二月四日
ループは終わった。
とはいえ、全ての問題が解決したわけではない。
わけではないのだが、僕と違ってみんな優秀なので、大体の問題はすでに解決していた。
例えば、上栫さんの死体。
僕はともかく、上栫さん本人が素矢子のことを許しているので、警察に突き出すようなことはしないのだが、上栫さんが失踪したことは必ず発覚する。
この町で彼女を見た人もいるだろうし、木次家地下室が見つかる可能性もある。
そう思っていたら、上栫さんのお友達である国のお偉いさんに、素矢子が電話をかけていた。上栫さんからお偉いさんの弱みを受け継いだらしく、あっという間にもみ消していた。
そんな感じで、僕が出る幕なんてなく、残った問題は解決されていった。
ただ、一つを除いて。
僕はこの日、学校をサボタージュして、朝帰りをしたということで、善良な両親にこってりと絞られた。
説教されたこと自体はいいのだ、むしろループが終わった世界でする両親との会話は喜ばしくもあった。それに素矢子や与を使って信憑性のある言いわけを作れたので、大事には至らなかった。
問題は、女装姿を妹に晒してしまった点だ。
『おにーちゃん、かわいい!』と言った妹は数年後、このことを思い出して、僕と距離を置き始めるだろう。
泣きたい。
悲しいわ、だ。
……まぁ、そんなことはループが終わったことに比べたら、些細なことで。
改めて、僕は二月四日の朝を迎えた。
今日くらいはゆっくり休みたいところだったが、母さんに怒られた。徹夜で通学である。
時間が動き出したとはいえ、まだ二月の頭。気温はマイナス二度。眠気を覚まさせてくれるには十分かと思ったが、むしろ眠気が助長されて、今にも意識が飛びそうだ。
「あ、祷君、おはようございます!」
ふらつきながらの通学中、マフラーと長髪を靡かせ、今日も元気いっぱい人助けをしている降旗先輩に出会った。
「おはようございます」
「じー」
「……な、何ですか?」
効果音付きで見つめられた。寝不足を指摘されるかと思ったのだが、
「祷君、いいことありましたね?」
見透かしたように言ってきた。
「――ええ。先輩のおかげです。その節はありがとうございました」
降旗先輩にしてみれば、何が何だかわからないだろうが、僕は感謝を先延ばしにしないと決めた。
「こちらこそ、ありがとうございます」
首を傾げられてもおかしくないと思っていたのに、帰ってきたのは首肯だった。
思わず僕のほうが首を傾げてしまう。
「わたしの知らないところで、わたしがあなたの役に立てたのなら、これほど嬉しいことはありません」
「――――」
この、触るのも躊躇う眩しさに憧れることもあった。
百万と数百万日かけても、彼女には遠く及ばないけれど、このセリフを引き出しただけで、今は十分満足できる。
学校の授業はようやく新しいページに進んだので、新鮮だった。時間が早く感じたほどだ。
帰りは与の家に寄った。ループが終わったら、絶対にしようと思っていたことがあるのだ。
「与、風呂に入るぞ!」
「ですですですです!?」
与は家にいるときは大抵全裸なので、そのまま担いで風呂場へ連れていく。
「やめるですやめるですやめるです!」
「わかる。僕も最近、他人に体を洗われる機会があった。正直、二度とごめんだ」
「自分がやられて嫌だったことは、人にしちゃいけないです! 学校で習わなかったんです!?」
「悪いが、これは僕の夢だったんだ」
「妹の体を無理やり洗うことが夢なんて、とんだ変たブブブブブブブブ」
「兄妹で風呂に入るのは、割と当たり前だぞ」
「歳を考えろです!」
噛みつかれたり蹴飛ばされたりしつつも、何とか洗いきることができた。胸を張って、外を歩かせられるくらいには綺麗にしたつもりだ。
乾かした髪を二つに結んでやりながら、言う。
「与も、ありがとう」
「……そんなに与の体を撫で繰り回したかったんです?」
まぁ、普通はこうなる。
降旗先輩があまりにも聖女だっただけで、この感謝は自己満足で終わるものだ。
「ところで与、お姉ちゃん、欲しくないか?」
「何ですか、結婚でもするんですか?」
「いや、例えばの話」
「――――」
「与?」
与が黙るところなんて、初めて見たかもしれない。上栫さんのだんまりよりもレアだ。
「理屈ではお姉ちゃん、欲しいはずなんです……うーん、この感情は何です? うーんと、うーんと、満足? もう十分ですって感じるです。こんな変態お兄ちゃんで満足しちゃったんです?」
「――多分、忘れてるだけで、沢山遊んでもらったんだろ」
記憶を引き継げるわけがないのに、なぜか記憶のかけらが残っている。
やっぱりこの天才は、テンプレを外さない。
与の家を出たときには、すでに外は真っ暗だった。急いで帰らないとまた説教を受けることになる。
夜は妹と遊び尽くすと決めている。
一秒たりとも、無駄にはできない。
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