ある男の話 07
組合の「新人相談窓口」へたどり着いたアーサーは係の男に尋ねる。
「あの・・・聞きたい事があるんだけど?」
「はい、何でしょう?」
「え~と、大サソリってどこで出てくるの?」
アーサーの質問に相談係は不思議そうに聞いた。
「おや?あなたは九級でしょ?
九級なら大サソリを倒しているのだから知っているでしょうに?」
「あ、いや、俺はその・・・よそで倒してきたんで、この街の大サソリはどこで出るのかな~っと思って・・・」
「ああ、そうですか?
ロナバールの近くでは北東の迷宮に行く途中の森とその迷宮の一階ですね。
ただし、あなたが一人で行く事は薦めません」
「え?何で?」
「最近はその辺の森近辺で、初心者狙いの盗賊が多発しているからです。
あなたのように初心者の一人旅など格好の獲物です。
一人で行けば、まず間違いなく、盗賊に狙われるでしょう」
「え?盗賊?」
「そうです」
アーサーのいたハーブニアの町は裕福な町な上に、比較的平和な街だったので、アーサーは盗賊が出た話などは聞いた事もなかった。
それはどこか別の世界の話だったのだ。
しかし、今やそれが現実の話として出てきてアーサーは驚いた。
「そんなに盗賊がいるの?」
「そうですね、最近は増えていますね。
組合でも討伐隊が出ているのですが、中々ね」
「盗賊って、何人位で出てくるの?」
「もちろんその時によりますが、少なくとも三人、大抵は4.5人で、多い時は10人以上にもなります」
「10人以上?!」
そんな数で囲まれたらアーサーなどひとたまりもない!
「盗賊に捕まると、どうなるの?」
「有り金取られるのはもちろん、まずは身包みを剥がされます」
「ええ~?」
「その程度ですめば運の良い方で、運が悪ければ奴隷として売り飛ばされるか、最悪、その場で殺されるでしょう」
「え?殺される?」
アーサーはその言葉に自分の耳を疑った。
自分が殺される?
死んでしまう?
それはアーサーにとって現実感のない話だった。
しかし相談係は淡々と話を進める。
「はい、その時の盗賊の気分しだいですね。
ですが、盗賊にあったらまず殺されるという考えでいた方が無難ですね」
「そんな・・・」
「ですからあなたのような新人が一人で迷宮へ行くのはお勧めしません」
「レベルは?盗賊のレベルってどれ位なんですか?」
「そうですね。
もちろん盗賊の集団にもよりますが、少なくともレベル20で、高い盗賊は50近い場合もあります」
「50?」
「まあ、大抵は30から40の間くらいですがね」
どちらにしてもレベル13しかないアーサーにとっては同じだった。
「そんな!俺はレベル13しかないんです!
どうすれば良いんですか?」
「一番良い事はレベルの高い人を見つけて、その人に仲間になってもらう事です。
しかし知り合いにそういう人でもいない限り、それは難しいですね」
「え?どうして?」
「相手に何も利点が無いからです。
仮にあなたが一級とか三級だったとして、いきなり知り合いでもない、あなたのような新人を仲間にしますか?」
「・・・それは・・・しません」
「そういう事です。
ですから普通は同じ新人を探して、その人たちと一緒に迷宮へ行きますね。
最低でも3人くらいは集めた方が良いでしょう。
あなたを含めて四人です。
レベルが低くても、それだけいれば大抵の盗賊は手を出さないでしょう。
せめてレベル50位になるまでは迷宮での一人での行動は避けた方が良いですね。
後はあなたが登録した場所へ戻って、そこでレベルを上げた方が良いですね。
それが一番おすすめです」
それが出来るなら苦労はない。
今更ハーブニアの街などへは帰れなかった。
それにハーブニアには迷宮はなく、周辺にもこれと言った魔物は出ない。
アーサーはショックを受けて相談窓口を立ち去った。
アーサーは掲示板で仲間募集の物を探したが、時期が悪かったらしく、ほとんど募集はしていなかった。
