魔法協会女子職員の狂騒顛末記 01
魔法協会の受付看板娘のエトワール、ボロネッソ、カリーナ、イルーゼの四人が食事の余韻に浸って、女子寮への帰り道を歩いていた。
四人はたった今、シノブ魔法食堂の試食会、試験営業の催しに呼ばれた帰りなのだ。
「はあ~おいしかったわね?シノブ魔法食堂の試食会」
「ええ、本当に」
「私達、シノブさんの知り合いで良かったです!」
「そうね、私達、運が良いわよね~」
「うふふ・・・それにこんなに御土産のお菓子も、たくさんもらったしぃ~」
「ええ、シノブさんが今日の試食会には出なかった菓子も入っていると言ってたわね?」
「何が入っているのかしら?」
「私も楽しみです」
そう話しながら魔法協会の女子寮に帰った四人だったが、そこでは同じ寮の同居人たちが20人ほど待ち構えていた。
「やっと帰って来たわよ!」
「よし!予想通り!土産物を持っているわね?」
「みんな!このまま四人を食堂へ連行するわよ!」
「「「おお~~~」」」
そこにいた魔道士や魔法士たちは、いきなり四人を囲むと、そのまま寮の食堂へと強制連行する。
「ちょっ!ちょっと何よ!」
「何なんですか?皆さん?」
慌てふためくエトワールやカリーナたちを無視して寮の大食堂へと連れ込む。
そして四人を全員で囲むと、一人の女子職員が詰め寄る。
「さあ、出しなさい!」
「え?出すって?何を?」
「御土産の菓子よ!
シノブさんからもらったんでしょ?」
「え・・・それは・・・」
「そうだけど・・・」
危険を感じたエトワールたちが、ササッと土産の袋を隠す。
しかし、もちろんそれを見逃す魔道士たちではなかった!
「やっぱり!」
「今日、あなたたちがあそこの試験営業に呼ばれたって聞いて、みんなで帰りを待ち構えていたのよ!」
「さあ!それをここで全部出してみんなで分けるのよ!」
その声にカリーナとイルーゼが泣き声を上げる。
「ええ~~っ!」
「そんなぁ~」
「何がそんなよ!
あなたたちは散々今まで試食会で、おいしい物を食べて来たんでしょ?」
「それはそうだけどぉ~」
「だったら私達に少しはそれを御裾分けしてもらっても罰は当たらないわよ!」
「ええ、むしろ分けない方が罰が当たるってもんよ」
「そうよ!あなたたちだって魔道士でしょ!
だったら「マギア・デーヴォ」の心得があるでしょう!」
その言葉にエトワールがボソッと呟く。
「それ、違うと思う・・・」
「細かい事はいいのよ!」
「さあさあ、諦めてあなたたちのお土産をここに出しなさい」
「あなたたち、今までだって試食会に何回も呼ばれておいしい思いをして来ているんでしょ?」
「そうそう、たまには私達にも、そのおいしい思いを分けてもらってもいいわよね?」
「食べ物の恨みは恐ろしいわよ?」
「それとも今ここにいる以上に寮にいる職員を呼んで欲しい?
分け前が今よりも少なくなるわよ?」
「うう・・・・」
どうしても譲らない剣幕の女子職員たちにエトワールたちも仕方なく、もらった土産物を食堂の広い食卓に出す。
そこにはドラジェの袋とトラペジオケーキ、そして鶴の子餅の箱が4つずつ並ぶ。
寮にいた女子職員たちは歓声を上げてそれを見つめる。
「うわあ・・・」
「よし!思ったよりも、ずっと種類と量が多いわ!」
「マドレーヌの分がないのが惜しいわね!」
「あの人は実家通いだから仕方がないわ」
「くっ・・・今頃家族みんなでこれを食べているのね?」
「ちょっと誰か大皿を3つ持って来て!」
即座に大皿が持って来られて、まずは袋の中身が出される。
その小さな卵型の白い物はカラカラ・・・と軽い音を立てて皿の上に転がる。
「この菓子は何?」
その質問にエトワールが答える。
「それは・・・「どらじぇ」とか言っていたわ」
「どらじぇ?」
「ええ、何でも
「卵白・・・?」
「卵の白身の事よ」
「えっ?じゃあ、これって卵料理って事?」
「それでお菓子なの?」
「さあ?そこまでは私にはわからないわ?」
別の女子が長細い茶色い物を指差して聞く。
「これは?」
「それは「具沢山トラペジオケーキ」と言って、中に色々な具が詰まっているの。
くるみや松の実、干し葡萄やなつめ、他にも私のよく知らない物がたくさん入っていて、とてもおいしかったわ」
「そ、そんな物が・・・」
「食べたのね!あなたたち!それを食べたのね!」
エトワールの具体的な説明に、思わずその場にいた女子職員たちがゴクリと喉を鳴らす。
そしていよいよ最後の箱を指差して尋ねる
「こ、この箱の中身は何なの?」
「それは・・・確か紅白の「ツルノコモチ」とか言っていたわ」
「コーハクノツルノコモチ?」
「紅白の「ツルノコモチ」よ。
ツルノコモチがお菓子の名前よ。
何でもシノブさんの故郷ではお目出度いときに紅白が対になったお菓子を引き出物に出すらしいの。
これもその一つらしいわ。
今回試しに開店前の祝いで作ってみたからと言っていたわ。
私達もまだ見てないし、食べてないから、どういう物かはわからないわ」
「・・・開けて見てみましょう」
「じゃあ、開けるわよ?」
エトワールが恐る恐る箱を開けると、そこにはのっぺらとして、ずんぐりとしたひょうたんのような形の物が、紅白一つずつ入っている。
その初めて見る不思議な物体を見て、一人の職員が尋ねる。
「何?これ?」
「さあ?これがツルノコモチだと思うけど?」
そう言ってエトワールが指先で突いてみると弾力がある。
「あら?これ、随分と柔らかいのね?」
その言葉にハッと気づいたように一人が叫ぶ。
「包丁よ!とにかく包丁を持ってきて、このトラペジオケーキとツルノコミチとやらを切って分けるわよ!」
「そうね!」
すかさずカリーナが抗議の声を上げる。
「え~切っちゃうの?」
「当たり前でしょ!
