起点の疑問
「すまなかった」
記憶の共有が終わった瞬間、頭を下げる。
「私が不甲斐ないばかりに、祷が……あんなことに」
「頭を上げてください」
淡々と、降旗明星は言った。
正直、彼女らしい慰めと鼓舞を期待していたが、違った。
「謝る必要はないと思いますが、どうしても謝りたいのなら、それはわたしではなく、違う世界のわたしに言うべきです。筋違いですよ」
「……そうだな」
簡単に、楽にはさせてくれないか。
やはり変わっていない。
「――って、中々言い得て妙じゃないですか? 違う世界のわたしは、違う筋に置かれた角のようです。うんうん」
そして、何かがずれているところも変わっていない。
祷に言わせれば、ここが彼女の魅力なんだろうが。
「……それで、協力してくれるのか?」
「やりましょう」
またもや即答だった。
「わたしは頭が弱いですから、ジカンとか、並行世界とか言われても、理解すらできません。でも、祷因果君……わたしは彼を助けたい」
拳を握りしめる彼女の言葉に、邪推の余地はない。
余地がなさ過ぎて、探したくなった。
「……この世界の人間が、前の世界よりも美しいとしても? 多分だが、この世界の『意識の泉』は綺麗だぞ」
「それはあなたの主観ですし、綺麗な泉を見たいのはわたしではないです」
「それはこの世界への裏切りではないのか? この世界で生きている人が、前の世界で生きているとは限らない」
「この世界で死んでいる人が、前の世界で生きていることもあるでしょう? その問いに意味はないです」
「祷を助けたいと言ったな。贔屓じゃないのか、それは」
「わたしは全人類を贔屓してるんですよ」
「は?」
「ここで彼を贔屓しないと、彼以外を贔屓することになりますから。それこそ不公平ですよね?」
「それはもう贔屓じゃないだろ……お前の言い分なら、主犯であるところの木次素矢子も贔屓しなければいけないのではないか?」
「何でですか?」
キョトンとした顔で言われた。
何でって、何でだ?
天然が発動したのか?
「ああ、すみません。言葉足らずでした。何で、この世界を壊すことが、木次素矢子さんを贔屓しないことになるんですか?」
「……何?」
「木次素矢子さんはあくまで、宇宙情報体に協力してあげただけですよね? 別に時間がない世界を創りたかったわけじゃないのでは?」
「…………」
二秒以上の沈黙を控えている私ではあるが、さすがに何も出てこなかった。
いや、先ほど何を言っていいか、頭でまとめられなくて数秒黙ってしまっていはいたが、今に至っては、考えることすらできなかった。
盲点――というか、見て見ぬふりをしていた。
私は彼女と違って、木次素矢子の生い立ちを知っている。なのに、降旗明星の考えに至らなかったというのは、それだけ木次素矢子への、時間遡行者への個人的な怨恨があったとしか思えない。
だから祷、言っただろう? 私はただのエゴイスト――まぁ、それはいいのだ。
自虐に浸って気持ち良くなる趣味はない。
「いや、しかし……」
今は気づかせてもらったことを喜ぼう。
木次素矢子は協力しただけであって、時間のない世界を望んでいるとは限らない――行き止まりに活路を見出したような高揚感で肯定してしまいそうになるが、望んでいないとも限らないわけで。
「時間のない世界を求めていたわけではなくても、時間のない世界に求めるものがあった可能性は高いだろう?」
「でも、暇だったから手伝ったって」
「言ってはいたが……」
その台詞を知っているということは、あの場面が伝わってしまったのか。申しわけない。
しかし、よく平然としていられるな。こちらがミスしておいて何だが、ちょっと引く。
「そもそも、世界を元に戻しても、木次素矢子さんを変えないことには、同じことの繰り返しでしょう」
「…………」
うん、わかってた。
わかってたよ。
「さぁ、与ちゃんと三人で話し合いましょう」
「――ああ」
ならば、明かさなければならない。
木次素矢子の出生を。
ならば、仮定しなければならない。
木次素矢子が、どうして世界で一番、後悔していたのか。
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