ある男の話 09

 その少年たちが立ち去ろうとすると、アーサーは少年の前に回り込んで土下座して頼み込んだ。


「お願いだ!助けてくれ!」

「諦めて故郷へ帰れって言っただろ!」


シノブがそう言っても、アーサーは必死に頼み込む。

何しろ、この連中を逃したらもう自分には後がないのだ!


「頼む!

 いや、お願いします!

 何でもしますから!」

「ん?今何でもするって言ったよね?」

「え?それは・・・」


え?と思ってアーサーは少年の顔を凝視するが、シノブはニヤリと笑って何やら考えている。

何をさせられるのかと、アーサーが無言で待っていると、やがてシノブはアーサーに話し始める。


「ちょっとお前は、ここで待っていろ!

 俺は調べてくる事があるから!

 皆もここで待ってて。

 僕はアレクシアさんと話してくるからエレノアたちはこいつと話していて」

「承知いたしました」


少年が何を思いついたのかわからないが、アーサーはそこで待つ事となった。

一体あの少年は何をするつもりなのだろうか?

アーサーがそんな事を考えてボーッとしていると、女エルフが話しかけてくる。


「アーサー?

 御主人様があちらで用事をしている間に、私もあなたに話す事があります」

「え?何?」


かわいらしい少女のような顔をしているのに剣呑なシノブと違って、やさしそうな女エルフに話しかけられたアーサーは、ぼんやりと返事をする。

話す相手が奴隷でもあるので、どこか生返事だ。


「それはあなたの態度と心構えです。

あなたは私達に助けて欲しいようですが、それはとても人に頼む態度ではありません」

「え?」

「特に御主人様に対する態度は看過できません。

あなたは「一般規約」を本当に読んだのですか?」

「え?それはもちろん読んだけど?」


アーサーの言葉にうなずくと、女エルフは続きを話し始める。


「では、はっきりと言いましょう。

御主人様と私は白銀等級シルバークラスと言って、一級の上の等級なのですよ?

それに対してあなたは九級です。

しかも実質は十級なのです。

あなたより私や御主人様は十階級も等級が上なのですよ?

しかも私と御主人様は、正確には上白銀等級ハイ・シルバークラスと言って、普通の白銀等級シルバークラスのさらに上なのです。

このミルキィにしても、あなたよりも遥かに上の等級の一級なのですよ?

その意味がわかりますか?」

「あ・・・!」


そう説明されてアーサーは一般規約に書いてある項目を思い出した。

自分より等級が上の者には、種族、年齢、性別によらず、敬意を持って接するべしと。

ましてやこの連中は、アーサーがあれほど憧れていた青銅等級ブロンズクラス陶器等級ポッタークラスよりもさらに上なのだ!


「そ、それは・・・」

「言い訳は聞きません。

良いですか?アーサー?

これから御主人様が戻って来て、まだ今までのような態度を取るならば、私が許しません。

あなたの態度は目上に頼み事をする態度ではありません。

それはまるで友人に多少重要な物事を頼んでいるかのような感じです。

御主人様は寛大な方で、あなたが今までと同じような態度を取っても問題にしないでしょうが、私は許しません。

あなたが我々の仲間になろうなどと考えているのであれば尚更です。

先ほど御主人様はあなたを消し炭にするとおっしゃりましたが、あなたがこれ以上御主人様に不遜な態度で対応すれば、御主人様以前に私があなたを消し炭にします。

よろしいですね?」


その説明を聞いてアーサーは震え上がった!

この女エルフは本気だ!

本気で自分を消し炭にしようとしている!

