ポリーナ・パーシモン 16 ゴブリンキラーを継ぐ者
無事、ゴブリンキング討伐を終えたアルマンとポリーナは、その後パーシモン村で平和に暮らしていた。
アルマンには、褒賞にと金貨300枚の他に、帝国から新たに作られた「ゴブリンキング討伐一等勲章」が与えられた。
同じく副隊長の二人には金貨200枚と「ゴブリンキング討伐二等勲章」が、中隊長を務めた四人には金貨100枚と「ゴブリンキング討伐三等勲章」が与えられた。
ポリーナにも、ゴブリンキングに止めを刺した事と、ポリーナ
そしてそれとは別にアレックス支部長から治療専用ジャベックを二体もらった。
アルマンの信奉者で、その体を心配したアレックスがアルマンとパーシモン診療所へと言って、わざわざメディシナーまで行って調達して来てくれたのだ。
一体は銀髪女性型の魔法学士級の高位治療が可能な魔法治療ジャベックで、これはアルマン自身の体を鑑みて、アレックスが特にメディシナーへ頼んで融通してもらった物だった。
その女性ジャベックを見たポリーナが尋ねる。
「これは・・・治療ジャベックなのですか?」
「はい、エステル5号と申します。
よろしくお願いいたします」
エステル5号が自分の紹介をすると、その後でアレックス支部長が、少々得意げに説明をする。
「これはまだメディシナーでも五体しかいない、数少ない高位治療魔法を使えるジャベックですよ。
今回メディシナーの当主に無理を言って一体奪い取って来たのです」
「まあ、高位治療魔法を?わざわざそんな貴重な物を?」
魔法治療が出来るジャベックは少ない。
そもそもアルマンが三体も持っているのが、非常に珍しいほどだ。
それが高位治療魔法を可能な魔法治療ジャベックなど、ポリーナは聞いた事も無かった。
「なあに、あいつは私の魔法学校の後輩で、学生時代にちょっとした貸しがあったもんでしてね、それを返してもらったのですよ。
アルマンさんは御年のせいもあって、お体が随分悪いようですので、これを存分に利用してください。
あいつも伝説のゴブリンキラーさんの治療のためだと言ったら渋々譲ってくれましたからね」
「ありがとうございます」
そう言ってポリーナは頭を下げた。
そしてもう一体は白衣を着た大きな猫のようなジャベックだったので、ポリーナは驚いた。
「これも治療ジャベックなのですか?」
「はい、これはケット・シー型の魔法治療ジャベックで、現在メディシナーでは大人気の魔法治療ジャベックだそうです。
何でも元になったケット・シーがいたらしく、そのケット・シーはメディシナーで魔法治療士をしていたそうです。
そのケット・シーの魔法治療士は非常に人気があったらしいのですが、都合により、魔法治療士を辞めざるを得なかったそうなのです。
しかし、あまりの人気に患者たちが辞めるのを惜しんだために、そのケット・シーの許可を得て、そっくりの魔法治療ジャベックを作ったそうなのです。
それがまた大人気なので、わざわざそれを何体も複製したそうです。
これもその一体なのですが、パーシモン診療所にも相応しいかと思い、やはりメディシナー当主に譲ってもらってきたのですよ」
「まあ、そうなんですか?
私は複製とはいえ、ケット・シーという物を初めて見ました」
ポリーナが驚いてその猫型ジャベックを見ていると、そのジャベックが挨拶をする。
「ボクの名前はペロリン11号ですニャ。
この診療所でも、頑張って治療をするので、よろしくお願いしますニャ」
「まあ、しゃべれるんですね?」
「ええ、もちろんある程度は話せないと治療になりませんからね。
使える魔法は低位治療と解毒魔法だけなのですが、子供や年寄りには大人気だそうです」
「そうなのですか?
