を2枚も使ってしまっている。

大銀貨はあと1枚しかない。

あまり無駄遣いは出来ないのだ。

そう考えて言葉を濁しているアーサーに、店員はアーサーが眺めていた「冒険者揃え」を熱心に勧めてくる。


「これは大変お買い得ですよ!

何しろこれから冒険する人の基本的な物が全て揃っております!

まずは「鉄の剣」です。

御客様も銅の剣は持っていらっしゃるようですが、少々長さが短いようです。

これから魔物はどんどん強くなってまいります。

いずれもっと強力な武器をお求めになるでしょうが、まずはこの鉄剣です。

これさえあれば、迷宮の浅い階に出てくる敵など、問題ではありません!

それに購入した当初は主武装として、後により強力な武器を購入した際には、補助武装として使う事も出来ます」


その店員の言葉にアーサーはうなずいた。


「なるほど、確かに」


確かにアーサーは銅の短剣しか持っていなかったので、もう少し強い武器が欲しいと思っていた所だった。

その点でもこの鉄の剣はちょうど良かったのは間違いない。


「次は「甲皮の盾こうひのたて」です。

これは七級昇級試験の指定魔物になっていて、体が硬いので有名な「鎧ムカデ」の甲皮こうひを木の盾に貼り付けております。

しかもこれは組合の特別仕様で、それを三重に貼ってございます。

当然、通常の皮の盾や木の盾などとは比較にならないほど防御力は高く、それこそ鉄の盾に匹敵するほどです!

少々小ぶりではありますが、その分軽く、使いやすく、腕に装着する事も、手に持つ事も可能です。

魔物狩人や迷宮探索者の最初の盾として、これ以上の物はないと断言できます!

そして「迷宮灯」です。

こちらも組合で考案された特別仕様の物で、組合の店でしか販売されておりません。

本体の四柱が鉄で構成されていて、揺れにも強く、激しい戦闘にも堪えられます。

また、組合推奨の背負い箱には留められる様になっておりますので、手で持つ必要もございません。

しかも追加機能として通常の蝋燭だけでなく、照明魔法結晶を入れられる構造にもなっておりますので、蝋燭がない場合、そちらを使用する事も可能です。

非常に便利なので、照明魔法が使える方でも、魔法力節約のためにこの迷宮灯を使っている方もいるほどです」

「へえ?」


どうやらこの盾と迷宮灯は、ずいぶんと特別仕様な様子で、アーサーは感心した。

それにアーサーは両方とも持っていなかったので、迷宮に行くとなれば、必要なのは間違いなかった。


「さらに「水筒」です。

こちらも地味に必要な物で、迷宮探索や商隊護衛などの長旅には必ず必要な物です。

この水筒もまた組合特別仕様でして、迷宮灯のように、背負い箱の横に吊るす事も出来るようになっていますし、腰のベルトに取り付ける事も可能です。

これによって背負い箱の中に入れる必要がないので、中が広く空く事になり、より多くの品物を背負い箱に収納可能となります。

そして最後は、収納するための「背負い箱」です。

これは大きさの割には軽く、様々な旅の必需品を入れる事が可能で、迷宮で入手した物を多く収納する事が可能です。

しかもこちらも組合特製品で、基本構造は木ですが、先ほどの盾と同じで、鎧ムカデの甲皮を1層貼ってありますので、普通の木箱よりも丈夫で、背中の盾ともなります。

事実、組合員の方からも、魔物に後ろから襲われた時に非常に助かったと聞いております。

そして左右どちらにでも先ほどの迷宮灯を吊るす事が可能な構造となっております。

迷宮内でより明るさを求める方には、左右両方に迷宮灯を吊るす事も出来ます。

そしてこれらの基本装備の他に、買ったその瞬間から使えるように、「回復薬」が3つ、「毒消し」が2つ、「乾パン」が三袋、着替えの下着と手拭いが付いていて、大変お得です」

「なるほど」


アーサーは店員の長い説明を聞いて感心した。

確かにこの一揃いは、品物の一つ一つに工夫が凝らされていて、ずいぶんと使いでがあるようだ。

しかも本当にこれが一揃いあれば、当分の間は凌げそうだ。


事実、これは悪徳商売などではなく、組合の上層部があまりにも初心者の死亡率が高いために、少しでも死亡率を下げようと、考案した物だった。

そしてこの一揃いを売り始めた結果、確かに初心者の死亡率が下がったので、組合としては、わざわざ開発した甲斐があって一安心だった。

そして初心者には強く購入を勧めるように販売員に言い含めてあった事もあって、アーサーは熱心に勧められた。

もっとも見た目がひ弱そうな初心者には、特に強く勧めるように言われていた事をアーサーは知らなかったが・・・


「そしてこれだけの物を個別に購入しますと、普通でしたら1500ザイ以上ですが、ここではそれが一揃い1300ザイ、特に組合員の方には通常の組合員割引以上に安くなり、たったの1000ザイ、つまり大銀貨1枚という破格の安さで提供しております!」

「なるほど・・」


確かにアーサーは銅の短剣以外は、ほぼ何も持っていない。

この先、冒険者をやっていくなら色々と揃えねばならないが、これを買えば、当分の間はそれが全部済みそうだ。

大銀貨1枚は少々痛いが、まだ持ってきた金に余裕はあるし、ここはこの一揃いを買った方が良さそうだ・・・

そう考えたアーサーは、思い切ってこの「冒険者揃え」を購入する事にした。

そしてこれは英断でもあった。

何故ならば、これから数日もすると、アーサーはこのような品物を買う余裕はなくなってしまうが、この装備によって、大いに助けられる事になるからだった。


「じゃあ、これを買うよ」

「お買い上げありがとうございます!」


アーサーは最後の1枚の大銀貨を出して「冒険者揃え」を買う。

早速、背負い箱を背負い、銅の剣と甲皮の盾を装備する。

等級も一つ上がって、装備も万全となったので、アーサーはもう完全に一人前の冒険者になったような気分になって、組合の外へ出た。


冒険者らしい装備も買って、すっかり気分が良くなったアーサーは、ふとミッション指示書を見てみようと思った。

そこにはこう書いてあった。


九級 義務ミッション 

一ヶ月以内に毒消し草を20個提出する事


それを見てアーサーは眼を疑った。

毒消し草を20個?

この街では毒消し草は自分の町の三倍の値段だ。

それを20個持っていくという事は60倍の値段がかかる事になる。

いくら毒消し草が安いと言っても、懐の寂しいアーサーにとっては大きな負担になる。

しかもこれを毎月するとなれば、それだけ費用は余計にかかるのだ。

もちろん本来の目的である大サソリを倒せば良いのだが、そもそもそれがどこにいるのか、アーサーは知らないのだった。

困ったアーサーは、ちょっと考えて「新人相談窓口」へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る