アーサーはそう感じ取った。

その女エルフの迫力に、アーサーは思わず恐怖を感じて返事をする。


「は・はい」


すると、その横にいた、あのやさしそうな獣人少女もキッ!とした感じで、アーサーに話しかけてくる。


「私もです。

私やガルドたちはともかく、御主人様とエレノアさんに失礼な事をするならば、まずは私があなたを細切れにします。

御二人が動くまでもありません。

私達の仲間になろうがなるまいが、御主人様やエレノアさんに接する時は、その覚悟でいてください」


そう言うと、女獣人はサッ!とミスリルの短剣を両手に持つと、アーサーが見えないほどの速さでそれを動かす。


「ひっ!」


アーサーが小さく叫び声を上げると、自分の髪の毛がパラパラと落ちていくのが分かる。

今の一瞬で、この獣人少女が自分の毛を切り刻んだらしい。

どうやらこの女エルフと獣人少女のあの少年に対する忠誠心は、アーサーの想像を遥かに超えているようだ。

この二人に逆らったら自分はどうなるか分からない!

そう思ったアーサーは慌てて返事をする。


「わ、わかりました!

あの子に話す時は注意しますから勘弁してください!」

「あの子ではありません。

ホウジョウ様です」


女エルフに釘を刺されて、アーサーが再度慌てて訂正して返事をする。


「は、はい。

申し訳ございませんでした!

エレノア様、ミルキィ様!

これ以降はホウジョウ様に失礼がないようにお話させていただきます!」

「お分かりならそれで良いのです。

ただ我々といる時は、常にあなたに対して私達の目が光っている事をわすれないように」

「ええ、その通りです。

いつ、いかなる時でも」


その二人の目は自分たちの主人に無礼があれば、その場でアーサーをどうにかするのがわかった。

一見この二人はやさしそうだが、この二人を怒らせたら自分はどうなるかわからない!

それこそ細切れにされた上に、消し炭にされて、海に捨てられそうな勢いだ!

アーサーは昔、やさしそうに見える人ほど注意しろと誰かに言われた記憶があったが、この二人がまさにその例だと思い知った。

自分では可愛い少女に頼み事をしたつもりだったのが、実は少女どころか虎、いや、グリフォンの尾を踏んだ以上の事をしていたのだと悟った。

アーサーは縮こまって返事をする。


「はい、肝に銘じました!

もしホウジョウ様のお仲間にしていただけるなら、皆様の言葉に逆らう事などいたしません!

ましてやホウジョウ様に対して不遜な事など、決していたしませんので、どうかお許しください!」

「それならばよろしいです」

「ええ、その通りです」


どうやら二人の怒りは収まったらしいので、アーサーはホッとした。

確かにこの人たちの仲間には加えて欲しいが、間違ってもこの二人、そしてあの少年に逆らうような事をしたら、自分は命がいくつあっても足りそうにない。

アーサーはそう思って、自分の心に刻み込んだ。


三人がそんな話をしていると、話が終わったのか、シノブが戻ってくる。


「おい!お前、俺たちの仲間になりたいと言ったな?」

「はい、お願いします!

ホウジョウ様!」


アーサーはエレノアとミルキィに言われた通り、シノブに向かって敬語で話し始める。

シノブは少々意外そうな顔をするが、女エルフと獣人少女の方を見ると納得して話を進める。


「だが、はっきり言って、今お前を仲間にしてやる事は出来ん!

しかし、お前にその気があるなら助けてやらないでもない」

「はい、どうかお願いします!」

「じゃあ、決まりだ。

すぐに出かけるぞ」

「え?どこに」

「いいからついて来い!

他に荷物はあるか?」

「いえ、ないです」

「そうか、ではまず所属変更からだ」

「所属変更?」

「ああ、お前はここで登録したんだろう?」

「はい、そうですが・・・」

「その所属場所を変更する。

グローザット支部だ!」

「グローザット支部?」

「ああ、そうだ」


そんな場所は聞いた事もないが、シノブはアーサーを変更窓口へ連れて行くと、強引に所属変更をさせる。

アースフィア広域総合組合の組合員が根拠地を変える時は所属変更をする。

そうしないと、義務ミッションなどの引継ぎが出来ないからだ。

しかし、アーサーは全く聞いた事のない場所への所属変更をいぶかしがる。


「しかし、そんな場所は聞いた事がありませんが?」

「やかましい!お前何でもするんだろ?」


少年に怒鳴られて、アーサーはちらりと女エルフと獣人少女を見ると、二人は無言でアーサーを見ている。

その二人の視線が怖い!

