キーワード

『意識の泉』を見せて欲しい。


 それが、降旗先輩が教えてくれたキーワードだ。

 このキーワードを聞いた降旗先輩は驚愕ではなく、困惑の様子を見せる。


「――どこで、『アレ』のことを聞いたんですか?」


 放課後、例の土手に降旗先輩を呼びだし、キーワードを伝えると、降旗先輩は怪訝そうに首を傾げた。


 かくかくしかじかと、二月三日がループしていることを説明する。


 ちなみに、ここで変にはぐらかすと殺されるので注意。


 正拳突きで胸を貫かれるのは、中々に辛い。降旗先輩の手で殺されるというのもあり、僕が経験した死の中ではトップレベルの不快感だった。


「なるほど。道理で」


 素直に言えば、彼女はちゃんと信じてくれる。

「最近、辛そうな表情をしていると思ったら、今日になって突然、悟ったような顔になっていたので変だなぁとは思ってましたが、まさか、そんなことになっているなんて……」


 最近――ループの前。


 数時間単位の時間遡行が毎日のように起こり、精神的には一番辛い時期だったと予想できるし、彼女が心配してくれたことも簡単に予想できる。


 最早、バタフライエフェクトによる記憶の齟齬なのか、それとも単に僕が忘れているだけなのかわからない。前者のほうが言いわけになるので精神には優しいが、多分、後者だろう。


「それで、わたしは何をすれば? 打ち明けたということは、何かしてほしいことがあるんですよね?」


 身がすくんだ――僕は、こんな彼女の腹の内を探るために、教えてもらった彼女の『夢』を利用する。


「……これから、この町の人間をしらみつぶしにするにあたって、地主の娘である先輩の力を借りられれば、かなりの時間短縮になります」


 それでも普通を装って、用意していた言いわけを使う。

 約束したんだ。後には引けない。


「ふむふむ、確かにそうですね。繰り返されるとはいえ、動ける時間に限りがあるのなら、最短ルートを取るべきです。わかりました。できる限り、力になりましょう」

 

 降旗先輩は胸をトンと叩いて、快活に笑ってみせる。


 僕の心臓が叩かれたかのように、鈍く痛んだ。


「……それでまずは、『意識の泉』を見せてもらおうと思って――僕は見せてもらったことがあるんですが、上栫さんは先輩に会うのが初めてなので。この子、見ての通り警戒心が強くて……協力者にするには、信頼できる根拠がなくては、と」

「そうですか。わたしはおすすめしませんけどね」

 

 まぁ、僕もおすすめはできない。

 あんなもの、二度と見たくないし、上栫さんにも見てほしくはない。ただ、上栫さんに見ない――知ることをしないという選択肢はない。


「因果君の頼みとあらば断れませんね。二人に見せるのは、掟違反になりそうですが――まぁ、男女なので言いわけできそうです」

「?」


 降旗先輩は一人、呟くように言った。

 何のことだろう? また僕が忘れてしまったことだろうか?


「おや、『それ』は聞いていないようですね。因果君に『意識の泉』を見せたときのわたしはビビりだったようです」


 降旗先輩は頬を掻きながら言う。照れているような、かつ苦笑いのような、複雑な表情だった。


 一応、聞いてみようかと思ったが、先輩は「こほん」と咳払い。タイミングを断たれる。


「では、早速行きましょう」


 降旗先輩は上栫さんに手を伸ばした。


「よろしくお願いしますね、上栫さん」

「ああ、よろしく」


 上栫さんは躊躇いなく、先輩の手を取った。

 どうか上栫さんの手に、ナイフが握られないように祈るばかりだ。

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