昼休み。


 僕と上栫さんは、例の土手で昼食を取ることにした。冬に外で弁当を食べるなんて、正気の沙汰じゃないが、そこは防寒着の出番だ。上栫さんもスカートの下に嬉々としてジャージを着ていた――いや、ジャージでどうにかなる気温じゃないはずなのだが。


 僕は母さんが作ってくれた弁当を味わって食し、上栫さんは何も書かれていないパッケージに入った、飲み物のような何かを二秒ほどで完飲していた。


 いったいどこから手に入れてきた、何なのやら。


 さて、ここまでの授業中や休み時間は、降旗先輩本人の情報を教えることで何とか凌いでいたが、もうネタ切れだ。


 僕と彼女の関係に触れるしかない。


 気が進まないが、隠すようなものでもない。白状してしまおう。


「ループを教えたことがあるんだ」

「ふーん」


 上栫さんは不服そうに、鼻を鳴らした。それに、何だかじっとりとした視線を向けてくる。


「実は諦める前にも、一度、挫けかけたことがあって……そのときにね」

「で?」

「で? って、どういうこと?」

「惚れたのか?」


 やっぱりこうなるか……上栫さんには僕と違い、年相応の感性が残っているようだ。


「……まぁ、そうだったと思う――もしかして、見ててわかる?」

「いや、祷の好きそうな人だと思って」


 この付き合いでそこまでわかるものなのか? 正解なので何も言えないが。


「……まぁ、タイプではあると思う。だけど、忘れた」


 もう忘れてしまった。


 人によってはタイムスリップを起こしてしまうほど、強い感情として語られる恋慕の情。


 僕は忘れてしまったのだ。


 荒唐無稽な話を信じてくれて、荒んだ心を癒してくれて、上栫さんに見せたアニメみたいに、ループ後に頼れるよう、絶対に他人が知り得ない秘密も教えてくれた。


 だというのに。


「データ集めに協力してもらったり、慰めてもらったり……とにかく縋った。降旗先輩がいるから――降旗先輩が好きだったから、僕は諦めずにいられた」


 ただ、彼女の中に、僕との時間は積み重ならない。僕の中にだけ、彼女との思い出が積み重なっていく。


 そのギャップに耐えきれなかった。


 こんなことなら、好きにならなければよかったと、僕は忘れた。


 自分を諦めた。


 ここまでは、よくフィクションで見かける展開だ。


 しかし、フィクションと違うのは、本当に忘れてしまえるほど長い時が経ったところ。


「彼女が犯人で、えんえん泣いて縋ってくる祷のことを内心嘲笑っていたら、中々新鮮な鬱展開だな」

「そうだったらもう立ち直れないよ」

「もう好きじゃないなら平気だろう?」

「いや、恋心を忘れただけで、好きじゃないわけじゃ――いや、好きじゃなくてもさ、あんな人が黒幕だったら枯れた心も潤うよ。涙で」


 しかも血の涙。


「大丈夫だ」

「……何が?」

「私は何があろうと諦めない。なら、祷はもう倒れない。そうだろう?」

「――うん」


 上栫さんは不敵に、淡々と言った。


 彼女のひたすら強く、縋りたくなるような言葉の数々は、心に刻まれた好きになる恐怖すらも曖昧にする。


「ということで、その他人が知り得ない秘密とやら、教えてもらおうか?」

「…………」


 まぁ、そうなるよね。


「情報が何も入ってこない。おかしいぞ、降旗家」


 上栫さんの情報網を使っても無理なのか。降旗家が特別なことは知っていたが、そこまでとは。


「……いいよ、教える。ただ――」


 大切だった人が教えてくれた、秘密を漏らす。しかも彼女の身辺を調べるために。


 どうしようもなく下種で、最低な行為。


 彼女の無罪を晴らすためだと言いわけして、覚悟を決める。


「世界観が壊れるから、心して」

「大丈夫だ。時間遡行が起きている時点で、もうボロボロだよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る