ポリーナ・パーシモン 01 アルマンとの出会い

「お父様、お母様、今日も行ってまいります」


ポリーナはそう言って両親の形見の木彫り人形に手を合わせると、村の周囲に薬草摘みに出かけた。

朝起きたら食事をして、村の周辺の安全な場所で薬草を摘む。

それが彼女の日課であり、日々の糧だった。

昼過ぎになると、一旦、家へ戻り、薬草を干す。

こうして何日か干した薬草や毒消し草で回復薬や毒消しを作り、村の道具屋へ持って行き、売るのだ。

しかし、最近村の周囲で取れる薬草はかなり取り尽くしてしまい、あまり数を取れなくなってきた。

もう少し、森に近い場所へ行けば、質もよく、数も多いのだが、そこには魔物が出るので、行くのは危険だった。

彼女は正規の魔法士ではあったが、それほどレベルが高い訳ではないし、剣術や格闘などは論外だった。

だがもはやそうも言ってはいられなくなった。


ある日、ポリーナは覚悟を決めて森の近くまで行ってみた。

森の近くで用心深く薬草を探していると、ふと近くに人がいるのに気がつく。

一人は木の根元に座り込んでいる老人で、もう一人はその側に20歳程度の美しい女性が立っている。

しかも非常に珍しい事に、その女性の髪の色は緑色だ。

ポリーナはどうしたのだろうと近寄ってみた。


「あの、どうかなされたのですか?」


ポリーナが声をかけると、老人が弱々しく答える。


「いや、何、そこの村に用事があってきたのだが、少々疲れてしまってね。

ここで休んでいる所だ」

「村はもうすぐそこですよ?

ここは魔物も出るし、休むには不向きです。

私が村まで案内しましょうか?」

「そうだな・・・

ヴェルダ、頼む」

「はい、承知しました」


そう言ってヴェルダと呼ばれた女性が老人を軽々と抱きかかえる。

だが老人を抱きかかえた女性にポリーナは違和感を覚えた。

何かがおかしい・・・?

その違和感の正体をポリーナは思いつかなかった。


「村のどこへ御用なのですか?」

「そうさな、もしお嬢さんが知っていれば、カルロという人間の家に案内して欲しいんだが・・」

「え?カルロ?」

「ああ、カルロ・パーシモンだ」


そう老人に聞かれると、ポリーナは立ち止まって悲しそうに答える。


「カルロ・パーシモンは亡くなりました」


そのポリーナの答えに老人が驚く。


「何っ?亡くなった?

奴はまだ70代のはずだが?」


この世界、アースフィアで70代はまだまだ若い。

この老人はその人物の死に驚いた様子だ。

ポリーナが亡くなった理由を説明する。


「はい、そうですが5年前の流行り病で亡くなったのです」

「何と・・・」


驚く老人にポリーナが尋ねる。


「おじいさんは祖父に何の御用だったのですか?」

「祖父?では御嬢ちゃんはカルロの孫なのか?」

「はい、ポリーナ・パーシモンと申します」

「そうか・・・ではまず御嬢ちゃんの家に案内してくれないか?

そこで全部話そう」

「わかりました」


家に着いた老人が中を見渡してポリーナに尋ねる。


「御嬢ちゃんの家族は?」

「いません」

「え?」

「5年前の流行り病で祖父母と父は亡くなってしまったのです。

母は生き残れたのですが、それも昨年亡くなりました」

「では、御嬢ちゃんはこの家で一人暮らしなのか?」

「はい、そうです」


その話を聞くと、老人は全身から力が抜けたようにガックリとする。


「そうだったのか・・・

さて、ではどこから話すか」


困ったように考える老人だったが、やがて決然と話し始める。


「まず、わしは御嬢ちゃん、ポリーナの高祖父だ」

「え、高祖父?では大御爺様おおおじいさまですか?」


この世界では祖父の親は曽祖父でひいおじいさん、その親は高祖父で大おじいさんと言われている。


「そうじゃ、御嬢ちゃんはわしの玄孫やしゃごという訳じゃ」

「まあ・・・でも確かに私、カルロ御爺様に旅に出ている大御爺様がいると聞いた事があります。

確か名前はアルマン・パーシモンで魔道士だとか・・・」

「そうじゃ、わしがその魔道士アルマン・パーシモンじゃ。

わしは今まである理由で旅をしていたのだが、年には勝てなくてな。

孫のカルロを頼って、ここに来たと言う訳なのじゃ」

「御爺様を?それで」

「ああ、だがその孫、カルロが亡くなってしまったとなると、これは困ったな」


しばし困った様子で考え込んでいたアルマンだったが、ふと疑問に思ったのか、ポリーナに質問をする。


「ところで、ポリーナはどうして村の外にいたのかな?」

「それは薬草を探しにです。

 村の周辺の薬草は取り尽してしまったので、危険ですが森の周辺まで行ってみたのです」

「なるほどな、他に仕事はないのかい?」

「ええ、ここは小さな村で、うちは唯一の魔道士の家でしたが、祖父母や両親が亡くなってしまい、魔道士はいなくなってしまいました。

私は一応魔法士の資格は持っていますが、魔道士学校に行く前に父や母が亡くなってしまって、蓄えもないので、低位治療魔法で村の人たちの治療をしたり、治療薬や毒消しを作って、何とか暮らしています」

