上栫速歌

「もし人間が、初めて時間遡行を認識したら、どんな風に思うだろうか?


「祷はどうだった?

「…………。


「忘れた、か。祷らしいな。

「私はこう思った。恥ずかしながらに思った。


「私は特別なんだ、と。


「神にでもなったかのような気分だったよ。犯人がいるとか、そんなことは一切考えなかった。周りで私だけが、時間が巻き戻ったことに気づいている。その優越感にふやけるほど浸ったよ。


「まぁ、言ってしまえば何も考えていなかったんだ。天狗ですらない。能天気だった。先のことなんて気にしない。


「問題はそんな状態のまま――能天気なまま、二月三日を迎えてしまったことだ。そして致命的だったのは、ループが数百に至ってもなお、何も考えなかったことだ。


「そんなことがあり得るのかって?

「あり得たんだ。本当に笑えない。


「あろうことか、私はループに歓喜さえした。祷もわかっているだろうが、このループは完全なるループではない。毎日、何かが違う。


「ならばそれは、普通に過ごすのと何も変わらないのでは?

「むしろ、歳を取らない分、実質不老不死なのでは?


「……そんな顔をするな。いっそ腹を抱えて笑ってくれ。そっちのほうが、案外楽なものだよな、祷?


「私も心を鬼にして、祷の家族になろうよを弄ってるんだ。


「嗜虐趣味を正当化するな? ふふ、それは失礼した。


「とにかく、何が言いたいかというと、私はループ開始当初、この時間遡行を満喫していたということ。


「祷があれこれ実験、考察を繰り返している間、私はやりたいことをやりたいだけやっていた。


「時間が巻き戻るのをいいことに、弾けたこともしたよ。髪をどぎつい色に染めたり、全財産を使って好きなものを好きなだけ食べたり、本当に言えないようなことだってした。


「……飽きなかったのか? ああ、飽きなかった。何だろうな――やはり危機感が皆無だったからな、純粋に堪能できた。昼まで寝て、カロリー度外視の食事をとって、性欲を満たして寝る。三大欲求を満たしているだけでも楽しかったよ、あのときは。


「だけど、気づかされた。


「ふぅ……まぁ、端的に言うと、家族が消えた。


「祷から教えてもらった知識で言えば、並行世界の移動による過去改変。

「一年前に、交通事故で亡くなったことになっていた。


「お父さんも、お母さんも、そして――年の離れた妹も。


「ああ、違ったんだ、と――孤独になって、初めて気づいたよ。


「ようやく気づいたよ。


「私は神様なんかじゃないことに。


「記憶を引き継げる私は、ループを終わらせることができるかもしれないことに。


「私が怠惰に過ごしていたせいで、家族が死んだことに」

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