よろしくね?ペロリン11号?」
「はい、がんばりますニャ」
こうして平和になったパーシモン村では治療ジャベックが増えて、ますます診療所を訪れる患者は増えていった。
ポリーナは以前と同じく、ヴェルダたちと森へ薬草を摘みに行き、回復薬や毒消しを作って道具屋に売りに行った。
しかも大量に作っているので、近隣の村や町の道具屋からも買い付けが来ていた。
ポリーナは大量に薬草を作って、快く近隣の村々へ売っていた。
たくさん売れていると言っても、森は広く、数人で採っている限りではしばらくの間は薬草は尽きそうにはないので安心だ。
しかし、ポリーナは念の為に、村の外の部分を開墾して薬草畑を作った。
ジャベックやタロスたちを使って、森を切り開き、開墾し、そこに畑を作っていった。
そして収穫した薬草をアルマンが作っていた小屋へ運び、そこで回復薬や毒消しに加工していた。
もちろん森にはまだ多少の魔物が出る物の、以前に比べれば格段に危険は少なくなっていた。
そしてゴブリンキングを倒し、長年の望みが叶ったアルマンとの生活はポリーナにとって楽しい物となっていた。
なんと言っても一人寂しく暮らしていた少女に、頼りになる高祖父と万能を誇るジャベックが何体も増えたのだ。
しかしゴブリンキングを倒して以降のアルマンは寝込む日々が多くなり、ろくに体も動かせなくなって来ていた。
高位治療魔法が可能なエステルの魔法をもってしてもそれは治らず、次第にアルマンの体は弱っていった。
それはあたかも今まで思い残してきた事を全てやり遂げて、精根尽き果てた感じだった。
アルマンの枕元には「ゴブリンキング討伐参戦章」と「ゴブリンキング討伐一等勲章」、それにポリーナが授与された「ゴブリンキング討伐二等勲章」が飾られていて、時折アルマンはそれを見ると満足げにして、再び寝るのだった。
そんなある日、アルマンがポリーナを呼んで話し始めた。
「ポリーナ・・・そろそろわしも寿命のようじゃ・・・」
「そんな大御爺様・・・」
「いや、こればかりは仕方がない。
それにわしも、もう170を超えておる。
ずいぶんと長生きをしたものじゃ。
わしはいつ亡くなっても良いように、わしのマギアサッコに収納しておいた物は全てそこに出しておいた。
わしが亡くなればそれは全てお前の物じゃ。
好きに使うが良い」
アルマンの言う通り、横の机には所狭しと様々な品が並べられていた。
しかしポリーナはそんな物には見向きもせずに言った。
「大御爺様、そんな事はおっしゃらないで!」
しかしアルマンが力なく笑って話す。
「何、わしも覚悟は出来ておる。
それに長年願っていた息子と孫の仇も無事に取れた。
わしは満足じゃ。
ただ、心残りが2つあるのじゃ」
「二つ?」
「ああ、お前とヴェルダの事じゃ」
「私とヴェルダの?」
「ああ、ただお前の事はさほど心配していない。
ここに来てからの付き合いは短かったが、お前はかしこい娘だ。
この先、わしがいなくなっても一人でも十分やっていけるだろう。
そもそもわしが来る前から一人で立派にやっておったのじゃからな。
それに今度はヴェルダやマギーラたちも付いているから尚更じゃ」
「大御爺様!お願いですからそんな事はおっしゃらないで!」
「だが、ヴェルダには本来の持ち主がおってな。
もう一つ最後の心残りというのはそれなのじゃ」
「確かシャルル・クロンハイムさん?」
「そうじゃ。
よく覚えていたな。
その方がヴェルダの本来の持ち主であり、ヴェルダを作った御方で、わしの主人である、シモン・クロンハイム様の御子息じゃ。
年は確かお前より一つ年上のはずじゃ」
「はい」
「実はヴェルダにはある秘密が隠されている。
それが何なのかはわしも詳しく知らぬ。
ただ、使役物体魔法の今後を左右するほどの事だとは聞いている。
詳しい事はヴェルダが知っているが、わしに言える事はノーザンシティへ行ってユーリウスという人に会って欲しいと言う事だ」
「ユーリウスさん?」
「そうだ、ユーリウス殿は我が主の御友人でこの件に関しては唯一信じられる方じゃ。
実は我が主シモン様はデニケンという人物に殺された可能性が高い。
その事を話して協力が求められる人物が唯一そのユーリウス殿だけなのじゃ。
良いか?決してデニケンを信用してはならぬ。
お前にどんな甘言を言って来ても信用してはならぬぞ?
この件で信じられるのはユーリウス殿と、その方が信用した者だけじゃ。
わかったな?」
「わかりました。
もし大御爺様が亡くなったら、私はその方、ユーリウスさんに御知らせに参ります。
でもそれはどうか遠い未来の事である事を祈ります」
「ああ、そうだな」
「他には何か気になる事はありませんか?
大御爺様?
