ポリーナ・パーシモン 12 ポリーナ式針鋲陣

 そこで待ち構えていたのは1千にも及ぶ戦闘タロスだった。

戦闘タロスは文字通り、戦闘に特化して作られたタロスであり、その戦闘力は工作タロスなどとは比較にならなかった。

まず槍装備型のタロスが柵を越えようとするゴブリンたちを串刺しにする。

そして防護柵を越えてきたゴブリンたちには甲冑型の剣と盾を完全装備の戦闘タロスが襲い掛かる。

これにはゴブリンたちもたまらずに次々とやられ始まる。

それでもゴブリンの圧倒的な数が戦闘タロスの防御網を突破し始める。

あまりの数に戦闘タロスたちも対応しきれないのだ。


防衛組が見ていると、チラホラとゴブリンたちの一部がタロスの防衛網を突破して、その先に進み始めた。

そこからはただの平地で第一防護柵の前で待ち構えている第三防衛線の戦闘ジャベックまでは何も無い。

ゴブリンは討伐隊の砦を目指して勢いよく走り始めた。

その瞬間だった!


「グギャア~!」


叫び声を上げて一匹のゴブリンが倒れてのたうち回る。

何もないはずのその場所で、ゴブリンたちは悲鳴を上げて、前進が止まった。

他の走りだしたゴブリンたちも同じように叫び声を上げてのたうち回る。

一見何も無いように見えた場所だったが、実はそこには手の平ほどの大きさの画鋲型正四面体タロスがばら撒かれていたのだった。

それは正四面体で出来ていて、その頂点から鋼鉄に匹敵する硬度の針が突き出ていて、どう置かれても、針が上を向く構造になっていた。

その場所を歩けば、嫌でもその針が足に突き刺さる事になる。

しかもこれは針先まで含めて全体的に黒く小さく、夜に地面に置いてあるのを発見するのは困難だった。

これはポリーナの提案で布陣された物だった。

ゴブリンと言えど痛覚はあるし、足に穴が開けばそこで一時的には止まるだろう。

そこを攻撃すれば効率が高いはずだと言う提案だった。

しかし、この提案は会議で疑問視された。

それは効果ではなく、効率をだった。

その針付き四面体は確かに一定の効果はあるだろう。

しかし自らが攻撃を仕掛ける訳ではない。

つまりそれを作る魔力の余裕があるならば、その分を戦闘タロスの生成に回すべきなのではないかと?

同じ魔力を消費するのであれば、ただ置いてあるだけの物よりも、積極的に攻撃をする戦闘タロスをより多く配置した方が効率的なのではないかと?

しかし、ポリーナの考えは違っていた。

ゴブリンはタロスやジャベックではない。

魔物とはいえ、感情と自我のある生き物だ、その生き物が歩けば足に針が刺さるとなれば、躊躇するのは間違いない。

戦闘タロスは誰かと戦っていれば避けていけるが、この画鋲型タロスは置いてあるだけでそれを避けなければならないという心理が相手に働き、進軍を躊躇するはずだ。

実際の効果よりも、その心理的効果が大きいのだと説明をした。

そしてそれによる心理的効果と実際の戦闘タロスによる攻撃を絡めた複合的な戦い方の方がより、戦いが有利になるのではないかと考えたのだった。

しかもそれを発見しようと地面に視線が向けば、目の高さの注意力が疎かになり、そこを弓矢や魔法弾で攻撃されれば避ける事すらできないだろうと。

これはアルマンのゴブリンの身になって考えろという教えや、実際にゴブリンウイザードとの戦いを経て、ポリーナが確信して考えた事だった。

最終的には討伐隊長たるアルマンが許可をして、その提案により、アルマンとマギーラによって、数千個の大型画鋲型正四面体タロスが作成されて、防衛タロス隊の背後にばら撒かれた。