「ふむ、なるほど・・・わしはここでしばらく厄介になるつもりじゃったのだが、それではかなり予定が違ってくるのう・・・」

「あ、いえ、せっかくいらしたのですから大御爺様もうちでゆっくりしてらしてください。

ただ正直言って、あまり大したお持て成しは出来ませんが・・・」

「いや、それは心配せんでもよい。

わしはそこそこ蓄えもあるし、世話の方もこのヴェルダがいるから心配はいらん」

「ヴェルダさん?」

「ああ、このヴェルダは人間そっくりじゃがジャベックじゃ。

ある事情で今はわしが預かっておる。

かなり複雑な日常会話が可能な上に、魔道士並みに治療魔法も使える魔法ジャベックなので、色々と重宝もする。

じゃからわしの世話や金の心配はせんでも大丈夫じゃ」

「え?この方はジャベックなのですか?」


ポリーナもジャベック、すなわち魔法で作り出した使役物体人形を見た事があるが、それはみな木の人形やレンガで出来た人形のような物が大半で、これほど人間と見た目が変わらないジャベックを見たのは始めてだったので、驚いた。

そして先ほど自分が僅かに感じていた違和感はこの事だったのだと気がついた。


「そうじゃ。

さし当たって、これは手土産代わりじゃ。

受け取ってくれ」


そう言うと、アルマンは懐から袋を取り出し、ポリーナに渡す。

中を確認すると、そこには金貨と大銀貨が10枚ずつほども入っていた。

これだけあれば、ポリーナならば1年は余裕で暮らせるだろう。


「まあ、こんなに・・・

でも大御爺様?こんなにお金があるのなら、もっと大きな町に行けば、御医者様も高位魔法治療士もいるでしょう?