あんた、これ一人で全部食べる気?」
「そのつもりだったんだけど・・・」
カリーナの言葉にエトワールとボロネッソ、それにイルーゼがうんうんとうなずく。
途端に他の女子職員たちが騒ぎ出す。
「そんな事、許せる訳ないでしょう!」
「そうよ、さあ切り分けるわよ!」
「このどらじぇとか言うのは、さすがに切るのは止めておいた方がいいわね?」
「ええ、全部で4袋あるし、今ここにいる人数で、一人に3個ずつ位はあると思うわ」
包丁が持ってこられて、トラペジオケーキとツルノコモチが細かく分けられる。
それを見たカリーナが再び嘆く。
「ええ~そんな小さく切っちゃうんですかぁ?」
「当たり前でしょ!ここに何人いると思っているの!」
「そうよ、これ以上人数が増えないだけ、ありがたいと思いなさい!」
そんな話をしていると、食堂の厨房から一人の男性がやって来る。
「やあ、みんな!大皿やら包丁やらを貸してくれって言うから貸したけど、一体何をやっているんだい?」
「あっ、料理長!」
「しまった・・・!」
「分け前が減る!」
女子職員たちが思わず歯軋りをする。
そして料理長が広い食卓を見ると、大皿の上に、何やら見た事のない食べ物が色々と並んでいる。
「おや、その食べ物はなんだい?
それを切り分けるために大皿と包丁が必要だったのか?
それは一体どういう料理なんだい?」
その料理長の質問に、女子職員たちは重い口を開く。
ここまで見せてしまえば、隠そうと思っても隠し切れる物ではない。
「うう・・・それは・・・」
「エトワールたちが今日試食会に行ってもらって来た・・・」
「シノブ魔法食堂の新しい菓子です・・・くうっ!」
すると料理長が驚いたように話す。
「何だって!シノブ魔法食堂って、あの肉まんを作っている所か?
そりゃ興味深い!私も御相伴に預かりたいな!
皿と包丁を貸しているんだから、それ位いいだろう?」
「くっ!やはりそう来たか・・!」
「抜かったわ!」
「仕方がない・・・」
「是非もなし!」
己の甘さを悔いた女子職員一同だったが、こうなれば仕方がない。
下手に料理長に逆らえば、今後の寮での食事が危ない!
みんなでにこやかに笑顔を作って料理長を誘う。
「ええ、そうなんです。
料理長も御一緒にどうぞ」
「ああ、ありがたいね!
では遠慮なくいただくよ!」
そう料理長が機嫌よく言った瞬間、全員の脳裏に同じ言葉が思い浮かんだ。
(ああ、私の分け前が・・・!)
それでも気を取り直した一同が、それぞれを食べ始める。
まずはドラジェを食べた一同が叫びを上げる
「何!コレ!香ばしくて甘くて・・・!
いくつでも食べられるわ!」
「おいしい!おいしいわ!」
「だめよ!一人3個までと言ったでしょう!」
「ええ、一個でも多く食べたらタダでは置かないわよ!」
次はトラペジオケーキだ。
「これは・・・こんな色々な実が入っている物は初めて食べたわ!」
「ええ、こんな小さい一切れなのにズッシリとして食べ応えもあるわ!」
「一体、こんな小さな一切れにどれだけの種類の具が入っているの?」
「うむ、こりゃうまい!
しかしさっきのは全然わからんが、これは作ろうと思えば、近い物は作れそうだな?」
その料理長の言葉に周囲が色めき立つ。
「えっ?本当ですか?料理長?」
「ああ、本当だが、これは材料を集めるのが大変そうだな?
くるみに松の実、カボチャの種に・・干し葡萄に干しナツメ・・・む、これはオレンジの皮の砂糖漬けか?こんな物まで入っているのか?
