答え合わせ

「私の目的は――いえ、私はあくまで協力しているだけ。改めて……宇宙情報体の目的は並行世界、及び時間の破壊。


「理由、方法、さすがの祷君でも仮定を立てるのは難しいんじゃないかしら? まぁ、安心して。最初から説明してあげる。質問も受けつける。


「あなたたちが質問できる限りは、ちゃんと答えてあげるから。


「弄りながらになるから、話を聞きたいなら暴れないでね、上栫さん――あら、やっぱりいいお胸をしてるわね。柔らかいし、それに……中々敏感のようで。


「まず、話のプロローグは、私に宇宙情報体が接触してきたところから。宇宙情報体は宇宙の管理者――別名『宇宙の総意』。とうとう頭がいかれたのかと思ったけれど、まぁ、幻聴にしても、話は聞いてあげようかと思った。


「要点をまとめるとこうよ。


「三、宇宙の容量が限界で、成長が止まってしまっている。


「……ええ、さすがの私も耳を疑ったわ。まぁ、宇宙情報体の声が聞こえている時点で、私の耳は信頼できないのだけれど。


「二、キャパオーバーの原因は人間。


「正確に言えば、人間が作った並行世界という概念。


「ここで並行世界について説明しなきゃいけないのだけれど、基本的にフィクションで語られるものとは変わりない。ただ、並行世界が生まれる条件がある。


「人間が『もしあのとき、ああだったら……』と思うことで――後悔することで、並行世界は生まれている。これを覚えておいて。


「この話の核になる部分よ……って、何? もう? せっかくカウントダウンしてあげていたのに、さすがの速やかさだわ……ああ、オナ禁約百万日目か、まぁ、しょうがないわね――と、危ない。目潰しとは容赦がないわね。手も折っておきましょう。


「えい、えいっと。


「はい、次は下ね。準備万端のようだし。


「お待たせ、因ちゃん! ……はぁ、我ながらきついわね、自称幼馴染。


「それで、考えてみて。人間が後悔するだけで、もう一つの世界が生まれていくのよ? そう考えれば納得できないかしら? 宇宙という、人知では調べ尽くせない神秘に、限界が来てしまったことに。


「一、並行世界をなくすためには、時間の概念をなくさなければならない。


「後悔から並行世界が生まれているとはいえ、時間という大きな枠組みがあってこそ。


「時間という概念をなくすためには、人間の協力がいる。だから手伝ってほしい。私のところに来た理由は、そのとき、地球上で一番後悔していたから。具体的な方法も考えてあって、私はそれを実行すればいい。


「これが概要よ。


「そんな話を信じたのか? ふふっ……ああ、ごめんなさい。質問がおかしかったのではなくて、直接的な攻撃を受けている上栫さんのほうがまともなのが面白くて。彼、さっきまではやる気満々だったのに、今はムームーガーガー叫ぶだけ。みっともない。


「ああ、信じたのかどうかね。うん、信じた――というより、正直、真偽は気にしていなかった。暇だったし、やってもいいかなって思ったのよ。


「自暴自棄とも言える。だって、あのときの私は地球上で一番後悔している幼女だったのだから。


「まず始めたのがタイムマシンの開発。宇宙情報体の言う通りにするだけだったから、特に手こずったりはしなかったわ。


「……宇宙情報体には何が足りなかったのか? それほどまでの知能がありながら、どうして人間の協力が必要だったのか?


「宇宙情報体はあくまで情報体だから、物理に直接干渉することはできない。それに、時間遡行に必須な後悔を宇宙情報体は生成できない。地球で一番後悔していた私が、協力者に選ばれた理由でもある。


「さっき言ったように、並行世界は後悔によって生まれる。


「後悔は、『過去』を『今』に固定する杭なの。


「後悔しているとき、思考が過去に引っ張られた経験はないかしら? 今が曖昧になって、ひたすらに過ぎたことを考え続けたことはないかしら?


「これは後悔という感情が、『過去』を『今』に固定する性質を持っているから。ちなみに私たちが、時間遡行において記憶を継続できるのは、そのおかげ。

「後悔の才能があるのよ、私たち。


「それで、並行世界はそんな杭を起点にして、枝分かれしていくわけ。


「時間遡行において、一つの難関と言われているのが座標の特定。ほら、地球って動いてるじゃない? 今日のこの場所と昨日のこの場所、私たちから見たら同じ場所だけれど、宇宙から見ると、全然違う場所にあるのよ。