もしまだ心残りがあるのならば、何でもおっしゃってください。
私も出来る限りの事はしたいです」
そのポリーナの言葉にアルマンは少々困ったように考えてから話し始める。
「そうじゃな・・・心残りというのとは少々違うのじゃが・・・」
「何ですか?」
「もし・・・もし、じゃな・・・ポリーナにその気があるなら・・・」
「あるなら?」
「わしの代わりにゴブリン退治をして欲しいのじゃ」
「ゴブリン退治を?」
「ああ、最初は息子の仇を討つためにゴブリンの性格や行動を知るために始めたゴブリン退治だったのじゃが、ゴブリンという魔物は当初わしが思ったよりもはるかに我々人間に取っては害悪が大きいようじゃ。
しかし、世間では弱い魔物の代表のように思われているので、あまり本気で対策を立てる者もおらぬ。
村などがゴブリンに目をつけられて初めて対策を考えるほどだ。
じゃがその行動や生態を深く知っている者は驚くほど少ない。
しかし、お前も知っての通り、集団となり統率者がいるゴブリンは別物と思ってよい。
だから犠牲者が出てから初めて対策を考えるのじゃが、それでは遅い。
そしてやっと退治を始めるが、何も知らぬゆえにまたもや被害が出る。
そのための専門家が必要なのだ。
わしはゴブリン退治をして各地を放浪しながらそれを痛感した。
だからもしお前にその気があるなら、お前がその専門家となって世の人をゴブリンから救って欲しい。
しかし、こんな事はまだ年端もいかぬ少女に頼む事ではないのはわかっておる。
だから、それが嫌なら別にこんな頼み事は聞かなかった事にしても構わぬ。
ただ、わしはそういった人たちのためにゴブリンの生態や効率的な退治法を書き記してきた。
そこにある本がそうじゃ」
そう言ってアルマンは1冊の本を震える手で指差す。
「これが・・?」
「うむ、その中にはゴブリンの生態、行動、習性など、わしが知る限りの事を書いてある。
もちろん退治方法もじゃ。
ポリーナがゴブリンキラーにならなくとも、もしわしのようにゴブリンを専門に退治する者がおれば、どうかそれを渡してやって欲しい。
必ず役に立つはずだ」
そのアルマンの言葉にポリーナは力強く答える。
「安心してください。
大御爺様、今の私ではまだ無理ですが、もし私がもっともっと強くなったら、必ずゴブリン退治をします。
もしそうなれなかったとしても、この本はゴブリン退治をする人に必ず渡して世の役に立てますから安心してください」
「うむ、ありがとう、ポリーナ」
そう言うとアルマンは静かに目を瞑った。
最後に思い残していた事を全てポリーナに託して安心したような眠りだった。
しかし翌日、アルマンは再びポリーナを呼んで話し始めた。
「良いか?ポリーナや。
もしお前が本当にゴブリンキラーとして生きていく気があるなら、言っておきたい事が3つある」
「3つの事?」
「そうじゃ、まず一つ目は良い師につく事、お前は素晴らしい才能を持ってはいるが、それを伸ばす者がいなければ何にもならん。
だがお前は運が良い。
幸いこれからお前が会いに行くユーリウス殿は師匠としてとても優秀な方じゃ。
出来うるならばユーリウス殿に頼み込んで弟子にしていただきなさい。
それがダメなら誰か師を紹介していただくと良い。
わしはお前の紹介状を書いておいたので、それをユーリウス殿に渡しなさい」
「はい、わかりました」
「二つ目はメディシナーへ行く事じゃ」
「メディシナーへ?」
「そうじゃ、お前はゴブリンキラーだけでなく、魔法治療士としてもやっていきたいのじゃろう?」
「はい、そうです」
「ならば、メディシナーに行くが良い。
そこには無料魔法診療所と言う物があって、そこで働けば診療所という物がどういう物か実地でわかる上に、魔法治療の勉強にもなる。
お前が本格的な魔法治療をしたいのであれば、実際にそこで働いてみなさい」
「はい、わかりました」
「三つ目は正規の魔道士になる事じゃ」
「魔道士に・・・」
「そうじゃ、前にも言ったが、お前は間違いなく魔道士になれる才能がある。
この先、お前が様々な事をするにしても魔道士の資格は必ず役に立つし、必要になる。
だから魔道士の資格を取っておいて損はない。
しかしそのためにはどこかの中級魔法学校へ行かねばならぬ。