そしてそれは考案したポリーナが驚くほどの効果を発揮した。

全くの平地だと思って足を進めたゴブリンたちは、勢いよく進んだそこで、いきなり自分たちの足を貫かれた。

倒れた拍子にそばにあった他の画鋲型タロスに腕や胸を貫かれ大騒ぎするゴブリンもいる。

これはゴブリンたちにとってあまりにも意外な事であり、しかも何が起こっているのかが他のゴブリンたちにはわからなかった。

従ってその様子に他のゴブリンたちも驚き、その場所で歩みが止まった。

このような事態はゴブリンたちにとっても初めての事で、あまりにも予想外な事だった。

これにより、ゴブリンたちの進軍は、ほぼそこで止まった。

しかも発光弾により、その姿は丸見えだった。

この機を逃す防衛隊ではなかった。

エルネストとアレックスがほぼ同時に命令する。


「弓矢隊!防衛タロスを突破してきたゴブリンを撃て!」

「魔法士隊!攻撃開始!」


明るく照らされた草原の下で、魔法弾と弓矢が飛び交い、次々とゴブリンたちが倒れていく。

ゴブリンたちにとっては前に進めば足や体に穴が開き、止まれば狙い撃ちをされて、後ろに退けばレベル100の戦闘タロスと戦う羽目になる阿鼻叫喚地獄となった。

強引に大型画鋲源を突破しようとするゴブリンもいたが、穴だらけになり、結局は進めなくなり、その場で止まった結果、弓や魔法攻撃の餌食となった。

しかも何とか第一防護柵まで辿りついたとしても、そこには高レベルの戦闘ジャベックがいて、ゴブリンはひとたまりもなかった。

これにより、この夜襲は防衛側の一方的な殺戮戦となった。

これには討伐隊の面々も全員が驚いた。

ゴブリンたちは恐れ、進軍を躊躇し、明らかに戦闘タロスだけで迎撃をするよりも効率が高かったのは間違いがなかった。


それでもゴブリンの進撃は止まず、激しい攻防となったが、ゴブリンを熟知したアルマンが防御陣を敷いたために、防衛側が圧倒的に有利だった。

やがてゴブリンの群れの後方からメイジゴブリンやゴブリンソーサラーなどが魔法攻撃も加えてくる。

しかしここぞとばかりにアレックスが号令をかける。


「魔道士隊!及び中級攻撃魔法が可能な者!

あの後方にいる魔法を操るゴブリンどもを狙え!」


この機を待ち構えていた魔道士たちが中位の火炎呪文や雷撃呪文を唱える。

二人の魔法学士も高位火炎魔法を放ち、アレックスは自ら広範囲雷撃魔法を放つ!

そしてエルネストたち組合員も負けてはいない。


「弓矢隊はそのまま第二防衛柵を越えてきたゴブリンどもを狙え!

投石隊は第二防衛柵の外へ射程を設定して発射しろ!」


弓矢によってゴブリンたちはバタバタと倒れ、後方で魔法を放っているゴブリンたちにはバラバラと大量の石が降り注ぎ、呪文どころではなくなる。

石の当たり所が悪く、そのまま絶命する者もいる。


攻撃側は防御側の数十倍はいたが、犠牲者の差はそれどころではなかった。

防衛側の被害はタロスのみで、人間の犠牲者は皆無だった。

やがて朝になるとゴブリンたちは引き上げて行った。

結局、第一防護柵を越えたゴブリンは一匹もいなかった。

逃げ帰るゴブリンたちに討伐隊が追い討ちをかける。


「弓矢隊!逃げていくゴブリンを狙え!

投石器部隊は最大距離で石を放て!」


さらに工作タロスが逃げていくゴブリンたちを追い討ちをかける。

ひたすら逃げていくだけのゴブリンならば、単純な工作タロスでも攻撃をする事が出来た。

これにより、かなりのゴブリンの数を減らす事が出来た。

討伐隊も完全にゴブリンたちが洞窟に戻ったのを確認すると、残った工作タロスと戦闘タロスを再布陣し、数人の見張りを残して食事と多少の睡眠を取る事になった。


アルマンたち指揮者たちは食事をしながら睡眠前に先ほどの防衛戦を話し合う。

ポリーナも中隊長である魔法学士や1級組合員と共に食事をする。

8人が食事をする中、エルネストが今日の戦果に驚きながらも機嫌よく話し始める。


「いやあ、しかしあれほどの数が初日にいきなり攻めて来るとは驚きでしたな!」


エルネストの言葉に中隊長の一級組合員や魔法学士たちもうなずいて答える。


「ええ、アルマンさんに警告をされていても半信半疑な状態でしたからね」

「その通りです。

それにしてもさすがはアルマンさんです。

見事な防衛布陣であれほどのゴブリンを一匹も砦に取り付かせなかったとは!」

「さよう、あれは5000以上はおりましたからな。

それを一匹も近寄らせないとは素晴らしい!」

「報告によると、昨夜攻めて来たゴブリンの数は約7000ほどいたそうです。

そのうち最低でも3000匹は討ち取ったようです」


その言葉にアレックスが大きくうなずきながら答える。


「それにしても今回の防衛の一番の功労者は何と言ってもポリーナさんですな!」

「全くその意見に賛成だな。

正直、あの正四面体型タロスがこれほど有効とは思いませんでしたよ」


感心するエルネストとアレックスに、アルマンもうなずいて答える。


「うむ、わしもある程度の効果は期待していたが、これほど効果があるとは思いませなんだ」

「全く、これほどの作戦を考えるとは、ゴブリンキラーたるアルマンさんの薫陶宜しく、ポリーナさんは将来有望ですな!」

「全くです!」


褒めちぎる二人にポリーナは恥ずかしそうに答える。


「そんな・・・私はただ、単純に戦闘タロスだけよりも、あの方がゴブリンが進軍に困るだろうと考えただけです」

「うむ、その発想が素晴らしいですな!」

「しかし、どうやってあんな方法を思いついたのですか?」

「えっと・・・それは夢の中で・・・」

「え?夢?」

「はい、夢の中で私はゴブリンになっていて、栗のイガを踏んだら痛かったので、本物のゴブリンも針を踏んだら痛いだろうと」


そのポリーナの説明にその場にいた全員が爆笑する。

一人の中隊長が笑いながら驚いて叫ぶ。


「これは凄い!