その辺にいた人間に聞いた話によると、仲間の募集は大抵は魔法学校や訓練所の卒業時期に集中して、運悪くちょうど今はその端境期のようなもので、募集は少なかった。
たまにあったとしても、それは欠員を埋めるためで、何らかの能力を必要としていた。
だから何の特技も持たないアーサーは、それに応募する事は出来なかった。
特に攻撃魔法と治療魔法、収納魔法であるマギアサッコの使い手の募集は、ほぼ毎日あったが、魔法など使えないアーサーは指をくわえて見ているしかなかった。
アーサーは簡単なミッションをこなそうとしたが、これもアーサーのような九級の者が一人で可能なミッションなどほとんどなく、あっても大抵は他の人間に取られてしまった後なのだった。
仕方なくアーサーは馬車に乗って、迷宮の入り口近くの森へ行ってみた。
森の入り口には組合の監視所があって、その近くならば盗賊は出ないと聞いたからだ。
アーサーは用心深く、監視所が見えなくなる場所へは行かないで魔物を倒していた。
しかしその森の魔物は強かった。
もちろんそれはアーサーにしてみればだった。
本来九級ならば、大サソリ程度は簡単に倒せるはずだったが、レベルの低いアーサーは、その大サソリに梃子摺った。
もし、初日に銅の剣や甲皮の盾を揃えてなかったら危ない所だった。
背中を背負い箱に守られているのも大きかった。
さもなければアーサーは背中に何度も大サソリの毒を受けていた事だろう。
そしてせっかく倒して毒消し草を手に入れても、毒にやられれば、その場で使ってしまう事もしばしばあった。
これでは義務ミッションの期限に間に合わない。
(これなら十級のままでいれば良かった・・・)
十級ならば義務ミッションはない。
毎月のミッション報告はあるが、それはどんなミッションでも一つこなせば問題はなかったのだ。
それならば時間制限に捕われず、ゆっくりとレベル上げも兼ねて魔物を相手できたはずだった。
アーサーは等級という物には分相応の物があると初めて知ったが遅かった。
もう十級には戻れないのだ。
アーサーは小賢しくも九級に上がってしまった自分が恨めしかったが、どうしようもなかった。
そして馬車に乗るお金も勿体無いと思ったので、歩いて森まで行くようになった。
アーサーはトボトボと歩いていると、時々ロナバールの上空を飛んでいる航空魔道士を見上げて、自分もあんな風に魔法で飛べたらなと羨ましく思う。
しかし森の入り口近辺で倒す魔物では1日で銀貨1枚の稼ぎにもならなかったので、アーサーの蓄えはたちまち底をついてきた。
助かったのはたまに商隊護衛の仕事がある事だった。
これならばレベルの低いアーサーでも何とかこなせたし、万一強い魔物が出てくれば、一緒に護衛をしている他のレベルの高い組合員に任せる事も出来たからだ。
そしてなんと言っても数日間に渡る護衛ならば、食事がつくのが嬉しかった。
今のアーサーはろくに食べ物を食べる金すら危うかったからだ。
しかしそれもいつも都合の良い時にある訳ではなかった。
レベルも思うように上がらず、段々とアーサーは困る事になっていった。
アーサーは最初の頃こそは組合宿舎で、朝食付きの個室部屋に泊まっていた。
その部屋は少々狭かったが、たったの銀貨3枚で朝食付きの個室なのは驚きだった。
しかも宿舎についている大浴場まで利用できるのだ。
自分の実家では朝食付きならば銀貨5枚は取るし、風呂などついていない。
それに比べれば、大安値だったが、それすらもたちまち困窮して泊まれなくなった。
数日もすると、かろうじて1日の稼ぎで、簡易寝台に銀貨1枚で泊まるのが普通になった。
これはアーサーのような初心者用の簡易宿舎で、ズラリと大部屋に並んだ2段ベッドに銀貨1枚という破格の金額で組合員だけが泊まれるのだった。
一応、朝食として丸パン3個が付いてくるので、アーサーはそれを一日二回に分けて食べていた。
だからアーサーはいつも空腹だった。