そちらへ行った方が良いのではないですか?」


その言葉を聞いてアルマンは首を横に振り、返事をする。


「いや、もうわしも年だてな。

体中にガタが来ておる。

こればっかりはどんな優秀な医者でも、魔法治療士でも治せぬよ。

それならば最後を身内に見取られて死にたいと思ってここにきたのじゃ」

「そんな・・・元気を出してください」

「ああ、確かに孫や曾孫が亡くなっていたのは驚いたし、気も落としたが、お前さんのような身内がいたとはわしは逆に驚いたわい。

しばらくここで世話になりたいが構わないかな?」

「ええ、もちろんです。

私も一人ぼっちだと思っていたのに、家族が増えて嬉しいです!」


そう言ってポリーナは微笑む。


「ああ、ではよろしくな」

「はい、こちらこそ宜しくお願いします。

大御爺様」


アルマンも満足げにうなずくが、ふと思い出したようにポリーナに尋ねる。


「ところで先ほどは薬草摘み以外に、どこかへ出かける途中ではなかったのかな?」

「いいえ、さきほどは森へ薬草を摘みに行こうと思っていただけなんです。

後でまた行こうと思っています」

「森へ?そういえばポリーナは魔法士と言っていたが、お前さんの年とレベルはいくつかな?」

「年は14でレベルは17です」

「剣や弓は使えるのかな?」

「いいえ、それは全く」

「ふむ、それだと一人で森へ行くのは少々危険だな?」


森にはレベルが15前後の魔物までが出てくる。

この少女でも魔法士ならば倒せない事はないだろうが、魔物に囲まれたりしたら厄介だ。

剣や弓の心得はなさそうなので、戦うとなれば魔法のみとなるだろう。

しかし魔法士ではまだ集団攻撃魔法などは覚えていないはずだ。

それでは一人で森へ行くのはかなり危険だろう。


「ええ、確かにそうなのですが、村の近くの薬草や毒消し草は取り尽してしまったので、今日は仕方なく森へ取りに行こうと思ったのです。

それに森の入口近辺だけのつもりでしたから」

「なるほど、そこへちょうどわしらがいたという訳か」

「はい」

「しかし、それならちょうど良かった。

当座は今わしの渡した金で生活は大丈夫じゃろう。

さし当たっては危険な森へ行く必要もあるまい?」


しかしアルマンが驚いた事にポリーナは首を横に振って答える。


「いいえ、確かにお金をいただいたのはありがたいのですが、実はこの村には御医者様がいないのです。

魔法使いも魔法士の私がいるだけで、他の魔法使いはいません。

それに私はまだ毒消しの魔法を覚えていないのです。

でも、この村の周囲には毒虫が結構いて、村人がかなり刺される事が多いのです。

ですから、この村の人は私が作る治療薬と毒消しが頼りなので、たとえお金には困らなくとも、村の人々のために薬草取りには行きたいのです」

「なるほどのう・・・」


アルマンは自分が渡した金を使えば、贅沢さえしなければ優に数ヶ月は暮らせる金があるのに村人のために、危険を犯してまで薬草を取りに行きたいと言ったこの娘に感心した。


「わかった。では森へ行くにはこのヴェルダを連れて行くが良い」

「え?ヴェルダを?」

「このヴェルダはレベル170の汎用戦魔士型ジャベックで、魔法も魔道士並みに使える。

ちょっとやそっとの魔物程度は何でもない。

ポリーナが一人で森へ行くのは危険だが、ヴェルダと一緒なら、森どころか迷宮の地下深くまで行っても大丈夫じゃ」

「ええっ?レベル170で魔道士級?」


この田舎の村からほとんど出た事がないポリーナはそのレベルに驚いた。

何しろこの村で一番レベルが高い村長ですらレベルは28なのだ。

正規の魔道士だった父や祖父ですら、せいぜいレベル60から70程度だった。

しかもジャベックで魔法を使える物など、聞いた事はあっても、見るのは初めてだ。

それがジャベックなのに170で魔道士と同じ魔法が使えるなど、ポリーナの想像を超えていた。


「ああ、このヴェルダはある事のために作られた試作品でな。

試作品とは言っても、これがほぼ完成品なのだがな。

それの実践的運用の試験も兼ねて、わしが長い間連れていたのじゃ。

結果はすこぶる良好でな。

非常に優秀で重宝しておる。

実際、試作品とは言っても、これを元に作る予定の量産型よりもはるかに性能は上だ。

色々と学習も積んだので、日常的な事ならほとんど出来ない事はない」

「でもヴェルダを連れて行ってしまっては大御爺様が困るのでは?」


心配するポリーナにアルマンが笑顔で答える。


「ああ、わしなら大丈夫じゃ。

世話をさせるジャベックはまだ何体かあるのでな。

出でよ、マギーラ!」


アルマンがそう言って一つのグラーノを取り出して叫ぶと、そこにはポリーナとヴェルダの中間ほどの背の高さで、短い青い髪をした少女のようなジャベックが出現する。

こちらもヴェルダ同様で、人間とほとんど区別がつかない。


「これはヴェルダの前の試作品で、レベル130の魔道士型ジャベックのマギーラと言ってな。

その名の通り、魔道士級の魔法を使えるし、ヴェルダ同様、知能も高く、かなり複雑な日常会話も可能なので、わしの世話も十分できる。

安心して森に行って来るがよい」

「これもレベル130・・・」


驚くポリーナにアルマンがさらに懐からマギアグラーノを取り出す。


「そうそう、もう一体出しておこう」

「え?もう一体?」

「出でよ、ラッシュ!」


アルマンがそう叫ぶと、そこにはヴェルダと同じ位の背丈で、同じく髪が緑色の男性が立っていた。

こちらもジャベックらしいが、やはりかなり人間に近い見かけだ。


「これもやはりヴェルダ以前の試作品で、戦魔士型ジャベックのラッシュじゃ。

こちらはレベル120で、魔法は上級魔法士程度じゃが、タロスを生成できる」

「タロスを?」


上級魔法士とは魔道士や魔道士補の資格は持っていないが、いくつかの中位呪文を覚えていて、魔道士に近い能力を持つ魔法士を指す言葉だ。

ポリーナ自身は魔法士だが、タロスを生成できないので、このジャベックはタロスを操れると聞いて驚いた。


「うむ、こちらも汎用ジャベックなので、日常会話もかなりできる。

それに剣士や弓士としての腕は相当な物じゃ。

実際、このラッシュやヴェルダは魔戦士型と言っても良いほどじゃ。

わしの世話はマギーラが見ているから安心しなさい。

そしてこのヴェルダとラッシュを連れて行って、ポリーナがいつも取っている薬草を教えなさい。

そうして何回か教えれば、両方ともポリーナの代わりに薬草を取りに行く事が出来るようになるだろう。

そうすればポリーナは時間が出来るだろうから、わしが魔法を教えてやろう」

「え?大御爺様が魔法を?」


魔法を教えてもらえると聞いてポリーナは驚いた。


「うむ、わしは正規の魔道士だし、お前に教える事も出来る。

いずれポリーナも中等魔法学校に行って正規魔道士になった方が良いが、その前にいくつか魔法を覚えておいても悪くはないからな」

「はい、お願いします。

また魔法を覚える事が出来るなんて、とても嬉しいです!」

「ではヴェルダ、マギーラ、ラッシュよ!

これからはわしのいない時にはこのポリーナの命令を聞くのだ。

ただし、危険を伴うと判断した時はその限りではない。

わかるな?」

「はい、承知いたしました。アルマン様」


ヴェルダがそう返事をすると残りの二体もうなずく。


「うむ、ではポリーナ、森へ行って来なさい」

「はい、大御爺様」


ポリーナは驚きながらも薬草を入れる背負い籠を背負うと、予備の籠を二人にも背負わせて、二人を連れて森へと向かった。


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