知らない世界
沈みかけた日によって澄に染まった川を、河川敷のベンチから見つめる。
沈みかけた日。
澄に染まった川。
こんな表現を聞いても、この世界の人間はそのままの意味にしか捉えられない。決して、時間を表す描写だとは思わない。
半日かけて、私はこの世界の人たちを観察した。私からすれば――前世界の人間からすれば、混沌以外の感想は出てこないだろう。
何でこんな世界が成り立っているんだ、と。
仕事は行きたいときに行く。誰もそれを咎めない。
お店は開きたいときに開く。お客さんは、開いてないなら仕方ないと、何食わぬ顔で帰る。
起きたいときに起きて、寝たいときに寝る。
学びたいときに学んで、稼ぎたいときに稼ぐ。
生きたいなら生きて、死にたいなら死ぬ。
……そんな自殺志願者を、それでも助ける顔見知りを見かけた。この世界の彼女は、泉の管理者ではないはずなのに、よくやるものだ。声をかけてみようかと思ったが、やめた。
違う世界とはいえ、どの面下げて彼女に会えばいい?
それはともかく。
自分と同じ姿形だというのに、その生態系がまるっきり違うというのは、かなり精神を削られた。
理屈ではなく、本能的に、私はこの世界の人間に嫌悪感を催す。
しかし、本能ではなく、理屈で考えたらどうだろう? 私は、この世界の人間が、あまりにも澄んでいるように感じた。
全ての人が、今だけを見ている。
見えない先を考えて、不安に押しつぶされることもない。
過去の失敗を引きずって、後悔することもない。
悪く言えば、後先考えない。良く言えば、今に全力。
私は、不安は慎重さに繋がるし、後悔は糧になると思っていた。実際、そうなのだろう。だが、不安は恐怖に繋がるし、後悔は枷にもなる。
だったら、どうだろう?
この世界の人間のほうが、幸せなんじゃないか?
この世界の文明レベルは、前世界と変わらない。宇宙のバックアップがあるのかもしれないが関係ない。元々、ほとんどの人は誰かの考えを流用して生きている。
それが人のではなくなっただけのこと。
人としての能力には、差を感じない。
だったら、今しかないこの世界の人間のほうが、私には淀みなく、真っすぐで、幸せそうに思える。
人より後悔の才能があるらしい私は、しばしば過去に囚われる。この瞬間も、この世界にはないはずの過去に焼かれる。
あの結末は、私の慢心によるものだ。
犯人は、自分だけが時間遡行を認識できると思い込んでいる、という前提で動いていた。
なぜか不意打ちを仕掛けているつもりになっていた。
そんなわけないのに。
正直、この世界の人間がうらやましい。
この、神経を虫に這われるような感情とは無縁だなんて。
それに加えて、宇宙にも優しいときた。
……うん、多分、この世界はいいものなのだろう。
でもそれは、あくまで全体を主観に置いたときの感想だ。
宇宙と、人類に主観を置いた感想だ。
「行くか」
どこへ? と聞いてくれる人は、もういない。
いるけれど、もう聞いてはくれないだろう。
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