まさかゴブリンキングもそんな発想で自分の軍団がこれほど被害を食らったとは、それこそ夢にも思いますまい!」

「ああ、しかしこの方法は本当に我々の当初の想像以上に有効なのは間違いない」

「ええ、この作戦は今後のゴブリン討伐にも、一つの指標を与えてくれましたね」


アレックスの言葉にアルマンもうなずいて答える。


「確かにそうじゃな、今回はわしとマギーラがあれをタロスで作ったが、難しい動きをする必要もないので、使役物体魔法が使える魔法使いであれば、誰でも作れるしのう。

それに魔法を使えなくともそのつもりになれば、その辺の木材の切れ端と釘などを使っても簡単に作れるしの。

それはどちらも大きな利点じゃ」

「ええ、しかも松明並みに安価で持ち運びにも便利なはずです。

そして事が終わった後で回収すれば、何度でも使えるので、非常に効率的です。

あれがあれば、魔道士の負担も大いに軽減されるはずですし、兵力やタロスの数が少ない場合にも非常に有効です」

「そうですな、これが人間ならば何か排除する手段を考えるでしょうが、魔物ではそれもままなりますまい」

「ええ、これは是非この道具を「ポリーナ式針鋲しきしんびょう」、そしてこの作戦法を「ポリーナ式針鋲陣しきしんびょうじん」と名づけて、大いに活用しましょう」


エルネストの提案にアレックスを初め、他の中隊長たちもうなずく。


「賛成ですな」

「そうですね」

「全くです」


アルマンも感心したようにその名前を呟く。


「ほほう、なるほど「ポリーナ式針鋲陣しきしんびょうじん」ですか?」

「そんな・・・」


大層な名前にポリーナは恥ずかしがるが、エルネストは言葉を続ける。


「いや、これは素晴らしい発明ですよ?

これはゴブリンと似たような魔物、例えばオークなどにも有効でしょうし、村の周囲にでもたくさん撒いておけば、ルーポやアプロ除けなどにも有効なはずです。

今回のようなゴブリン退治以外にも応用範囲は実に広い!」

「確かにな」


アレックスの言葉に、そこで一緒に食事をしていた中隊長級以上の者たちはポリーナの発明を改めて感心したのだった。

そして食事を終えると、一眠りする前に残った工作タロスたちに次の作業の指令を与えて睡眠を取った。


やがて日は高く上り、昼を過ぎた。

その間、昨夜の戦いによほど懲りたのか、ゴブリンたちは洞窟から一切出てこなかった。

おかげで洞窟の出入り口近辺で作業をしていた工作タロスたちは邪魔される事なく、次の工作を作業する事が出来た。

討伐隊は仮眠を取った後で、次はゴブリンたちの動きを封じる作戦となった。


「では次の段階に移る。

洞窟の穴をこの正面と、もう一つ以外は全て塞ぐのじゃ」


アルマンはそう指示して全員がその作業に取り掛かった。

まず正面にある出入り口を「正面」、もしくは「表口」と呼称し、その次に大きな出入り口を「裏口」と呼称する事となった。

正面と裏口以外の全ての出入り口に、まずは戦闘タロスが100体ほど送り込まれた。

このタロスは中に入ると、そこで止まって待機してゴブリンを迎撃する。

それ以上中には侵攻せず、出入り口を文字通り封鎖するまでの時間稼ぎ役だ。

そして封鎖後は内側からの門番となる。

さらに煉瓦と漆喰が持ち込まれ、内側からも工作タロスで穴を塞ぐようにした。

タロスたちを穴に入れると、その後で土砂や岩を穴に放り込み出入り口を塞ぐ。

さらに入口を厚さ3メルもの粘土で固めて、魔道士隊がそれを外から焼いて、完全に穴を封じる。

そしてそこには待機場所を作り、見張りとして魔道士を2人と、組合員を10人、戦闘ジャベックを三体配置し、万一内側から再度穴をあけられた場合に対応する事になっていた。

こうして正面と裏口を除き、すべての出入り口が封鎖された。


一方、残した二つの穴には出入り口の穴に沿って、すでに工作タロスたちによって、左右に二重の誘導防護柵が作られていた。

その二重の防護柵は出入り口から50メルほど先まで続いており、その間はいくつか設けられた外側から開ける扉から以外には、外に出られないような構造になっていた。

そしてその二重防護柵の終点出口を囲むような形で、扇状に防護柵が整えられた。

さらにアレックスの提案により、その誘導柵のすぐ内側と出口にはポリーナ式針鋲しきしんびょうが撒かれ、そこをポリーナ式針鋲陣しきしんびょうじんとした。

こうして洞窟からゴブリンたちが出てきた場合、いやでも誘導防護柵に沿って、外に向かう事になり、その終点では完全に囲まれている陣形が出来上がった。

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