ある男の話 03
窓口に着くと、係りの女性が挨拶をして少年に尋ねる。
「いらっしゃいませ!
新規の登録ですね?」
「はい、そうです」
「登録には読書きが出来て、大銀貨1枚が必要ですが、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です!」
そう、このために少年は2年を費やしたのだ。
宿屋へ来る冒険者たちからロナバールに行けば組合がある事、読書きと最低限の計算が出来なければ冒険者になれない事、登録には大銀貨1枚が必要な事は聞いていた。
そのために少年は親に頼んで行きたくもない町の学校へ行き、家の手伝いをして金を貯めていたのだった。
その貯金が5000ザイだ。
おっと、先ほど銀貨2枚を稼いだので、5200ザイだった。
ついにその大切にしていた大銀貨を使う時が来たのだ!
「ではこちらの登録用紙に記入してから大銀貨と一緒に持ってきてください」
「はい」
少年はペンと登録用紙を受け取ると、近くに用意されていた記入台で書き始めた。
記入する事は名前、年齢、レベル、連絡先、登録職種、特技、訓練所希望の有無だ。
少年はまずは名前で迷った。
もちろん少年に名前はあるが、その親につけられた名前を少年は嫌っていた。
その名前を書きたくは無かったのだ。
そう思った少年は考えた。
そうだ!どうせここで知り合いなどいないのだ。
ならばここで自分は生まれ変わったつもりで自分の名前を考えよう!
しかし、一体どんな名前にするか?
少年は少々考えた挙句、自分の好きな昔話の主人公の名前にした。
ドラゴンを倒して国を救った英雄の名前だ!
そして年齢17歳、レベル13と書いた所で、ふと困った。
連絡先などないのだ。
何しろこのロナバールには来たばかりで、まだ宿屋すら考えていなかったのだ。
連絡先などある訳がない。
もちろん、ハーブニアの自分の家を書くなど論外だ。
さらにその先を見ると、登録職種、特技、訓練所希望などと書いてあって、これも意味がわからない。
仕方がないので、少年は窓口へ聞きに行った。
「あの・・・この連絡先というのはどうすればいいのかな?
俺はここに来たばかりで、まだ宿も決めていないんだけど・・・」
「あなたのレベルはいくつですか?」
「13です」
「ああ、それでしたらそれは連絡先が決まってからでも良いですよ」
はて?レベルと連絡先が何か関係があるのだろうか?
少年は不思議に思ったが、とりあえず何も書かずにすむのはありがたい。
少年は知らなかったが、ここで登録する場合、レベル25未満の八級以下ならば、仮登録になるので、それほど登録内容は追求されないのだ。
だからレベルが低い少年は連絡先を問題にされずに済んだのだった。
「それとこの登録職種とか特技とか訓練所というのは何ですか?」
「登録職種と言うのは登録する際の種別ですね。
あなたは魔法は使えますか?」
「いいえ」
「では選択の余地がなく、戦士として登録されますから、そこに丸をつけてください」
「魔法を使えると別の職種にもなれるの?」
「そうですね、魔法が使える場合は「
なるほど、しかし魔法が使えない自分には戦士になる以外にはない。
まあ、登録さえ出来れば何でも良い。
「特技と言うのは何が出来るかですね。
料理や大工仕事、計算などの項目がありますから、自分が出来る物に丸をつけてください。
出来る事が多ければ、それだけミッションを受けるのも有利になりますからね。
但し、出来ない物を申告すれば、罰金などの処罰の対象になりますから気をつけてください。
最悪登録抹消にもなります。
訓練所というのは初等と中級の2つがあります。
初等訓練所は1ヶ月で大銀貨五枚、中級訓練所は3ヶ月で金貨3枚です。
両方とも魔物狩人や迷宮探索者のための学校のような物です。
そこで学んで卒業できれば、それぞれ七級と五級で登録する事が可能です。
希望があれば、丸をつけてください」
少年は学校の類が好きではなかった。
故郷で学校に通ったのも、読書きが出来なければ、ここでの登録が出来ないと聞いたからだった。
ただ、それだけの理由だった。
だからそんな訓練所などには行きたくはない。
それにそんな金の余裕もなかった。
当然、希望は無しだ。
しかし特技の方は困った。
少年の一番得意な事は魔物退治なのだが、そんな項目はないのだ。
特技は魔法に始まり、料理、医療、建築、外交、鍛冶、計算など、どれも自分には出来ないものばかりだ。
これは何とも情けない。
料理は家の手伝いで多少した事はあるが、出来るとは言いがたい。
しかも、下手に丸をして、後で出来ない事が分かれば処罰の対象になるようだ。
流石にそれはやめておこうと少年は思った。
かろうじて釣りが出来る程度だったので、そこだけに丸をした。
家を出る時に、父親からお前に何が出来るんだと言われた言葉が思い出される。
自分で見てもスカスカな登録内容だが仕方がない。
(えーい!俺は魔物退治の専門家になるんだ!
