上栫速歌、語る。

 ということで、急遽語り部を務めさせていただく上栫速歌だ。


 祷の軽やかかつ鮮やかな――多分――モノローグに比べると見劣りしてしまうだろうが、そこは勘弁してほしい。

 

 祷が狂人化してから、なんやかんやあって、『意識の泉』が狙いだと気づき、私の伝手を使って祷を足止めし、その間に私たちの王将であるところの『意識の泉』――降旗家にて、入交与が対狂人兵装と拘束具を開発するという作戦に至った。

 

 これはその際の一幕である。


 降旗明星は市民の避難や情報統制をかって出てくれたので、入交与と部屋に二人きりになってしまった。


 どうせループするから、こんなのは茶番だ。


 そうは思わない。だって、もし全人類が旧支配者と繋がってしまったら、時間遡行の犯人は、二月三日をループできないのではないか?


 タイムマシンにタイマー機能がついている、なんて可能性に賭けられるほど、私はギャンブラーではない。


 ループが終わっても、世界が終わってしまっては意味がない。


 全力で祷を封じに行く。


 ということで、伝手を使い、入交与に言われた材料を発注するという形で、彼女に協力していた。


 していたのだが、


「ひぐっ……すん、ずず」

「…………」


 入交与は終始、泣き続けていた。それでも動く手は捉えきれないほど、高速で動き続けているのはさすが天才発明家と言ったところか。


 しかし、そのギャップがあまりにも激し過ぎて、見るに堪えなかった。


「はぁ……」


 私は年下に弱いのだ、こうも泣かれては相談に乗りたくなってしまう。


 まぁ、いい。相談に乗りつつ、それとなく彼女のことを探ろう。彼女にも降旗明星と同じくらい、主人公適性がある。犯人である可能性も十分にある。


 しかし、この町にこのクラスの傑物が二人もいるという事実は驚きだ。こう言っては失礼ではあるが、どこにでもあるような田舎町だというのに――いや、違うか。


『意識の泉』という、世界でも有数の特異点があるのだ。


 あれは言わば、人の力の源だ。全ての人と繋がっているという、あの泉に物理的距離は果たしてどれだけ関係あるのかわからないが、状況証拠としては十分だろう。


 ともかく、今は入交与を泣き止ませるのが優先だ。


「何を泣いているんだ、お前。そろそろゴーグルから涙が溢れるぞ」

「ぐすっ、だって、因果お兄ちゃんが……」


 入交与は手を止めずに、だがこちらの目を見て返事をした。


「予測できただろう、こうなることは? そもそも人を狂わせる目的以外に『VRクトゥルフ』なんて作らないだろう?」

「あ、与は……救おうとしたです。狂ってしまうのは、時に救いになるです」


 なるほど、一理ある。

 正気じゃいられないような現実から逃げるためには、狂ってしまうのが一番手っ取り早い。


 もし、『一時的な狂気』を好きなタイミングで発動させることができるのなら――そして解除できるのなら――、麻酔の代わりにだってなるだろうし、心の防御にも有効だ。


 まぁ、その狂気が他人に向くかもしれないという点を、棚に上げた話ではあるが。


「だったら、旧支配者じゃなく、眷属辺りにしておくべきだったな」

「うううう……」


 また泣き出してしまった。本当にゴーグルから涙が溢れたわけではないだろうけれど、ゴーグルを外して、顔とゴーグルを袖で擦っている。


 入交与の素顔は愛くるしいものだったけれど、涙や鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。


 別に酷いものではない。むしろ嗜虐心をくすぐられるいい顔だけれど、美しいものが歪むのは心苦しい。


 ティッシュを何枚か取って、私は入交与の鼻をティッシュで覆った。


「?」

「ほら、ちーん。啜るのは体に良くないぞ」


 入交与は涙の溜まった目をまん丸にして、少し硬直、だがすぐにちーんと鼻をかんだ。


「よくできたな」

「ありがとうございますです……速歌先輩は優しいです。因果お兄ちゃんとお似合いです」

