こちらの世界の正義の味方

 与が味方になってくれれば百人力だ。私の貧相な頭では欠片も思いつかない、世界に時間の概念を与える方法を――そして祷を助ける方法を、その天才的頭脳で導いてくれることだろう。


「与でも仮定までです。試せないことに――しかも、人間にはまだ解明できていない『心』となれば、結論なんて出せないです」


 与は金属を弄りながら、そう言った。


「すみ歌お姉ちゃん、これは賭けです。いえ、賭けにすらなっていないです」


 成功する確率があるのかすら、わからないから。


「やれることは、そんな無謀を行える可能性を高めることです。ということで、すみ歌お姉ちゃん」


 与は作業したままで言った。


「降旗先輩を仲間にするです」

「…………」


 本当に世界は、私に厳しい。


■■


 与の言わんとすることはわかる。


 今の私たちには、圧倒的に武力が足りない。与が作る発明は所詮飛び道具だし、私はあくまで護身術程度――さらに言えば、敵である木次素矢子に惨敗している。


 力で解決できることなんてほとんどないとよく言うが、力でしか解決できないことは確実にある。


 その点で言えば、降旗明星の力を借りることは理に適っている。この世界の降旗明星が、前世界の降旗明星と変わらぬ力を持っていることは確認済みだ。


 だというのに、私がなぜこんなにも、降旗明星との再会を拒んでいるのか?


 一概に比べることはできないが、関わった時間が近しい入交与にはこうもすんなり会えたというのに、降旗明星に会うことにこうも憂鬱なのはなぜなのか?


 理由は簡単だ。


 私は彼女との約束を違えたからだ。


 約束。


 これまた人を過去に縛るものだ。意図的に過去と自分を縛る行為。


 後悔と違うアプローチで過去を――いや、守れた約束に思いを馳せる人なんていない。


 友人と遊ぶ約束をして、遊びに行ったことをわざわざ覚えている人はいない。覚えているのはあくまで遊んでいる最中にあった出来事であって、約束を守れたことではない。


 人が過ぎた約束を覚えているのは、破ったときだけ。


 あながち、本質は後悔と同じ――というか、温床か。


 実際、私はこうして約束を破ったが故に、後悔に苛まれているわけだし。


 後悔しないためにする約束が、後悔の素になるなんてな。


 人間らしくて、私は好きだ。


 とまぁ、色々理屈をこねて、降旗明星との再会を何とか回避できないものか――最悪、再会しても、前世界の記憶を共有せずに協力してもらえないものかと足掻いているのだが、如何せん、こうして道端で立ち往生するのにも限界が来ている。


 私自身も、私のせっかちさをコントロールできない。


 会いたくないのに、会おうと体が動く。


 後悔すればするほど、私はそれを挽回しようとする。理性に反して、心が動く。


「……よしっ」


 ええい、ままよと歩みを進める。

 

 ああ、いいよ。罵り誹り、存分に受けてやろう。


 ……そもそも、約束を違えた私なんかに協力してもらえるかは、甚だ疑問だが。


「む」


 そこで気づく。


 降旗明星の住所は、前世界と同じなのだろうか?


 町を探索しているときに見かけたので、この町には住んでいるようだが、しかし、『意識の泉』が宇宙情報体の手に落ちているのだとしたら、降旗家は泉の管理者ではないどころか、地主でもないのでは?


 とりあえず、前の住所に行ってから考える――いや、今、あの場所には木次素矢子がいる可能性がある。


 それはまずい。


 彼女に気づかれていないというのは、アドバンテージであると共に、前提でもある。


 彼女に気づかれているのなら、私はこうして活動できていないし、あるかもしれない隙も完全に閉じてしまうだろう。


 ああ、前世界――ひいてはループ下の自分が、いかに自由に行動できていたか身に染みる。自覚していたことだが、どうにもループ前提の立ち回りが染みついている。


 行動が制限されるなんて、生きていれば当たり前のことなのに、これほどまでにストレスになるとは。


 まぁ、いい。ここで立ち往生している事実に、体が反応してしまう前に引き返して、与に調べてもらおう。


「あのー、大丈夫ですか?」

「っ」


 忘れていたことが、二つあった。


 まず、彼女は日が暮れるまで――冬場なら暮れてからもしばらく――外で人助けをしているので、家を訪ねても会えない。


 もう一つは、彼女は私よりも速いということ。


「迷子ですか? 探し物ですか? それとも、他に事情が? お姉さんが何でも聞きますよ?」


 降旗明星は屈んで、私に目線を合わせて言った。


「……お前も変わらないな」

「はい?」


 彼女に関しては、本当に驚いた。


 前世界の彼女は綺麗な泉を見たいという願望があって、その心が人助けという形になって表れていた。


『意識の泉』の管理者でなくなった彼女に、人助けする理由はないはずなのに。


「聞かせてくれ」

「……何をですか?」

「お前はどうして、人を助ける?」

「わからないです」


 即答だった。


 知らない奴にこんな質問されたら、少しくらい訝しんでもいいだろうに――というか、訝しめ。


 即断即決は、私のアイデンティティなんだ。


「自分でも不思議なんですよねー。何で助けるんですかね?」

「綺麗な人間を増やしたいとかではないのか?」

「それは……汚いより綺麗なほうがいいですけど、別に私が助けることで綺麗になるとは思いませんし」


 うーん、と降旗明星は悩み続ける。


「言葉にできないんですけど、助けないとダメだと思うんです。ダメというのは倫理的にとかじゃなくて、私自身がということです。もし、目の前にいる困っている人を見過ごしたら、えーと、何だろう、どう言えばいいんだろう……もやっと? ずきっと? とにかく、嫌な思いをすると思うんです」

「…………」


 要はこの女、後悔したくないから人を助けている、と言いたいのか。


 この世界の人間の心は、後悔を生み出すことはないというのに。


「ということで、わたしが人を助けるのは、わたし自身を助けるためでもあるんです。なので、わたしにあなたを助けさせてください」

「……ああ。なら、少し体を貸してくれ」


 降旗明星の頭を両手で挟む。


 納得した。


 与も、降旗明星も、変わっていないのは、むしろ当たり前かもしれない。


 後悔がないこの世界――元々、後悔しない人間は変わりようがない。


 動機や方向性は違っても、その在り方は変わらない。


 なるほど、この世界の人間にどこか既視感を覚えたのは、こういうことか。私がこの世界の人間を羨むのにも納得だ。


 この世界の人間は、聖女や天才に近しい存在なのか。

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