ある男の話 04
少年、今やその名前はアーサー・フリード100番となったが、そのアーサーは組合の大食堂で座って「初心者の心得」を読んでいた。
しかし、それには当たり前の事しか書いていなかった。
「なんだ、こりゃ?」
中身を読んでアーサーは呆れた。
魔物を倒すのは注意しろだの、迷宮には薬草と毒消しを持っていけだの、十級登録者は月に一度は必ず報告をしろだの、等級を上げる時はよく考えろだの、まるで一般初等学校の遠足の注意事項のようだった。
4頁程度しかないその冊子を一応全部読んでみたが、大した事は書いてなかった。
少なくともアーサーはそう思っていた。
あきれ返ったアーサーは、早速そのまま魔物を倒しに行こうかと思ったが、考えてみれば、まだどこに行けば良いかも何もわからない。
そういう意味ではアーサーは「初心者の心得」以前の状態だったのだが、本人にその自覚は無かった。
アーサーは仕方がないので、そばにいる冒険者に聞いてみた。
「な、な、俺、魔物を倒しに行きたいんだけど、どこに行けばいいんだ?」
その男は白い登録証に黒丸が3つついていた。
まだアーサーにはわからなかったが五級だ。
初級と言えども、五級ともなればレベルも40以上で、かなりの古強者だ。
レベル、実力、経験と、どれを取っても今のアーサーとは大きな開きがあるのだが、アーサーはそんな事は気にしなかった。
ただアーサーはその登録証を見て、こう思った。
(いいな~俺も早くこういう真っ白な登録証にしたいな~)
アーサーがそう考えていると男が答える。
「はあ?何を言ってるんだ?お前?」
「いや、だからさ、俺も冒険者になったから魔物を倒しに行きたいんだけど、どこに行けばいいんだか教えてくれよ?」
五級の男はアーサーが一般規約を手に持っているのを見ると、呆れた様子で尋ねる。
「・・・お前、ひょっとして、今登録したばっかりか?」
「え?ああ、そうだけど?」
「一般規約は読んだか?」
「いや、まだだけど?」
「じゃあ、まずは一般規約を3回くらい読め!
話はそれからだ!」
そう言うと男は話を打ち切って立ち去った。
そう言われてアーサーは「一般規約」を眺めた。
それは「初心者の心得」の数倍の厚みはある。
アーサーは文字を読む事は出来たが、それと本を読む事が好きかどうかは別だった。
はっきり言えば、彼は本を読む事も計算をする事も嫌いだった。
学校に行ったのも読み書きと簡単な計算が出来なければ、冒険者になれないと聞いたので、渋々と通ったくらいだ。
しかしアーサーは考えた。
おそらく今の様子では他の人間に聞いても同じだろう。
仕方がないのでアーサーは一般規約を読もうと思ったが、腹が減っている事を思い出した。
そういえば、この町についてから、まだ食事をしていないのだった。
周囲をキョロキョロと見回すと、あちこちで皆が何かを食べている。
おそらくこの広間のどこかで食べ物を売っているのだろうと見当をつけると、広間の端の方にそれらしき場所があった。
アーサーはそこへ向かった。
前に並んでいる人間の様子を見ると、ここは木の盆を持って、自分の食べたい物を言えばよいらしい。
アーサーは木の盆を持って、自分の番が来ると、自分の宿屋に来る客の真似をしてこう言った。
「ここで一番のお薦めはなんだい?」
「ミクサードだね」
ミクサードなどという物は初めて聞いたが、ここではそれが人気商品らしい。
「では、それを一つくれ」
「あいよ」
そう言うと、中の男がアーサーに木の皿に盛った料理を即座に出す。
早い!
自分の家の宿ではありえない速さだった。
どうやら一番人気の食べ物なので、たくさん作り置いてあるらしい。
それはパンで何かをはさんだ物だと言う事はアーサーにもわかった。
それが3種類、三角に切られて木の皿に並べられている。
アーサーはその渡された皿を受け取った。
その後でオレンジジュースを頼み、そのまま会計に向かうと、会計係の年配の女性が値段を言う。
「はい、ミクサードとオレンジね。
大銅貨8枚ね」
「ああ」
アーサーが金を払おうとすると、その会計の女性が声をかける。
「おや、あんた、組合員かい?」
「え?そうだけど?」
「じゃあ、登録証をそんな脇に挟んでいちゃだめじゃないか?
ちゃんと首にかけなよ。
それともわざわざ定価で買いたいのかい?」
「え?どういう事?」
アーサーは不恰好な十級の木の札を首からぶらさげるのが嫌だったので、脇に挟んでいた。
それをこの女性に見つかってとがめられたのだった。
「あんた、今登録したばかりなのかい?」
「ああ、そうだけど?」
「この大食堂「デパーチャー」は組合員なら何でも半額になるんだよ。
だけど登録証を見せなきゃわからないだろ?