「だから、付き合っていないぞ。祷とは」


 何というか祷に対して、変な懐き方をしているように思える。降旗明星も祷のことは信頼しているようだったが、それとも違う。


 どちらかと言えば――そう、狂信に近い。


 祷を軽視するつもりはないが、ぶち抜けた才能を持つ彼女が、ここまで傾倒する魅力が祷にあるとは思えない。


 だから聞いてみた。


「因果お兄ちゃんは恩人です」

「へぇ、祷は覚えていないようだったがな」

「それだけ、因果お兄ちゃんにとって、他人を助けるのは当たり前ということです」


 祷が聞いたら、全力で否定しそうだ。彼はなぜか、自分のことをエゴイストと思い込んでいる。まぁ、何かしらのトラウマがあるのだろう。


 あるいはエゴイストと自覚しているからこそ、意識的に他人を観れるのかもしれない――いや、さすがに自分と同一視しすぎか。


 いけない。同じ境遇だからと言って、何でもかんでも共感したり、求めたりしていては、いつか距離感を違え、取り返しのつかないことをしてしまう。


 それはともかく、私は入交与と祷の出会いを詳しく聞くことにした。


 もしかしたら、ぼろを出すかもしれないと思ったのと、単純に祷の過去を知りたかった。


 他人から聞くのは申しわけないと思ったが、私に知ることをしないという選択肢はない。


「与は親に捨てられたです」


 入交与は変わらず作業をしたまま、あっけらかんと言った。


「与は頭がいいです。良すぎて、おかしいです」


 自分で言うかとも思ったが、彼女の謙遜は全人類への冒涜になりうる。


「だから、捨てられたです。気持ち悪い。わけがわからないって」


 こう言ってしまうのもあれだが、祷の言う通り、バックボーンまでテンプレだ。


 だからこそ、心苦しい。


 仕方ないよと他人から納得されてしまうだろうことが、簡単に想像できる。


「中学を卒業した時点で、家を追い出されましたです。幸い、お金には困らなかったですけど、涙が溢れて困ったです。捨てられたばかりの頃、公園でよく泣いてたです。そんなとき、因果お兄ちゃんに会いましたです」


 さて、祷はいったい、この天才にどんなことを言ったのだろう?

 付き合いが長くないので断言はできないが、祷は別に弁が立つわけではない。ゆっくりと考えながら話す印象だ。


 それはあくまで時間遡行を繰り返した祷であって、入交与に金言を授けた祷ではないかもしれないけれど、正直、祷が親に捨てられた天才美少女発明家を救うような発言をするとは思えない。

 

 もう一度言うが、私は祷を評価している。ただ、これは祷の得意分野ではないと言うだけで。


『どうしたの?』

『かくかくしかじかです』

『うーん、そうか……両親のこと、好きだった?』

『嫌いです。叩くし、怒鳴るし』

『でも悲しいんだ』

『です』

『不思議だよね。家族って血の繋がってるだけの他人なのに、もっと違うところも繋がっている気がする』

『……ですぅ』

『ああ、泣かないで……うーん、じゃあ、君、名前は?』

『与です』

『あずか? どういう字?』

『与えるで、与です』

『いい名前だ。与みたいなケースは少ないだろうけど、いろんな理由で親と別れてしまう子供は沢山いる。与はその天才性を――親に捨てられる原因になった才能を、そんな子供たちのために使おう。与が、与と同じ気持ちになりそうな子供を助けるんだ』

『……それじゃ、与が悲しいままです』

『与って何歳?』

『今年で一六歳です』

『一個下か。じゃあ、妹だ』

『?』

『与の悲しさは、俺が癒すよ。今日はうちで晩飯を食おう。それで、いつでも来ていい。俺がお前の家族になってやる』


「と、因果お兄ちゃんは言ったです」

「…………」


 時間の無駄なので絶句するのは控えているのだが、うん、こればっかりは許してほしい。


 しかし、このままではずっと言葉を失ってしまいそうなので、無理やりにでも言葉を紡ぐ。


「いや誰だ、そいつ」

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