本当の最終決戦は、浴室の中で

 正直、あの部屋――僕と上栫さんの後悔の杭――から出ない限り、向こうの優勢は覆せないと思った。


 上栫さんから、素矢子がそんなことを言っていたと聞いていたし、会話中、頬や髪に付着した血肉を気にする素振が見えたので、そこへ差し込んでみた。


 断られるかなとも思ったが、素矢子に普通の女性らしい――というか、人間らしい清潔願望があって助かった。


 タイムマシンから解放され、赤い部屋を出る。意識のない状態で連れてこられたので、この部屋がどこにあるのか知らなかったのだが、どうやら地下にあったらしい。


 素矢子に連れられて階段を上り終えると、建物の中に出た。年季の入った木造建築――与の家は寂れた年季の入り方だったが、何というか、質のいい年季の入り方のように見える。


「素矢子の家?」

「ええ。もちろん私しかいないから、気にしないで一緒に入れるわよ」

「……え?」

「え? じゃないわよ。お風呂に入るんでしょう? 一緒に」


 全然、助かっていなかった。

 妙に素直に了承したと思ったら、そういうことか。


「意外だわ。NTR嫌いの祷君が、まさかお風呂に誘ってくれるなんて。もしかして、私、あなたの心だけではなく、性癖まで歪めちゃった?」


 ふざけろ。一緒になんて言ってない――と言いたいところだが、ここは乗らないといけない。


 むしろ、向こうがその気ならありがたい。


 僕の性欲は枯れているのだから、混浴くらいで後悔しない。


「さてと」


 タイル張りの、どこか懐かしさを感じさせるような風呂場だ。素矢子はすでに洗ってあったらしい湯船に蛇口を向け、お湯を溜め始める。


 そして、そのままシャワーに手をかけ、お湯を浴び始めた。どろどろした血肉が洗い流され、素肌が見える。


「虐待されてた割に、綺麗でしょ?」

「……まぁ」


 確かに、綺麗ではある。プロポーションも含め、無駄がない。


「小心者だから、証拠が残らないようにしたのよ」


 素矢子は言って、こちらに流し目を向ける。艶やかさなんて微塵も感じられない、攻撃的な視線だった。


 僕は彼女に恨まれて然るべきだ。だからこそ、僕はその視線から逃げてはいけない。


 素矢子の全裸を見つめることになるが……って、全裸?


「何で全裸なんだよ」

「途中で脱いだのよ。覚えてないの?」


 覚えていないというか、多分、目を瞑っていたり、そもそも眼球に血が入って見ていないんだと思われる。


「私、プレイは断固全裸派なのよ」


 聞いてない。


「枯れていないときの祷君と違って」


 そんなことに読心を使うな。


「早く脱いだら? 私、優しいから洗ってあげるわよ。そして、想い人を殺した女との混浴を後悔するといいわ」


 後悔はしているが、それはあくまで、混浴の可能性に至らなかったこと。


 むしろ、逃げ場がないという点では、僕は彼女を追い込んだとも言える。


 人を説得するときに一番大切なのは、退路を塞ぐことだ。納得しなければ解放しないくらいの意気でやれば、成功率も高くなる。


「苛つくわ」


 素矢子が言った。


「その自信――過信と言ってもいい。どうして私を説得できるつもりでいるのかしら?」

「……僕は、その理由を今、仮定しているんだけど」

「だから何よ」

「宇宙情報体がそれを素矢子に伝えないという事実、これは自信させてもらうよ」

「…………」


 素矢子の杭のような視線を浴びながら、僕は服を脱いだ。

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