ループの終わりは唐突に

 祷因果が言うところの、気持ち悪いほど白い部屋は、気持ちが悪くなるほど赤い部屋に変化していた。


 九割は上栫速歌の血肉で、もう一割はその他の体液だ。


 上栫速歌だったものは、もうこの部屋には存在しない。


 上栫速歌という存在が手なのか、腕なのか、足なのか、脚なのか、胴なのか、頭なのか、それとも心なのか、それら全部を上栫速歌だったものと仮定するのであれば――祷因果のように仮定するのであれば、部屋のあちこちに転がっているが。


「悔しいわ」


 木次素矢子が言った。

 赤く染まった部屋の中心に立っているが、部屋と同じく真っ赤に染まったその姿は、人間には捉えられないだろう。


「私がもっと巧ければ――上栫さんが思わず私に惹かれるくらい、目がハートになるくらい巧ければ、こんなことをしなくても、祷君を死ぬほど後悔させられたのに」


 そんな冗談を、誰にでもなく言った。


 この部屋にはもう一人、生きている人間がいる。


 ただ彼はもう人としての機能を失っている。恋焦がれた相手の血肉で染まった眼球で虚空を見つめ、口をパクパクと動かして、何やら呟いている。


 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。


 木次素矢子への返事ではないだろう。返事をすることは無論、もうお得意の仮定を立てることもできない。


 彼の魂、意識、細胞までもが今ではなく、過去へ向かっている。


 これが後悔の果て。


「……わかった」


 木次素矢子が言った。

 これは独り言ではなさそうだ。

 彼女が言うところの、宇宙情報体に返事をしたらしい。


「ええ、さすがに達成感があるわ。賭けに勝ったような快感すらある」


 恍惚に満ちた表情で言って、木次素矢子は部屋に転がる肉片と、謝り続ける少年を交互に一瞥する。そして、部屋の端に向かって歩き出した。


 そこは時計がかけられていた場所だ。今は赤く染まって何も見えない。木次素矢子は手探りで時計らしき赤い物体を見つけ、袖で拭った。赤く濡れている袖で拭くのは効果的ではないらしく、何度も、何度も擦る。


 ややあって、木次素矢子は時計を掲げた。


「よかったわね」


 時計の針は、〇時二十四分を指していた。


「あなたたちのおかげで、ループは終わったわ」


 その笑顔は自称幼馴染なんかではなく、クール系電波女子のものでもない。


 世界を終わりに導く者に、ふさわしい笑顔だった。


 それからすぐに、世界は終わった。


 祷因果が生み出した空前絶後の後悔により、宇宙は遡った。


 宇宙情報体の思惑通り、時間の概念が生まれる前に監視体制を確立、人類は宇宙による矯正を受けながら、歴史を積み上げていくことになる。


 いや、時間がない世界において、歴史が積み上がることはない。歴史を消化、と言ったほうが正しい。


 ストレージを最適化した宇宙は、今の宇宙よりも軽やかに広がっていくのだろう。宇宙が広がることで何がプラスになるのかは、人類にはわかり得ない。ただ、何の役割も持たず、ただ宇宙を圧迫する並行世界が有害であることは誰にでも理解できるだろう。


 正しい。


 しかし、だ。


 相手がどれだけ正しくても、犠牲が出ている。


 ならば。

 

 だとしても。


 それでも。


 そう叫ぶ者が現れる。

 立ち上がる者がいる。

 諦めない者がいる。

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