そもそも、登録証はみんな首にかけておくもんさ。
さもないとお互いの等級がわからなくていざこざのもとになるからね。
一般規約は読んだのかい?」
またもや、「一般規約」か!
どうやら「一般規約」を読まないと、ここでは食事もままならないらしい。
「いや、まだ」
「だったらこれを食べながらちゃんと「一般規約」を読みな。
話はそれからだよ!」
「わかった・・・」
「じゃあ大銅貨4枚ね」
いきなり食べ物が半額になってアーサーは驚いた。
食事一つを取っても「一般規約」が関係しているようだ。
どうやらやはり「一般規約」を読まなければならないらしい。
アーサーは仕方がないので、近くの席に座って、食事をしながら「一般規約」を読み始めた。
一般規約には等級や規則の事が図入りで判りやすく書いてあって、アーサーにも理解できたので、彼はホッとした。
初めて食べたミクサードとやらも中々おいしい。
何かを挟んだ三角のパンが三つだ。
それはマッシュポテトと、畳まれた薄いハムが何枚も挟まれた物と、何か薄い土色の糊のような物だ。
塩を振ったマッシュポテトとハムはわかるが、この変わった味の薄茶色のねっとりとした物はなんだろう?
生まれて初めてピーナッツバターを食べたアーサーにはそれが何だかわからなかった。
しかしアーサーはその味が気に入った。
これはなんだか知らないがうまい!
後でこれはなんと言う物なのか誰かに聞いてみよう・・・
それにしてもハムはアーサーの故郷のハーブニアでは高級品扱いだ。
それが薄いとはいえ、こんなにパンに何枚も挟んであるのは中々贅沢だ。
さすが大都会のロナバールは食べ物も違う!とアーサーは思った。
このミクサードとやらがここで一番人気の食べ物なのもわかる。
しかもこれで大銅貨6枚、いや、自分は組合員になったので、大銅貨3枚とは安い!
これと同じ物をアーサーの実家の宿で出したら銀貨1枚くらいになってしまうのではないだろうか?
特にハムは高い。
これならこれから毎日これを食べに来ても良いくらいだ。
自分の家でも多少金額が高くなっても、これを売れば良いのに・・・とアーサーは考えた。
(ダメだ!ダメだ!あんな田舎の宿屋のことなんか考えちゃダメだ!)
そう思ったアーサーは再び一般規約を読み出した。
何とか一般規約を読み終えたアーサーはミクサードの最後の一口を食べて、オレンジジュースを飲み干した。
読み終わったアーサーはある事を考えていた。
しかしその確証がなかったので、そのために「新人相談窓口」へと向かった。
「あの、ちょっと聞きたいんだけど?」
「はい、何でしょう?」
「一般規約を読んだんだけど、九級になるには毒消し草を3つ持ってくれば良いの?」
「はい、そうですよ。後は昇級代の大銀貨1枚です」
「それだけでいいの?」
「そうです」
「それで九級になれるの?」
「はい、大サソリを倒した証の毒消し草を3つと、昇級代として大銀貨1枚を昇級窓口へ持っていけば、そこで簡単な面接を行います。
それが問題なく終われば、九級です」
「それだけ?」
「ええ、そうです」
「わかった」
アーサーは余計な事は聞かなかったし、言わなかった。
それは馬鹿な人間がする事だと、一人ほくそ笑んでいた。
そしてすぐさま、組合の中にある売店へと行ったが、そこには毒消しは売っていたが、毒消し草は売っていなかった。
仕方がないので、アーサーはそのまま町の外に出ると、毒消し草を売っている店を探したのだった。
店はすぐに見つかった。
組合の建物を出たすぐ横の店で売っていたのだ。
しかしそこで毒消し草は高かった。
自分の生まれ故郷ハーブニアでの3倍もの値段だったのだ。
彼は知らなかったが、ハーブニアはアムダール帝国の中でも、薬草と毒消し草の大きな生産地の一つだった。
それを回復薬や毒消しに加工して、各地に売りに出して潤っていたのだ。
だからハーブニアでは他の場所よりも安く売っていたのだ。
しかもここはアーサーのような客を狙っていて、ロナバールでも高い値段をつけて毒消し草を売っていた。
ロナバールでも他の場所へ行けば、これよりも安い値段で買えたのだ。
しかし当然の事ながら、この町に来たばかりのアーサーはそんな事はわからなかった。
(こんな事ならわざわざ「毒消し」じゃなくて「毒消し草」を持ってくれば良かった)
故郷を出る時に、アーサーは回復薬を5つと、毒消しを3つ持って出ていた。
流石にその2つはいくつか持ってないと困ると思ったからだ。
アーサーはどうしようかとも思ったが、他の店へ行く時間や値切る時間ももどかしく感じたので、そのままの値段で買った。
「この毒消し草を3つくれ!」
「はい、毎度」
当然の事ながらあっさりと毒消し草は買えて、アーサーはそれを引っつかむと、再び急いで組合へと向かった。
組合に戻ると、「昇級窓口」と書かれた場所へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます