自称幼馴染、襲来

「祷は途中で諦めたかもしれない。だが、私は最初から走っているわけではなかった。大切なものを失って、ようやく走り出した大馬鹿者だ」

「…………」

「ここで祷に語った、ループは沢山の人の想いが云々って話も、元からそんなことを考えていたわけではない。しらみつぶし中に色々な人間を見て、感じたことに過ぎない」


 始めはもちろん驚いた。だが、案外、すんなりと受け入れられた。


 彼女の特異性――微に入り細を穿つ徹底ぶりも、一秒たりとも無駄にしない決意も、空回りして、結局、時間を食ってしまうような不器用さも、全てが過去に収束した。


「だから、勘違いしないでほしい」

「……何を?」

「私は祷が尊敬する降旗明星のように尊い魂を持っているわけでもなければ、妹のように可愛がる入交与のような天才でもない」


 確かに彼女は聖女でも天才でもない。僕の勝手な崇拝が、彼女に過去を話させたというのは忸怩たる思いだが、今、彼女にかけるべき言葉は、謝罪ではないと思った。


 上栫さんの過去がどうであれ、彼女が僕を救ってくれた事実は変わらない。


 勘違いのしようがない。


 だから、僕がここで伝えるべきことは……


「よっ!」


 がばっと、背後から抱き着かれた。走っている最中だったので、バランスを崩しかけるが何とか堪える。


 僕に対して、こんなラブコメの世界観でしか見ないようなことをするのは二人。一人は妹、もう一人は、


木次きつぎ

素矢子すやこ


 別に二人で協力して自己紹介をしたわけではない。こいつはなぜか、僕に名前で呼ぶことを強制する。


「……素矢子、離れて」

「はーい」


 他校のセーラー服、背中まで伸びた長髪、素朴な笑顔。高校生にしては若干大人びたような印象を受けるが、騙されるなかれ。


 木次素矢子。


 自称幼馴染である。


「いやー、しっかし因ちゃんも隅に置けないねー。ちょっと目を離したうちに、こんな格好いい彼女を作っちゃうなんて! ああ、私は悔しい! 因ちゃん! 私をお嫁さんにしてくれるって言うのは嘘だったの!?」


 表情をころころ変えながら、パワフルに話す素矢子――淡々と話す上栫さんとは対照的だ。


「いや、嫁にするなんて言ってない」


 並行世界の移動による記憶の齟齬ではない。確信できる。どんな世界でもそんなことは言わない。


「それと、上栫さんは彼女じゃなくて……」

「祷と遥か昔に一度だけ遊んだことのある天涯孤独の上栫速歌だ」


 今日も今日とて棒読み――しかし、過去話を聞いた後だと、天涯孤独の言葉の重みが違う。


「ふーん……じゃあ、幼馴染ライバルだね!」


 木次はびしっと上栫さんを指さした。

 何だそれ。一体に何を競うんだ?


「どれだけ因ちゃんに詳しいか、一〇八の問題が速ちゃんを襲う! と思ったけど、用事があるからまた今度! バイバイ這い這い奇々怪々!」

「…………」


 わけのわからないことを叫びながら、木次は走り去っていった。

 本当に何しに来たんだ?


「……あれは?」

「隣町に住んでるらしい、自称幼馴染」

「自称?」


 上栫さんが眉根を寄せる。

 多分、僕も彼女と同じような顔をしていると思う。


「諦める前に突然現れたんだけど、小さい頃に会った記憶が全くないんだ」

「祷の記憶にないは当てにならないからな」


 上栫さんはうんざりしたように、自分のこめかみを突いた。


 おっしゃる通りなのだが、与との出会いを忘れていたのとは毛色が違うと思う。直観だけれど。


「百回に一回くらい絡んでくるけど、やっぱり思い出せなくて。いや、感覚的には在ったけど、忘れているんじゃなくて、そもそもなかったって感じ――推測だけれど、並行世界の移動によってできた幼馴染なんじゃないかと思ってる」

「まぁ、人が死ぬくらいだからな。幼馴染が増えていても不思議じゃない」


 だから重いって。


「……根拠としては、行動が不安定なんだ。運命的になのか、性格的なのかはわからないけれど、与みたいに三回に一回じゃなくて、数百回に一回会うかどうかくらいの頻度だから、ちょっとしたことで幼馴染だったり、幼馴染じゃなくなったりしてる――並行世界の移動の影響を受けやすい体質なんじゃないかと思ってる」


「やはり祷は凄いよ。うん、並行世界の移動による影響の強弱――その辺りに着目するのも面白いかもしれないな。と、それはともかく、そろそろ帰って作戦会議と行こうか」

「……うん」


 速足で自宅へと向かいながら、僕は木次に邪魔された台詞を言うかどうか迷っていた。


 だが、改めて考えてみると、少し照れくさくて。


 僕は、ありがとうの一つも言えなかった。


 まぁ、この先、彼女に感謝することなんて、いくらでもあるだろう。


 そう言いわけをして、僕は妥協した――諦めた。


 このときは気づかなかった。諦めないと誓っておいて、いとも簡単に諦めた。しかも無意識に。


 諦めるのが癖になっていた。


 そして一番の見落としは、この閉じられた世界に、先なんてものを期待してしまったこと。

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