レオニー・メディシナー 01

 私、第三無料診療所の所長であるレオニー・メディシナーは大忙しだった。

中央治療院から派遣されて、この第三無料診療所の所長を拝命してからは、ほとんど休みなしだったのだ。

しかもこの忙しい時に2人の正規の治療魔道士が辞めてしまった。

臨時の治療魔法士と治療魔士は全部で30人ほどいるが、正直言って技量が低く、錬度もバラバラなので、正規の魔道士二人に辞められたのは辛い。

特に一人は石化解除までできたので、なおさらだ。

上の方には直ちに補充を頼んでいるが、正規の魔道士がそうそう二人もいる訳がない。

当然の結果として、臨時治療士を募集して、それに頼るしかない訳だが、これもまた、当てにはならないのだった。

まともな治療魔法を使える者ならば、こんな安月給の所より、もっと他に良い働き場所があるからだ。

実際、先日も八級の魔法治療士と名乗る者が、臨時魔法治療士として応募して来たが、酒臭く、態度も悪いので、流石に採用は断ったとステファニーが言っていた。


そんな時にふらりと、旅の魔法治療士だと名乗る二人組みが現れた。

一人は若い女の子のような風貌の少年で、もう一人は怪しいフードを被って顔も見せない奴隷女の二人組みだ。

二人とも石化解除が出来るレベルだと言う。

石化解除といえば、魔法学校でも三級で、魔法学士レベルだ。

この無料診療所でも、私以外に石化解除が出来る魔法治療士は、副所長である魔法修士の二人しかいなかった。

 私もステファニーに面接に来て欲しいと言われた時は、驚いた。

そんな高位の魔法治療士がこんな無料診療所に来るとは、にわかには信じられなかった。

しかし試しに石化患者を診察させてみたが、この二人は確かに見事に石化を解いて見せた。 

しかも若い方はまだたどたどしかったが、顔を隠した女の方は、所長で魔法修士たる私すら不可能なほどにすばやく、石化を解除したのだった。

素性は怪しいが、これほど優秀な魔法治療士を二人も見逃す手はない。

宿は別に取っているらしく、条件としては

・必ず二人一組で患者を診させる事、

・診療時間を守らせる事と食事と風呂をつけて欲しい事、

・そして自分たちの素性を詮索しない事

の3つだけだったので、私はこのシノブという少年と、オフィーリアという女を雇い入れたのだった。


 雇ってほんの数日で気づいたが、この二人は驚くほど優秀だった。

初日の石化解除の試験の時に、かなり優秀なのはわかっていたが、私はこれほどの術者を見た事がなかったので、驚いた。

特に顔を隠した女、オフィーリアの治療術には私も舌を巻いた。

この女はどう考えても、私より魔法技術は上だった。

しかも言動や患者に対する心使いから見ても、明らかに過去に正規の魔法治療士だったのは間違いがない。

それも確実に魔法学士以上、おそらくは魔法治療修士だろう。

実際にこの女奴隷は魔法学士であると言う。

私はその事を聞いた時に魔法学士番号も聞いたのだが、魔法学士ではあるが、その番号は言えず、どこの高等魔法学校も出ていないと言う。

高等魔法学校を出ていないのに、魔法学士である可能性は、ゼロゼロナンバーの者しかいない。

しかもそれは300年も前の話だ。

そうなると、この奴隷女の正体は、明らかに人間ではない。

長命種族である、エルフかドワーフかドラゴン、あるいはアイザックの可能性しかない。

もしくは私の知らない長命種族の可能性もある。

しかし、この女奴隷の身長と体格から言って、ドワーフの可能性は除外して構わないだろう。

フードと幻惑魔法で顔は見えないが、物腰の優雅さや教養から言って、エルフかドラゴンの可能性が高いのではないだろうか?

気にはなるが、詮索をしないという契約のために、あからさまに聞くわけにも行かない。


この二人は恐ろしく優秀で、集団石化事件の時に第五診療所へ派遣した時などは、大活躍だった。

後で他の所長たちに羨ましがられたほどだ。

副所長のオーベルなどは、これでこの診療所に自分たちは不要だと言い出すほどだった。

確かにこの女であれば、もっと高等な治療魔法も会得できるだろうし、もしかしたら「あの治療魔法」ですら己の物と出来るかも知れない。

しかも自分で治療をしながらも、弟子である少年の経過を観察し、しっかりと導いている事もすばらしい。


そもそもこの二人の関係が私には不思議だった。

女の方が奴隷で、少年が主人なのだが、少年の方は決して女を奴隷扱いなどにせず、明らかに敬意と愛情を持って奴隷女に接しているのだ。

それはどう考えても奴隷に対する態度ではなく、母親か教師か、妻・・・いや、それらを全て合わせたような・・・それ以上、そう、まるで自ら崇拝する女神にでも接するかのような対応だ。