「後悔は過去へ行く燃料にもなり、座標を特定する役割もある、言わばタイムマシンの核なの。


「いい質問をしてくれたお礼。んじゅ……れろれろれろ、んはっ、じゅ、じゅぷ、ちゅる、ちゅる、んれろれろぉ、んふぅ……上栫さん、本当に凄いわね。こんなに感じてるのに、心の中がピンク色にならないなんて。多分、私のほうが変な気分よ、今。


「……でも、しっかりと感じていたほうがいいわよ? 最後なんだから。


「で、どこまで話したかしら……そうそう、タイムマシンの開発秘話ね。指示された通りに組み立てるだけだったから、辛いのは筋肉痛くらいのものだったわ。二十四時間の時間遡行が可能になったのは十七歳の二月三日。


「そして、もう一つ、タイムマシンと並行して作っていたものがある。


「さて祷君、考えなさい。こういうのはあなたの領分でしょう? 何のために目を閉じれるようにしていると思っているの? 壊れるのを遅くするためよ。


「はぁ……じゃあ、こうしましょう。


「これなーんだ。はい、マイナスドライバーね。タイムマシン製作に使用したものよ。


「えい。


「ふふっ、何で刺された上栫さんじゃなくて、祷君が叫ぶのかしら――さぁ、祷君が答えを出すまで、一分ごとに上栫さんにこれを突き刺していく。


「一、二、三、外れ、五、六、七、外れ、九、十、十一、十二、外れ、十四、十五、十六、十七、十八、十九……早いわよ。もう二刺しぐらいさせてほしかったのだけれど。


「まぁ、いいわ。別に刺したいわけではないし。むしろ刺したくないし。代わりに指を挿すから。


「うーん、間違いにペナルティをつければよかったかしら? それでも三回なのだから、大したものね。


「ああ、ごめんなさい。上栫さんにちゃんと説明しないとね。


「正解は、タイムマシンよ。


「正確には、約五十年前に干渉できるタイムマシン。


「目的を達成するには二つのタイムマシンが必要だった。一つは時間を巻き戻すためのもの。もう一つは並行世界を創り、観測するためのもの。


「この二つがあって初めて、祷君が言うところの『並行世界ガチャ』が引ける。


「宇宙情報体の理論上、可能とされている並行世界の移動には二種類あるの。一つ目が、時間を巻き戻して前と違う行動を取る方法。二つ目は、観測した並行世界に直接移動する方法。


「前者では、私たちの望む並行世界はあり得ない。だから、後者の手法を取る必要があった。


「当たり前のことだけれど、無限に広がるくせに曖昧な並行世界を、何の目印もなしに移動することなんて不可能なのよ。フィクションなら隣り合った世界に、とかなんでしょうけど、そうもいかない。


「観測者が必要。かつ、これはこちらの事情だけれど、『新たに他人が生まれえる程度のバタフライエフェクト』を起こさなければいけない。


「だから、宇宙情報体の一部と小石を過去に送ることにしたの。


「宇宙情報体の一部を送れば、今に残った宇宙情報体との繋がりで並行世界の座標がわかる。小石をそこらの川や海に落とせば、それは世界を覆さない程度のバタフライエフェクトを生む。


「――まぁ、何度か世界滅亡ルートを辿ったこともあるけれど、向こうに行った宇宙情報体からNGが出るからリスクがないわ。観測者がいるだけでは、メインの世界線は移動しない。


「それで、創り、観測した新しい並行世界に向けて、第一のタイムマシンで時間遡行する。これが『並行世界ガチャ』の概要。


「ん? 一日しか時間遡行できないのに、五十年前に干渉できるのか?


「詳しく話すと時間がかかるし、私は詳しく話せるほど理解していないから、適当に。


「宇宙の時間を一日巻き戻すよりも、形ないものと小質量のものを五十年前に送るほうが後悔がいらない。


「時間遡行は、この宇宙全てを遡行させる。五十年前に干渉するのは、言ってしまえばどこでもドアでを使って、ここから川に石を投げ込むのと変わらない。軸が過去にずれるだけで、別に宇宙の時間を巻き戻しているわけではないから、使用するエネルギーはだいぶ減るの。


「……さて、私の自分語りも佳境。もうちょっと激しくしましょうか。


「さっさと答えを教えろ? そうしたいのはやまやまなのだけれど、そうしないってことは理由があるのよ。


「そのためには、もう少し彼には後悔してもらわないと。


「それじゃあ、服を脱がせて……こら、暴れない。


「んっと。


「もう、あんまり乱暴させないでほしいわ。最後には殺すとしても、別にあなたを傷つけたくはないのよ。


「……まぁ、無理な話よね。あなたは諦めないのだから。


「わかっている? その愚直さが彼を傷つけ、世界を終わらせるの。


「んしょっと。抱っこしてあげまちゅから、因ちゃんに裸を見てもらいまちょーねー。


「ほら因ちゃん! 見て刮目して瞠目して! 揺れるぞ、このおっぱい! あはははっ、ぼいんぼいーんって、ねー聞いてる? ほら、顔にぎゅーとしてあげる! えーと何だっけこれ?