わしの残した蓄えと今回の報奨金で、それ位の学費と生活費は、かなり余裕で大丈夫なはずじゃ。
機会があり次第、魔法学校で学んで、正規の魔道士になるのじゃ。
良いな?」
「はい、わかりました」
「うむ、その3つの事を終わる前には例えゴブリンを倒しても、ゴブリンキラーを名乗ってはならぬ。
いくら世間がお前の事を新しいゴブリンキラーと褒め称えてもじゃ。
わかったな?」
「はい、大御爺様、大丈夫です。
私は必ずその三つの約束を果たしてからゴブリンキラーとなります」
「うむ、忘れるでないぞ」
「はい」
ポリーナが約束をすると、アルマンは今度こそ安心したように目を閉じた。
そしてその数日後、アルマンは静かに息を引き取った。
村の人たちは偉大なる魔道士の死を悼んで葬式を出した。
オリナスの町からもエルネストとアレックスやゴブリン討伐で顔見知った人たちがやってきて葬式に参列をした。
葬式が終わると、ポリーナは村の人たちへしばらく旅に出る事を告げて、ヴェルダを伴って、村を出る事にした。
村の人たちにはどれ位かわからないが、しばらくの間留守にする事を伝え、その間は魔法治療と薬草店はマギーラとラッシュたちが運営する事を話した。
二人ともすっかり店の事は覚えたし、薬草の採取と薬の作り方も完全に覚えた。
その補佐にセルーヌとセルディア、セルトリを置いて行くので大丈夫だろう。
それに今や高位治療魔法を使えるエステルもいる。
ペロリンも村の子供たちに大人気だった。
ロカージョは万一のためにグラーノ化してポリーナが連れて行く事にした。
「ヴェルダ、ここからノーザンシティまでどれ位かかるかしら?」
「歩いていけば1年近くかかります。
航空魔法で飛んでいけば2日といったところですね」
「では飛んで行きましょう。
マギーラ、ラッシュ、エステル、ペロリン、留守の間はお願いね?
日数はどれ位かかるかわからないけど・・・」
「はい、お任せください」
「大丈夫です」
次の日にポリーナは旅支度を整えると、ヴェルダに話しかける。
「さあ、行くわよ!ヴェルダ!
大御爺様の最後の願いを叶えるために!
ノーザンシティのユーリウスさんの下へ!」
「はい、ポリーナ様」
「マギーラ!ラッシュ!後は任せたわね!
それにセルーヌたちも!この村と診療所はあなたたちが守ってちょうだい!」
「はい」
「お任せください」
こうしてジャベックたちに村と診療所を任せたポリーナとヴェルダは、ノーザンシティへと旅立った。
パーシモン村からノーザンシティは遠い道のりだった。
それはヴェルダの集団航空魔法でも2日の距離がかかった。
しかも途中の街で少々事件に巻き込まれたので、日数がさらにかかった。
ようやくの事で辿り着いたノーザンシティで、ヴェルダはいきなり空からユーリウス邸の前へ着陸しようとしたが、ポリーナがそれを止めた。
「町の正面から入りましょう。
まず色々とこの町の事を知りたいし、町を案内しながらユーリウスさんの家へ連れて行ってちょうだい」
「承知いたしました」
二人は街の入口から入り、ポリーナはヴェルダの街の説明を聞きながら徒歩でゆっくりとユーリウス邸へ向かった。
町並みを見てポリーナは感心して言った。
「ここはとても大きな町ね?」
ポリーナはこれほど大きな町に来た事がなかったので、驚いていた。
「はい、ここは帝国でも要衝で、帝国六大都市の一つです」
「それにとてもタロスやジャベックが多い気がするのだけど、気のせいかしら?
大きな都市というのは、どこでもこうなのかしら?」
「いいえ、ここは別名ゴーレムシティ、ゴーレム都市などと言われていて、人口は12万人ほどですが、ジャベックは10万体以上いるはずです」
「10万体も?」
その数にポリーナは驚いた。
そんな数のジャベックを一体どうやって作ったのだろうか?
「はい、それがここがゴーレム都市と言われる所以です」
「なるほどね」
そんな会話をしながらついに二人がユーリウス邸へ到着した。
最初はどう話そうかとポリーナが戸惑っている時に、浮き馬車から降りてきた人物にポリーナは声をかけられたのだった。
「どうしましたか?この家に何か用事ですか?」
そしてそこから道が繋がっていった。
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