特に女エルフのエレノア様の視線が怖すぎる!

ここで逆らったら、この人にそれこそ消し炭にされそうだ!

慌ててアーサーは返事をして手続きを始める。


「はい!わかりました!」


やがて所属変更手続きが終わると、アーサー100番がシノブに報告をする。


「手続きが終わりました!」


アーサーの報告にシノブが待ちかねたように話す。


「そうか、では行くぞ!」

「私達はいかがいたしましょう?」

「そうだね・・・何かの時に僕の代わりに行ってもらうかもしれないから、一応今回は全員で行っておこう」

「かしこまりました」

「じゃあ、僕の限界速度で行くから、悪いけどエレノアはミルキィとこいつを運んであげて」

「かしこまりました」


え?限界速度ってなんだ?

そもそもそのグローザット支部というのは、かなり遠そうだが、一体どうやっていくのだろうか?

アーサーがそう思っていると、シノブが一声命令する。


「じゃあ、行こう!」


その言葉と共に、アーサーは自分の体がフワリと空に浮かび上がり驚く。


「うわっ!これは?」


驚くアーサーにシノブが説明をする。


「集団航空魔法だ。

これで一気にグローザット支部へ行くぞ!」

「ええっ?」


これが航空魔法か?

アーサーはそういう魔法があるという事を聞いていたし、まれに自分の町の上空を航空魔道士らしき者が飛んでいるのを見た事はあるが、実際に自分がそんな魔法で飛ぶのは初めてなので驚いた。

最近ではたまにロナバール上空を飛んでいる航空魔道士を見かけて羨ましくも思っていた。

しかしまさか自分が空を飛ぶ日が来るとは思っていなかった。

有無を言わさずにアーサーを連れてシノブたちはグローザット支部へ向かう。


1時間以上も飛んだだろうか?

やがてどこかの島らしき物が見えてくる。

一行は速度を緩め、上空から組合らしき建物を探し、やがてそこへ着陸をする。

その建物には「アースフィア広域総合組合 グローザット支部」と書いてある。

ようやく地表に降りて安心したアーサーが呆然として話す。


「ここは一体?」

「ここはジリオ島のグローザット支部だ。

近くに迷宮があって、ちゃんと修行も出来る。

アーサー100番、いや、もう面倒だからお前の名前は100番にするぞ!」

「え?そんな・・・!」


ただでさえ、自分で考えた名前の後に100番などという変な番号をつけられて、情けなく思っていたのに、自分の名前がその番号だけになってしまうとは・・・

さすがにアーサーは抗議をしようと思ったが、シノブに押し切られてしまう。


「やかましい!

お前、何でも言う事を聞くっていっただろ!

それにこれだけお前の世話をしてやっているんだ!

それ位我慢しろ!」

「は、はい」


確かにここで見捨てられては、もうどうしようもない。

アーサーは素直にシノブの言う事を聞くしかなかった。


「いいか?よく聞け!100番!

ここは盗賊も出ないし、初心者用の迷宮も近くにある。

お前のような初心者の修行には持って来いの場所なんだ。

だけど、大陸から離れているから、あまり迷宮探索者も来ないんだ」

「なるほど」


アーサーはどうしてシノブがここへ自分を連れて来たのか、ようやく理由が分かってきた。


「だからここならお前でも十分やっていけるはずだ」

「しかし、義務ミッションの期限が・・・」


盗賊はいなくとも、今の自分ではとても日数以内に大サソリを100匹以上も倒す事はできそうにない。

そうアーサーが思って話をすると、シノブが再び話し始める。


「それも分かっている!

まずは、ここの迷宮に行くぞ!

