穴があったら

「いや誰だ、そいつ」


 思わず声に出た。


 絶対に僕じゃない。そもそも一人称が――いや、一人称が変わったのは最近だった気もするがとにかく誰だそいつ。


「祷、顔を覆いたくなるような黒歴史は誰にでもあるものだよ」


 上栫さんは慰めるように、わざとらしい抑揚をつけて言った。完全に煽っている。


 しかし、本当に嫌になる。黒歴史が、ではなく。


 家族になってやる。


 そんな、ともすればその人の運命さえも左右しかねないことを言っておきながら、忘れていた、だ?


 じゃあ妹だ、とか。俺が癒すよ、とか。


 そんな歯の浮くような台詞を言っていたことよりも、それらを忘れてしまったことが、何倍も恥ずかしい。


 穴があったら入りたい。


「布団の中には潜り込んでいるがな。ともかく、入交与にも十分な動機があることはわかった」

「……両親と暮らす、か」

「あるいは従順にも、祷との約束を果たすためかもしれないな」


 親と別離しそうな子の救済。


 与なら、遠くない未来――未来なんてものがあるのなら――、沢山の親子を救えるだろう。だが、全てのそれらを救うことは与の能力を持っても不可能だろう。


 それこそ、時間が足りない。


「でも、前の二月三日はずっと与と一緒にいたんでしょ?」

「ああ。日付が終わるまでな」

「じゃあ与は違うんじゃないの?」

「タイムマシンの概要がわからないからな。もしかしたらタイマー式かもしれない」

「そんな……炊飯器じゃないんだから」

「あり得なくはない。ただ、賭けられるほど高い可能性はないだけで――というか、何度も言うが、時間遡行なんて私たちの理解が及ばない現象が起きている時点で、手法についての議論は意味がない。よっ」


 かけ声と共に、上栫さんが布団を蹴り上げた。布団が舞い上がり、冷気が全身に向け一気に押し寄せる。外はまだ暗いが多分、四時前後。上栫さんがじっとしていられる限界だ。


「さぁ、後は徹底的に探るだけだ」


 速やかに、隅々な。

 ベッドの上に仁王立ちした上栫さんは、そう言った。

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