時間の狭間で愛を叫ぶ

「驚いたよ。誰も、指摘してこなかった。


「世界を元に戻しても、祷を救うことにはならないだろ、と。


「みんな優しいからな、そんなの当たり前だと思っていたのかもしれない。


「だが、すまない。


「私は最初、祷を救う気なんてなかった。というか、今の今までな。


「侵されたところを見られた。守れなかった。約束を破った。そして、私が元々存在していない人間だと知った。


「顔を合わせられないどころじゃない。


「だが、私は後悔してしまったから、立ち止まることはできなかった。私は世界を元に戻すことで、木次素矢子に復讐しようと考えた。後悔を晴らそうとした。


「そのためにはまず、体を借りなければいけなかったから、『彼女』に頼み込んだ。『彼女』の優しさにつけ込むように。


「『彼女』は体を貸す条件として、四つの条件を提示した。


「一、面倒を見ている動物たちの世話をすること。

「二、この世界を見て、考えること。

「三、祷に会うこと。

「四、『彼女』の意識を残すこと。


「今思えば、全部読まれていたな。木次素矢子の読心よりも、余程深く。


「私が考えないようにしていた部分を、全部考えさせられた。


「私はこの世界を見て、美しいと思った。


「私は祷を見て、やはり助けたいと思った。


「ずっと葛藤していた。


「こちらの世界は美しいのに、祷を助けたい。


「祷と会いたくないのに、助けたい。


「迷いながらも進んで、浮上した折衷案が木次素矢子を説得し、そのまま奴に祷の治療を任せる、だ。


「これなら、私は祷に会わずに、彼を助けられる可能性があるし、木次素矢子に復讐できる。まぁ、そんな都合のいい案は失敗。私は心の奥にしまっておいた、『祷を復活させ、木次素矢子との交渉を託す』という最終案を実行しなければいけなくなった。


「こちらの世界が綺麗だとはいえ、策があるのに諦めるわけにはいかないからな――と、そこで気づいた。


「ようやく気づいた。


「私は、祷を救うことを諦めていたことに。


「そりゃあ、祷も諦めてしまうよな。


「……祷、私は後悔している。


「家族が消えたこと。


「何も考えずに過ごしていたこと。


「祷をこんな目に遭わせてしまったこと。


「諦めてしまったこと。


「だが、後悔していないこともあるんだ。


「祷と出会えたこと。


「祷を好きになれたこと。


「こうやって、また話せたこと。


「あんなことされた木次素矢子には、むしろ感謝しているくらいだ。


「だって、奴がいなければ、私は祷に会えなかったのだから。


「……わかるとは言えない。私と祷の後悔は違う。


「でも、それでも言うよ。


「祷、後悔に縛られないでくれ。


「転ぶくらいなら、立たなければよかった。


「成果が出ないなら、勉強なんてしなければよかった。


「どうせ負けるのなら、練習なんてしなければよかった。


「成功しても辛いのなら、将来のことなんて考えなければよかった。


「喧嘩をするくらいなら、友達にならなければよかった。


「フラれるくらいなら、告白しなければよかった。


「傷つく可能性があるのなら、最初から触れなければいい。


「正しいよ、その考えは。反論のしようがないくらい正しい。


「私がなかったことにしたくなった、努力とか、決意とか、もしかしたらなかったこ

とになったほうがいいと思っている人のほうが、多いのかもしれない。


「でも。


「それでも。


「――祷は私のことを、自己犠牲の精神に溢れた人間だと思っているようだが、違うよ。


「私は、実らなかった努力も、届かなかった決意も、なかったことになっていいものだとは思わない。


「過程が大事だとか、そんなことを言いたいんじゃない。


「実らなかった努力は虚しいし、届かなかった決意は悲しい。


「でも、無意味じゃない。


「無意味にしないことが――後悔と向き合っていくことが、生きる意味になるんじゃないかと思うんだ。


「だから祷、私と出会わなければよかったなんて、言わないでくれ。


「私はこの感情を――後悔と向き合うことを諦めない。


「侵されてるところを見られたとしても。


「もう触れられないとしても。


「本当はいない存在だとしても。


「祷に会えてよかった! 祷を好きになってよかった!


「約束だろう?


「私は立ち上がったぞ?


「諦めてないぞ?


「だから頼む。頼むよ。


「もう一度、立ち上がってくれ」

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