幕間

 十二時のチャイムが響く町を駆け、僕たちは祷家に帰宅した。


『今回のループは並行世界周りの勉強、残りで次の二月三日の計画を立てる。よろしく頼むぞ』


 ということで、僕が教師役をすることになった。

 

 しかし、汗ばんだ体で残りの時間を過ごすのは如何なものかと思ったので、まずはシャワーを浴びることにした。


 意外なことに、上栫さんは素直に承諾、颯爽と風呂場に入っていった。


 てっきり、時間の無駄だと断られるかと思ったが、やっぱり女の子ということか。

 

 リビングで昼食でも作って待とうと思った矢先だった。


「上がったぞ」


 やっぱり彼女は速かった。


 貸した青のジャージ姿、ほんのりと濡れた髪が肩を撫でている。ショートポニーを解いても、凛々しい印象は変わらない。


「ど、ドライヤーは? 洗面所にあるよ?」


 タオルで拭いてきたようには見えるが、髪を乾かさないのはあまり髪によくなかった気がする。髪は女性の命だとも聞くし、一応勧めてみる。


「濡れた髪を見ているのは不快か?」

「いや、別に」


 むしろ、艶やかで目のやり場に困る。


「なら、乾かすのは時間の無駄だよ。シャワーは、汗が個人的に不快なのと、祷にも不快感を与えしまうと思って、数分を捧げることにしたまでだ」


 上栫さんに協力するということは、僕もこのスタンスについて行かなければいけないということ――しばらくは脚を引っ張ってしまいそうだ。


「ん? 昼食を取りたいのか。なら、私が作っておく。それまでにシャワーを済ませてこい。さもないと、時間を無駄にした罪悪感で自殺してしまうかもな」


 とんでもない脅迫を受け、僕はシャワーへと駆け込んだ。上栫さんを死なせてしまったら、いったいどれだけの後悔に苛まれるだろうか。


 枯れた心が、泥水で潤うのは勘弁だ。


 服を脱ぎ棄て、風呂場に入り、シャワーを浴びる。

 お湯になるのなんて待っていられない。冬場の冷水は上栫さんのナイフくらい鋭く、冷たいが、これも彼女の自殺を止めるためだ。


 ボディソープで体を擦っている間、今後の予定を復習する。彼女の速度に置いていかれないようにしなければ。


 しかし、並行世界周りの勉強ときたか……その辺の分野は、天才作家が力学などを使って構築した新しい学問と言っても過言ではない。

 突き詰めると僕程度の学力じゃあ到底説明しきれない。


 ただ、彼女の性格上、そこまで深く掘り下げる必要はないだろう。彼女が求めているのはこのループに応用できるの程度の基礎知識。


 となると、あれしかない。


 風呂場から脱衣所に出ると、香ばしい匂いが空腹をくすぐってきた。おそらくシーフードの匂い……まずい。


 僕は二月三日のスペシャリストである。二月三日の祷家で、ありとあらゆるものを食べてきた。並行世界の移動による誤差はあれど、この家の食材はほぼ網羅している。


 この家で、ここまで濃厚なシーフードの香りを醸成できるものは、カップ麺しかない。


 料理する気満々だったくせに!


 いや、らしいと言えばらしいのだが、それは三分で済ませろということと同義だ。


 僕は全身を濡らしたまま、パンツとズボンを穿いて、シャツを着ながら廊下を走った。

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