他の事なんて出来なくたって構わないさ!)
そう考えると、少年はそのまま窓口へ大銀貨1枚と共に登録用紙を出した。
「はい、確認をしますね。
お名前がアーサー・フリードさん?
まあ!有名なお名前ですね?
でも、このままでは登録できないので、番号をつけさせていただきますね」
「え?番号って?」
少年が戸惑うと、係が説明をする。
「実はアーサー・フリードという御名前はたくさんの方が登録していらっしゃって、こちらでも収集がつかないほどなのですよ。
そこで申し訳ないのですが、同姓同名の方には間違えないように、登録した順にこちらで番号を付けていただかせて区別をつけているのです」
「そ、そうなんだ?」
「ええ、有名なお名前ですからね。
親御さんもあやかって自分のお子さんにそういう名前をつけたくなる気持ちはわかります。
え~っと、あら?
アーサー・フリードさんは、あなたでちょうど100人目ですね」
「え?100人?」
100人もこの名前で登録していた人間がいたのかと知ると少年は驚いた。
「ええ、でも、親御さんがつけた名前で偶然ですから仕方がないですね」
「え、ええ、そうですね」
もちろん偶然ではなかった。
少年は格好つけたいがために、その名前を今思いついたのだ。
子供の頃から憧れていた昔話の英雄の名前だったが、そんなに多くの人間が登録しているとは思いもよらなかった。
こんな事なら他の名前にすればよかったと思ったが、今更遅すぎた。
ふと、少年は他のアーサー・フリードたちも、こうして自分でその場で名前を考えたのではないだろうかと思った。
「ではこれからこちらでお呼びする時は、100番のアーサー・フリードさんとお呼びさせていただきますので、よろしくお願いします」
「はあ・・・」
自分では格好良い名前のつもりだったのに、何だか間抜けな名前になってしまった気がするが、仕方がない。
「ではこれで登録させていただきます」
窓口の女性はひものついた木の札のような物に、何か数字や文字を書いていたが、それが終わると、その木の札と一緒に何やら冊子を二つ少年に渡した。
「はい、これが登録証になりますね。
まずはこの「初心者の心得」と「一般規約」をよく読んでくださいね」
しかしその登録証を見た少年は戸惑った。
それは手のひらほどの大きさの木の板で、上半分には○が一つ書かれていて、下半分には赤い線が一本横にひいてあった。
こんな登録証は見た事がない。
(あれ?なんだ?これ?)
その登録証は自分が思っていた物と違うので、不思議に思ったのだ。
「え?これが冒険者の登録証?」
「はい、そうですよ。
正確にはアースフィア広域総合組合の組合員登録証ですよ」
「俺が知っているのと違うんだけど?」
「あなたが知っているのはどういう物ですか?」
少年は宿に来た冒険者たちが首から下げている登録証を思い出した。
確か彼らはもっと小さい真っ白な陶器製の板や、綺麗な銅製の板に赤や緑の宝石が埋まっている物を身につけていたはずだ。
「えっと・・・もっと小さくて銅の板に赤や緑の宝石がはまっていたり、白くて黒い丸が書いてあったりするのなんだけど・・・」
「それは
あなたは新規登録で、十級ですから
「十級?ウッドクラス?」
少年は知らなかったが、仮登録である八級以下の
なぜならミッションの目的地までの移動費用や食費は、大抵報奨金に含まれるからだ。
当然の事ながら
だからせいぜいの所、馬車で半日か1日程度の距離にある街や村ならともかく、それ以上の距離へ行くミッションなど、貰う報奨金より諸経費の方が高くついてしまう。
したがって雇用主が移動費まで別に出す場合はともかく、それ以外はまず登録した場所から遠くへ行ってまでミッションを受ける事はない。
そして雇用主がわざわざ八級以下を交通費まで出して雇う事などはまずありえない。
例外は長距離の商隊護衛などの数合わせだが、こちらは街などへ寄らず、直線距離で野営しながら目的地まで移動する事が多い。
仮に町に寄ったとしても、宿になど泊まらず、そのまま馬車で宿泊する。
だから組合がない町で育った少年は、
「はい、そうです
初心者はまずは十級で仮登録をして、七級の
「どうすれば白い等級や銅の板の等級になれるんだ?」
少年はあの真っ白い板や、宝石の埋まった銅の板を身につけたくて冒険者になったのだ。
こんな大きくて不恰好な木の板など、ぶらさげたくもなかった。
「それは色々とミッションを受けて、レベルを上げてから昇級試験を受ける事ですね。
詳しくはその「一般規約」に書いてあるので読んでください。
読んでもわからない場合は、あちらに新人相談窓口があるので、そちらで聞いてください」
その方向を見ると、なるほど「新人相談窓口」というのがある。
とりあえずこのもらった本を読むしかないと思った少年は、その十級の登録証と冊子2冊をもらって窓口から引き上げる。
少年はその辺の空いている席を見つけると、そこで「初心者の心得」を読み始めた。
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