俺が少々お前に稽古をつけてやる!

ついて来い!」

「はい、よろしくお願いします」


シノブたちはアーサーを連れて迷宮に入ると、容赦なく進んでいく。

ここの迷宮は地下10階まであるらしいが、とりあえずその5階まで突き進む事にしたようだ。

しかしアーサーは地下2階にもなると、恐れおののいた。


「お、おい!ちょっと待ってくれ!

いや、待ってください!

こんな強い魔物がいる所は無理です!」

「大丈夫だ!

ちゃんと俺たちが守ってやる!

お前は戦わなくても良いから、この迷宮の雰囲気だけでも感じ取れ!

今後のために、何階でどういう魔物が出るか、よく覚えておけ!」

「は、はい」


こうしてシノブたちはアーサーを連れて迷宮の魔物を片っ端から倒して地下5階まで降りると、再び地上へと戻ってきた。

特に地下5階では、大物のミノタウロスまで倒して来たのだ!

ただ見ていただけとはいえ、アーサーはヘトヘトになってしまっていた。

しかし迷宮から出てくると、アーサーのレベルはいつの間にか20となっていた。

その事にアーサーは驚いた。

何しろいくらロナバール周辺で戦っても、レベルが13から上がらなかったのに、ほんの数時間迷宮に入っただけで、いきなりレベルが20になったのだ!


「これは・・・」

「どうだ?これで、お前も義務ミッションをこなせるだろう。

後はお前次第だ。

一応最後の確認をするぞ!」

「え?」


シノブたちはアーサーを迷宮近くの森へ連れて行き、大サソリを探す。

大サソリが出てくると、アーサーに戦わせた。

一撃だった!

何度大サソリが出てきて戦っても、アーサーは必ず一撃で大サソリを倒せたのだ!

それだけではない!

森に出てくる程度の魔物なら何が出ても一撃で終わりだった!

しかもほとんど攻撃を受ける事もなく、毒も受けない。

アーサーはあれほど梃子摺っていた大サソリを一撃で倒せるようになっていたので驚いた。

驚くアーサーにシノブが満足げに話しかけてくる。


「どうだ?これなら義務ミッションが2ヶ月分あっても残りの日数でこなせるだろう?」

「はい!ありがとうございます!」

「それとこれは俺からの餞別だ」


そう言うとシノブはアーサーに鋼の剣と、大銀貨10枚を渡す。


「これは・・・」


いきなりの贈り物にアーサーが戸惑っていると、シノブが憮然とした顔で説明をする。


「お前は鉄の剣しか持っていないんだろ?

迷宮の深い辺りに行くと、それじゃちょっと危ないだろうからな。

それと今お前は文無しみたいだが、大銀貨が10枚もあれば、当座は凌げるだろう?

だから義務ミッションに励め!」

「はい、ありがとうございます!」

「後はここでしばらくの間修行をしていろ!

まずは5階のミノタウロスを自力で倒せるようになる事だ。

そうすれば、まともな組合員になれるだろう」

「そうですね」

「たまに俺かここにいる俺の仲間がお前の様子を見に来るからな!

 もしこれからお前がまともに修行をして、中級者位になれば、仲間にするかどうか考えてやる!

だが逆に俺たちの誰かが様子を見に来た時に、お前がこの支部にいなかったり、修行をサボっていたら、もう俺たちの仲間になる事は決してないと思え!」

「はい、わかりました」


そう返事をするアーサーにシノブが釘を刺す。


「いいか?

まじめに修行をしろ!

小賢しい事を考えるな!」

「はい、もちろんです」


もちろんアーサーはそのつもりだった。

このシノブという少年たちのおかげで、どうやら自分は冒険者としてやっていけそうだった。

これからは馬鹿な事をして道を誤ることはしない。

そう考えて深々とシノブたちに頭を下げた。

アーサーは感謝してシノブたちを見送ると、本当の冒険者としての第一歩を踏み出そうとしていた。

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