ある男の話 01
アムダール帝国第二の大都市、ロナバールから馬車で北東へ二日ほどの距離にある街、ハーブニアで宿屋を運営している父親とその息子は、朝から激しく言い争っていた。
「町を出て行くだと?
この馬鹿が!
そんな事をして何になる!」
「けっ!こんな町で、ちんけな宿屋をやっているだけの親父にはわからねーよ!」
「この世間知らずの馬鹿が!
お前が町の外に行ってどうするってんだ!」
「はっ!知れた事よ!
もうこんな田舎町とはおさらばだ!
俺は魔物狩人や迷宮探索者になって大儲けするのさ!」
魔物狩人や迷宮探索者は元手がいらず、身一つで大儲けする職業としては、もっとも有名で、もっとも簡単になれる職業だった。
そして都会、田舎を問わず少年たちの人気の職業でもある。
この少年も御他聞に漏れず、それに憧れているのだった。
しかしその意味を知っている父親は、息子を諌めようとする。
「馬鹿め!
だいたい迷宮探索者たって、この町の外にゃ迷宮なんぞないぞ!」
「当然だ!
俺はロナバールに行って一旗上げるんだからな!」
その少年の言葉に父親は今まで以上に驚く。
「ロナバールだと!
馬鹿め!あんな大都市に行って、お前がまともに稼げるとでも思うのか?」
「ああ、思うね!
俺は親父とは違う!」
「この馬鹿が!」
「うっせー!
大体、さっきから何回も馬鹿馬鹿言いやがって!
それしか言う事がないのか?」
「馬鹿だから馬鹿と何回も言っているんだ!
悪い事は言わん!
そんな馬鹿な事は考えずにお前は今まで通り、この宿屋の手伝いをしていろ!」
「けっ!そんな事はまっぴらごめんだね!
俺は今日限りでこんな家は出て行くぜ!」
「馬鹿が!この家を出て行ってどうするつもりだ?」
「へっ!そこまで俺を馬鹿だと思っているのか?
馬鹿はてめえだ、この馬鹿親父!
いいか?よく聞け!
俺はこの計画を2年、いや3年もかけて考えていたんだ!
そのために町の外にも行って魔物を倒して鍛えたんだ。
俺のレベルは今や13で兄貴より上だし、アプロやゴブリンだって一発で倒せるんだぜ!」
その言葉を聞いて父親はあきれ返るように話す。
「本当にお前は馬鹿だな!
アプロやゴブリンを倒せた程度で魔物狩人や迷宮探求者になれるとでも思っているのか?」
「思ってねえよ!
だからロナバールに行って鍛えるんじゃねえぇか!」
「悪い事は言わん。
おとなしく家にいろ!」
「けっ!ごめんだね!
二度とこんな家に帰って来るもんか!
アバヨ!」
そう言うと少年は家を飛び出した。
めくるめく自分の人生の冒険に向けて・・・
少年の計画は万全だった。
自分は馬鹿ではない。
そう、少年はちゃんと考えて家を出たのだった。
もちろん、何も持たずに家を出た訳ではなかった。
今、少年には虎の子の大銀貨3枚と、銀貨と大銅貨が何枚かある。
全部でちょうど5000ザイだ。
少年は貯金が5000ザイを越えたら家を出ようと考えていたのだった。
それ位の金があれば、しばらくは暮らして行けると考えたからだ。
有名な昔話で「馬鹿なアルチョム」という話がある。
田舎の村で生まれたアルチョムという少年が魔物狩人になろうと、大きな町へ行くのだが、気がはやるあまりに、木の棒一本を持っただけで、町へ行ってしまう。
そして文字も読めず、計算も出来ないアルチョムは、魔物に殺されそうになったり、危うく奴隷として売られそうになったりと、散々苦労する。
そして結局は馬鹿だった自分を反省して、自分の家へ帰る教訓話だ。
少年はもちろん自分の人生を、そんな馬鹿な結果にはしたくなかった。
だから2年、いや3年の間我慢して、文字と計算を学び、金を貯めたのだった。
その結果貯めた貯金が全部で5000ザイ、それが少年の全財産だった。
そしてこの旅のために、町で買った少々長めの銅の短剣を腰に差している。
他にも旅には必須だと冒険者たちに言われて、回復薬を5つと毒消しを3つ持っている。
こうして万全を整えたつもりになって、少年は旅に出たのだった。
町の馬車乗り場で知り合いの乗合馬車の御者に会う。
少年はこの御者とロナバールまでの護衛の仕事を約束していたのだ。
興奮した少年が御者に話しかける。
「おい!来たぜ!
約束通り、ロナバールまで護衛として雇ってくれよ!」
「なんだ、お前、本当に来たのか?」
「当たり前だろ!」
「ふ~ん・・・まあ、それほど言うなら雇っても良いが、お前、レベルはいくつなんだ?」
「13さ!」
「13~?それじゃロナバールまでは銀貨1枚の報酬ってとこだな」
その少ない報酬に少年は文句を垂れる。
「銀貨1枚~?そりゃいくら何でも安すぎるだろう?
金貨とは言わないが、せめて大銀貨1枚ぐらいにはならないかよ!」
「あほ!
ここからロナバールへ行くには一泊夕食付きだ!
その上、レベル13の奴にそんな護衛料を払ったらこっちが破産するわ!
銀貨1枚でも多すぎる位だ!
文句があるならよそへ行きな!」
「わかったよ、それでいいよ」
少年はふてくされながらもその報酬で護衛役を引き受ける。
いや、他に当てがないので、引き受けざるをえなかったのだ。
そして駅馬車は出発して少年の憧れの地、ロナバールへと向かう。
ロナバールへ行く途中で何回か魔物が出て、少年は他の護衛役と共に魔物と戦って追い払う。
その魔物たちはレベル10のルーポや、レベル8程度のアプロがほとんどだったので、少年でも十分倒す事が出来た。
レベル3の角ウサギや、レベル2のジェールなどは当然一撃で楽勝だ!
一回だけレベルが20もある蜘蛛型の魔物グラートが出てきて驚いたが、一緒にいたレベルの高い護衛が退治してくれてホッとした。
それ以外は順調に進み、やがて草原で一泊をする事になる。
少年は自分が護衛としての能力を十分に証明できたつもりになって満足していた。
他の護衛と交代で夕食を食べながら少年は思っていた。
《けっ!馬鹿親父め!
やっぱり俺は十分やっていけるじゃないか!》
そう思った少年は御機嫌だった。
翌朝になると朝食は抜いて出発だ。
この調子なら昼頃にはロナバールへ到着するはずだ。
それを考えると少年の心は躍った。
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