驚いたな?
おい、もうちょっと調べたいから、もう2・3切れもらってもいいかい?」
料理長の言葉に女子職員たちが考え込む。
「くっ・・・」
「しかし、これの類似品が食べられるとあらば・・・」
「仕方がないわね・・・」
「わかりました!料理長に、あと3切れ差し上げます!」
「その代わり、今度絶対これを作ってくださいよね!」
「材料集めが必要なら私達も手伝いますから!」
「あ、ああ・・まったく同じとまでは保証できないが、かなり近い物は出来ると思うよ?」
「「「「 お願いします! 」」」」
女子職員一同がギラギラとした目で料理長を睨みながら頭を下げる。
そして最後に残った鶴の子餅を、全員でまじまじと眺める。
「これが一番謎よね?」
「ええ?一体これは何なのかしら?」
「エトワールたちも初めてだって言うし・・・」
「確かに紅白で綺麗なんだけど、味は全然想像付かないわね?」
「見た目と感触は、何だか白と桃色のジェールみたいね?」
「やめてよ!そんな魔物に例えるのは!」
「とにかく食べてみましょう!」
「そうね」
一同は小さく切られた鶴の子餅をポイッ!と口に入れて食べる。
「なに・・・これ?」
「柔らかくて・・・甘いわ・・・」
「おいしい・・・」
「これ何?何なの?」
初めて「鶴の子餅」すなわち「すあま」を食べた女子職員たちは呆然となったようだった。
「料理長!これは一体何なの?」
思わず一人の女子職員が聞くが、料理長も首をかしげて答える。
「わからん・・・味付けに砂糖を使った菓子という以外には私にも全然わからん!
他の材料は何なのか?どうやって作ったのか?何でこんなにやわらかいのか?
どれもこれもわからん!」
その料理長の答えに一同はうなずいて話し合う。
「・・・やはりシノブ魔法食堂!恐るべしね!」
「これほど、不思議な食べ物を作るとは・・・」
しかしそれを食べたエトワールたち試食組が、ふと思い出したように話す。
「あ、でも今日食べた中にこれに近い味の物があったわね?」
「ええ、そうね、あの栗ウイロウとかいうのに近いと思うわ」
「そうですね、あれよりも柔らかいけど、味はかなり似ていますね」
「くっ・・・この子達はそんな物まで食べたのね・・」
「まったく羨ましいわ!」
一通り食べ終えた一同が感想を述べる。
「ふう・・・噂通り、いえ、それ以上に美味しかったわ」
「でも全然足りな~い」
「もうすぐこの店の本店が開店するのよね?」
「ええ、名前をサクラ魔法食堂と変更して営業を始めるらしいわ」
「サクラ魔法食堂か・・・」
「食べに行ってみたいけど、すっごく高いらしいわね?」
「ええ、プリンが一個銀貨3枚程度になるらしいわ」
「たっか!でも、卵とか砂糖とか高級材料を使っているんじゃ仕方ないわね?」
「ええ、でもそれ位なら私達でも何とか支払いは出来そうね」
「以前、シルビアとエトワールが持ち帰ったプリンはとても美味しかったわ!」
「あれはおいしかったわ~
あんなお菓子があるなんて驚いたわ~」
「私はその時食べ損なったのよ~。
噂のプリンって、一回食べてみたいわ~」
「でも開店してもしばらくは混雑して食べるのは難しそうね?」
「あ、シノブさんが言っていたけど、プリンとトラペジオケーキは持ち帰りも販売する予定らしいわよ?
多分プリンは一個銀貨3枚で、トラペジオケーキは一本銀貨6枚位になるだろうって」
「え?本当?」
「それならプリン一個くらいは買って食べられるわね・・・」
「うう・・・でも、もっと食べたいわ!」
「何か良い方法は無いかしら?」
その言葉にふとエトワールが思い出したように反応する。
「あ、そういえばシノブさんが帰り際に、確かいつでも使ってくれって・・・」
そう言いながらエトワールがごそごそとポケットを探る。
するとそこから何枚かの券が出てくる。
それに書いてある文字をエトワールが読み上げる。
「え~と・・・この券を持ってくれば、その時に一緒に会計をする人たちは、全員食事が半額となります・・・だって!」
その説明にそこにいた全員がピクリと反応する。
「え?半額!」
「それって、食事の半額券なの?」
「うん、どうやらそうみたい」
「それ、何枚あるの?」
「5枚くれたわ」
「やった!それならエトワールと一緒に食べに行けば、5回は半額になるわ!」
「エトワール先輩、魔法食堂に行く時は絶対に誘ってくださいね?」
「おいおい!その時は俺も誘ってくれよ、エトワールさん」
料理長までもが同伴を申し出る。
その勢いに押されてエトワールもタジタジとなる。
「わ、わかったわよ・・・行く時はその場にいる人間を可能な限り誘うわ」
「絶対よ!」
「裏切りは許さないわ!」
こうして魔法協会の女子職員たちの夜は過ぎていくのであった・・・
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