女の方も奴隷であるにもかかわらず、師として少年を導いている。

その関係は明らかにただの師弟関係以上なのは間違いないだろう。

私は不思議でたまらなかったが、当初の約束で、旅の治療士である二人に深く詮索をする訳にもいかず、無言で見守るだけだった。

ただ、一度あまりにも勿体無いので、女の方に声をかけてみた事があった。


「ねえ、オフィーリアさん?」

「はい、所長、何でしょう?」

「実はあなたをもっと高等治療院の方へ、推薦してみたいのだけど、どうかしら?」

「いえ、私はここで働かせていただければ十分ですので」

「ええ、正直ここからあなたに抜けられたら私も困るわ。

でもね、あなたのような優秀な人には、もっと高度な治療に携わって欲しいのよ。

お金の事とかだったら心配する必要はないし、大丈夫よ?」

「いえ、申し訳ありませんが、本当に私はここで御主人様と一緒に働いていたいだけなのです」

「そう?残念ね・・・」


それでこの話は終わってしまった。

しかし私は不思議だった。

確かにこの女、オフィーリアは怪しい。

これだけ高度な治療魔法を出来る上に、明らかに魔法修士以上である筈なのに、それを隠そうとしているし、そもそも顔を誰にも見せようとしないのだ。

何しろただフードを被っているだけでなく、念入りに顔に幻惑魔法までかけているので、素顔は全くわからない。

おそらくこの少年以外に顔を見た事がある人間はいないのではないだろうか?

ひょっとしたら実は声も変えていて、女ですらないのだろうかとも疑った。

だが、主人であり、弟子でもある少年の態度からすると、それはないように思える。


何しろこの少年は傍から見ていても、笑えるほどにこの女奴隷にぞっこんで、べた惚れなのがあからさまなのだ。

それを見ていて私はこの二人の関係が、主人と奴隷で正解なのかも知れないと思った。

何しろ主人と奴隷の関係ですら、この少年はこの奴隷女に逆らえない、いや、逆らおうとはしないのだ。

それこそこの女が話に聞く、奴隷魔女のサロメのような奴隷だったならば、すでにこの少年は骨までしゃぶられて捨てられていただろう。

しかしこの女奴隷オフィーリアは、まさに女神のような慈愛を持って少年に接している。

もしこの二人が対等な人間関係だったら、少年の方は子ねずみのように縮こまってしまって、相手と口すら利けないかも知れない・・・

そう私が思うほど、この少年は女奴隷に忠実で従順だった。

まさしく少年にとって、この女奴隷は生ける女神のような存在に等しいらしい。


 そしてこの少年は決して馬鹿ではない。

それどころかこれほど知能が高く、広範な知識を持つ少年を私は見た事がなかった。

これほど知能が高く、教養ある少年の心を魅了し、その全霊を捧げさせるほどとは、一体この女奴隷はどんな顔をしているのかと興味を持ったが、もちろんその顔を見る事は叶わなかった。

おそらくこの少年はこの女奴隷に何かあれば命をも投げ出す覚悟なのが伺える。

もっともそれは女奴隷の方も同様で、この少年に何かあれば、その身を盾にして庇う、母か妻のような覚悟を感じた。


私はひょっとしたらこの奴隷女が犯罪者なのではないだろうかとも疑ってみたが、そんな人物がこんな高度な治療魔法を使うのも考えにくい。

そもそもそんな人物が、このような場所で無償で人助けする理由もわからない。

もっとも仮に犯罪者だとしても、私はいざという時にはこのオフィーリアを庇うつもりだった。

何しろ犯罪者だったとしても、この女はここですでに数知れないほどの患者を救っているのだ。

仮にそれを過去の犯罪の罪滅ぼしでやっているとしても、助かった患者が大勢いる事は事実なのだ。

それにそのような犯罪者にこのような素直な少年が弟子入りするとも思えない。

何しろこの少年は少年で困った少年なのだ。

それはやさしすぎるという事だった。

ある時、この少年は町の少女が連れてきた重病のケット・シーを治療魔法で治してしまったのだ。

もちろんこの治療院では動物の治療は断っている。

ただでさえ無料で忙しい治療院に動物など持ち込まれたらどうしようもなくなるからだ。

だが、この少年は受付でこの少女を断っている時に、たまたまその場に居合わせて、すぐさまそのケット・シーを治してしまったのだ。

もちろん少女は大喜びで帰っていったが、私は少年を叱責せざるを得なかった。

少年がした事は素晴らしいとは思うが、領分を越えていた。


案の定、次の日から動物を抱えた人たちが大勢来ることになり、それを断るのが大変な事になった。

少年は自分の仕出かした事に反省をして、シュンとして落ち込んでいたのがかわいそうだった。

何でも聞いた所によると、以前も知り合いの馬を治療魔法で治してしまった事があったそうだ。

その時は小さな村での事だったので、事が大事にならずにすんだらしい。

今回も治療した相手が猫ではなく、ケット・シーだったので、あまり大きな問題にならずにすんだので私もホッとした。


色々とあるが、とにもかくにもこの二人はこの第三無料診療所では、わずかな期間で、すでに得がたい人物となっている。

他の治療士や患者の評判もすこぶる良い。

特にオーベル副所長と、この治療所の主とも言えるルーベン治療士とは仲が良いようだ。

最近では例のケット・シーまで魔法治療師として働くようになったので、驚いた。

これもこの少年とオーベルの画策した事らしい。

出来れば末長くいて欲しいが、どうもそれはない気がする。


しばらくはこれで無料診療所の方は安心だが、もう一つの私を悩ませている大きな問題の方は、解決策が全く思い浮かばない。

何とか次の最高評議会までには、あの者に対する対抗策を講じなければ、危ないのは間違いないのだが・・・

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