ありがとう

 目が覚めた瞬間、僕は布団の中にいる女の子を抱きしめた。


「い、祷!? ど、どうした!?」

「…………」


 僕のではない体温。

 僕のではない匂い。

 力を強めると、ぽっきり折れてしまいそうな、華奢で、柔らかい感触。


「ね、寝ぼけているの……か?」


 存在するのが嬉しくて、触れるのが嬉しくて、思わず体中をさすってしまう。


「っ! い、祷、なんだ!? なんなのだ!? 性欲は枯れたんじゃなかったのか!?」

「……ひぐっ」

「……祷?」

「ごめんっ、ちょっとでいいからっ」


 このままでいさせてほしい。

 あなたを感じさせてほしい。


「――いいよ」


 上栫さんはそう言って、僕のことを抱き返してきた。


「私のことは気にせず、存分に泣け」


 彼女からすれば、何が何だかわからないはずなのに。

 そんな優しさに中てられて、涙の勢いが増した。


「……うぐっ、ずず、くぅ……!」

「よーしよし」

「う、うぅ……うわあえほっ、えほっ」

「ほら、だいじょーぶ。息を吸おう、祷」

「すぅうっ、げほっ! ごほっ!」

「うん、その調子だ。偉いな。ちゃんと吸おう。ああ、胸で抱いてやってるからって、乳は吸うなよ」

「ふ、ふはっ、ふふ、げほっ! ごほっ!」

「うん、笑え。悲しいときは、無理にでも笑え」

「上栫さん……あり、ありがとう……!」


 もう意識なんかほとんどないけれど、今のうちに言っておこうと思った。


「うん、どういたしまして」


 彼女に僕の真意は伝わっていないだろう。


 だけど、説明できるほど、頭も口も回らない。


 感情が全てをかき乱している。


 ただ、理解できるのは、体を包むこの感情が、幸せと言われるものだということ。


 目が覚めるまでは、死ぬよりも辛かったのに。


 あの辛さは――後悔は、いったいどこへ消えたのだろう?


 幸せに塗りつぶされたか。


 はたまた。


 この身の底に、残留しているのか。

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