ひと段落

「タイムマシンです? 作ろうと思えばそれっぽいのは作れるかもしれないです。でも、作りたくないです」


 与が言った。


「やり直しでもしなきゃ、助けられない人もいるだろ?」

「全部が全部、都合のいい世界は作れないです。バタフライエフェクトがある限り、並行世界がある限り、全部を救うことはできない、それが与の持論です」

「現実的だな。才能意外は」


 上栫さんが言った。


「因果お兄ちゃんが作ってほしいなら作るです」

「いや、いいよ」


 上栫さんと出会ってから、十回のループを経て、僕たちは降旗明星、入交与両名を白だと認定した。


 上栫さんは調べ尽くして見せた。その徹底ぶりと言ったら、それはもうスリーサイズや体のほくろの位置なんかは当たり前、それ以上の――僕は知らない。ほくろの位置以上ってなんだ?――ありとあらゆるものを把握しきった。


 二人とも、主人公適性が高いので念を入れたが、普通ならこれを半日以内でやってのけるというのだから、上栫さんの速さがいかに尋常じゃないかがわかる。


 与の最終確認を終え、僕たちは屋根付きベンチ公園へと足を運んだ。


 今回もランニングしながらの会話である。状況整理するときはもれなく僕の布団の中か、ランニング会議だ――ようやく走ることにも心が慣れてきて、上栫さんと並んで走れるくらいにはなった。


「まぁ、動機と能力的に監視は続けるがな。私たちが記憶を引き継いでいることを知っているのなら、装うこともできるだろう」

「そうだね」

「安心したか?」

「…………」


 初対面のときは完全に意表を突かれたから仕方がないとして、上栫さんは日常的に僕の内心を読んでくる。


 その通り、恩人と妹分が黒幕じゃなくてよかったと心から思っている。叫びたいくらいだ。


「僕ってそんなにわかりやすいかな?」

「勘違いしてないか?」

「何を?」

「祷、自分の感情が枯れているとか、思っていないか?」

「…………」


 僕の沈黙を見て、上栫さんはしてやったりと言わんばかりの微笑を浮かべる。


「図星か。少なくとも、私が知る祷因果は素直な男だぞ。驚いたときには目を丸め、嫌なときには唇を噛む。強いて言うなら、あまり笑わないくらいか」


 ……もし、そうなのだとしたら。

 枯れたと思っていた感情が、表ににじみ出ているのなら。


「それは、上栫さんのおかげだよ」


 上栫さんと出会ってから、世界の全てに意味ができた。


 もちろん、心の防壁を失うことになった。数百万日ぶりに覚える負の感情はあまりにも痛い。


 降旗先輩、与の身辺調査も身を切る思いで、むしろ切ってくれという思いで、二人に平然と嘘を吐いた。


 思わず、手放した心の防壁に手が伸びそうだったけど、


「上栫さんに出会ってから、少しずつではあるけど、生きてるって感じる。意味があるって思う」


 僕を守るものはなくなった。


 けれど、隣には彼女がいる。守りたいと、支えたいと思える人がいる。


 全ては上栫さんが諦めなかったおかげだ。全人類をしらみつぶしにするという、彼女にしかできない行動のおかげで、僕は彼女に出会うことができた。


「…………」

「?」


 そこで、上栫さんが黙った。驚いたような絶句は稀に見るけれど、どうやら今回は違う。眉をひそめて、逡巡しているような素振だ。


 上栫さんと逡巡。


 対義語と言っていい。


 恐ろしく似合わない。


「祷、やはりお前は勘違いしているよ」

「……何を?」

「私は祷が思っているほど、傑出した人間じゃない」

「って、言われても……」


 実際、僕ができなかったこと――並の人には到底できないようなことをやってのけている。


 十回のループを一緒に行動して――彼女の徹底ぶり、行動力、速さをまじかに体感して、彼女が僕の知る二人の主人公に匹敵する能力を持っていることが再確認できた。


 今更謙遜されても、僕の劣等感が刺激されるだけである。


「だから、祷は卑屈過ぎる……いや、それはいい。正直、言おうか迷った。私にも見栄を張りたい気持ちはあるし、時間の無駄だと思った」


 いったい何の話をしているのか。相も変わらず主語が抜けがちだ。


「だが、うん……言っておきたい。言っておくべきだ。私たちが対等にあるために」


 自分に言い聞かせるようだったので、何を? とは聞かなかった。


「私の過去を話そう」

「――え?」

「しばしの自分語りだ。しかもとびっきりの黒歴史」


 祷の「家族になってやる」を超えるかもな。

 上栫さんはあくまで淡々と、そう言った。

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