「ぷにぷに?


「ふむふむ?


「へむへむ?


「まぁ、いいや。ほら、大好きな子の乳でちゅよー。猿ぐつわを外してあげるから、舐めるくらいはしておいたらどう? あ、もしかして下のほうがいい? でも下のほうは、ちょっと無理かなー。筋力が、足りないよ! ごめんね。あははは。


「はぁ……祷君。恥じることはないわ。それは生理現象。例えあなたが生粋のイチャラブ好きで、強姦、NTRが死ぬほど嫌いで、一番嫌いな日本語が輪姦凌辱だとしても、仕方がないこと。


「だって、この子が大好きなんだから。


「性欲が枯れていたって関係ない。愛欲でも勃起くらいするわよ。


「恥じることはない――ただ、後悔しろ。


「彼女を守れなかったことを。


「こんなシチュエーションでしか、彼女の艶姿を見られなかったことを。


「彼女に恋したことを。


「さぁ、最後のネタばらし。結局、宇宙情報体と私は何を求めて、並行世界を渡り歩いていたのか?


「もう答えにはたどり着けるはず。


「目的は、時間という概念の消失。


「タイムマシン二号の必要性。


「そして、このシチュエーション。


「仮定の鬼はもう使い物にならない――私にとってはようやく使えるようになったけれど、祷君はもう『今』にはいない。


「私の声も、上栫さんの喘ぎも、悲鳴も、聞こえはしても、それらは全て後悔へと変わり、過去へと打たれる。


「杭として。


「だから私が結論を言う。


「私たちの目的は、時間の消失。


「方法は、人類が誕生する前まで時間遡行し、時間の概念が生まれないよう宇宙情報体が人類を監視する、よ。


「この方法では、最低でも新人類が誕生した二十万年前――できるならば、猿人が誕生した四百万年前までの時間遡行を可能とする必要がある。


「一日が二十四時間、一秒が一秒と定められた前ではなく、人類という種、あるいはその先祖の集合無意識に、時間という概念が生まれる前に遡らなければいけない。


「つまるところ、私たちは『並行世界ガチャ』で、五百万年の時間遡行を可能にするほど、後悔できる人間を探していたのよ。


「そう、それが祷君、あなたよ。


「っと、さすがに意識が今を向いたか――いえ、違う。祷君は上栫さんと違って、最初からいた。


「本来なら、私があなたを捕捉した時点で終わるはずだったの。


「でも、私が初めて祷君に会ったとき、あなたの心は壊れていた。閉じていた。枯れていた。


「宇宙情報体が読心できないほどに。


「いえ、私が苛ついているのはそこじゃないの。


「私が苛ついているのは、祷君は最初からいたはずなのに、宇宙情報体が協力を求めたのが私だったってところ。


「どういうことかわかる?


「祷君、あなたはほぼ際限なく後悔を体に貯め込めるというのに、十七年の人生において、人並みの――いや、人よりも少ない後悔しか抱いてこなかった。


「善良過ぎる両親、平和な人間関係、この町の全てが、あなたに関わる全てが、あなたに後悔をさせまいと動いているようだった。


「醜い嫉妬だけれど、そんなあなたを私は許すことはできない。


「世界が終わって、時間のない世界に生まれたとしても、私はあなたを恨み続ける。


「……上栫さんは放っておこうと思ったの。しらみつぶしには対応できるし、上栫さんがいなかったら、私たちは祷君の才能に気づかなかっただろうし、顔も好きだし。


「でも、祷君を一番酷い目に遭わせるためには、上栫さんを侵して、貶めて、辱めて、殺すしかないと思ったの。


「ただ後悔させるだけじゃあ、後悔しそうだったから。


「憎いわ。


「それくらい、私は祷君が憎い。


「さぁ、答え合わせは終わり。


「世界も終わり。


「後悔しろ。


「上栫さんがこんな目に遭っているのは、お前のせいだ。


「お前が彼女に恋をしたせいだ。お前が彼女に立ち上がらせてもらったせいだ。お前が彼女に出会ったせいだ。お前が諦めたせいだ。お前が何でも忘れてしまうくらい弱いせいだ。お前が友人に恵まれていたせいだ。お前が先輩に恵まれていたせいだ。お前が義妹に恵まれていたせいだ。お前が家族に恵まれていたせいだ。


「お前が生まれたせいだ。


「人類が生まれたことすら、後悔しろ」

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