しかしこの格安の組合員宿舎がなければ、アーサーは路頭に迷っていたのは間違いがなかった。
たまに数日間の商隊護衛の仕事があった後で、銀貨3枚で個室に泊まれるのが贅沢で嬉しかった。
個室に泊まると、朝食として、ミクサードか、豆の煮込みか、腸詰つきのオートミールが選べたので、アーサーは大抵ミクサードを頼んでいた。
今のアーサーには、そのミクサードさえ贅沢品だった。
アーサーはいっその事、冒険者をやめて、この町で別の職につこうかとも考えたが、それも出来なかった。
この町の求人を見ても、ほとんどが、通いで月払いだったのだ。
その日の暮らしにも困るアーサーにはそれでは暮らしていけなかった。
たまに日払いの募集があっても、それは全てアーサーには出来ないような仕事だったのだ。
改めて自分は何も出来ないのだとアーサーは惨めに思った。
そしてついにアーサーの手持ちの金が、あと数日で尽きようとしていた。
このままではそれこそ盗賊にでもなるしかないが、自分のレベルではその盗賊にすらなれないのだった。
そんな時に宿泊受付から、アーサーは規則担当の係りから呼び出しを受けていて、それに応じないと宿泊が出来ないと言われた。
アーサーが驚いて規則担当窓口へ行くと、係員は言った。
「アーサー・フリード100番さん。
あなたは先月の義務ミッションをこなしていませんね?」
「は、はい」
「御存知のように義務ミッション違反は罰金か登録抹消です。
どうしますか?」
「それは・・・・」
今のアーサーには罰金を払う余裕もないし、登録抹消などされれば仕事すらも失う。
そうなれば、確実に路頭に迷うのだ。
どちらも選べないのだ。
そんなアーサーに係りの女性は容赦なく選択を突きつけてくる。
「どちらを希望しますか?」
「待ってください!今はお金もないんです!
でも今月中には必ず先月分も合わせてミッションをこなすので、どうか待ってください!」
「わかりました。
では処分を1ヶ月保留とします。
しかし来月に保留はありません。
よろしいですね?」
「ありがとうございます」
こうしてアーサーは何とか処分を免れたのだった。
しかし今月中に2か月分の義務ミッションをこなさなければならないのだ!
もうこうなったら手段を選んでなどいられない。
しかしどうすれば良いだろうか?
やはり一番確実なのは高レベルのパーティの仲間に入れてもらう事だ。
アーサーはそれしか思いつかなかった。
そう考えたアーサーは組合の近くの通りで、人が通りかかるのを待った。
ここで人を待って、レベルの高そうな人間が通りかかったら、その人に何が何でも仲間にしてもらうように頼み込もう!
そう思ってアーサーはそこで人を待っていた。
もちろん、どうせ頼むのならば、
そう考えたアーサーだったが、折悪しく、通りがかるのは五級以下の人間ばかりだった。
たまに
そんな時にある5人組が通りかかった。
それは不思議な5人組だった。
明らかにアーサーより年下で少女と見まがうような少年と、屈強な男一人と精悍な男一人、そして何と女エルフと獣人の少女だ!
アーサーはこんな組み合わせは見た事がなかった。
そしてその5人組の四人までは、アーサーが知らない等級の登録証を身につけていた。
どうもあれは組合の登録証に見えるが、一体何等級なのだろうか?
しかし、獣人の少女の登録証を見ると、アーサーは驚いた!
その登録証は銅の板で、上半分に青・緑・赤の3色の宝石が埋まっており、下半分には黄色の横線があった。
何と一級の魔戦士だ!
こんな自分と大して年も違わないような少女が一級の組合員とは!
しかもこの少女なら気品があって、やさしそうで自分を助けてくれそうだった。
これだ!これしかない!
この少女を逃したら自分はもう終わりだ!
そう考えたアーサーは、思わずその獣人の少女にしがみついた。
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