仕方がない

 僕は、学校から徒歩二十分の場所にある土手を選んだ。


 町を両断する川の上流――やや町から外れたところにあるので、彼女のご要望にぴったりなはずだ。


 ろくに整備はされておらず、辺りには武骨な石ころ、正体不明のプラスチック片、今時珍しい千切れたアダルト本なんかも落ちている。


「いい場所だ。デートスポットとしては零点だが」


 上栫速歌が言った。


「ループの中じゃあ、ろくに片思いすらできないからね。意味がない」

「やはり」


 彼女は無視して、眠たそうな目をさらに細める。


「祷は二月三日の繰り返しを認識している、ということでいいんだな?」

「うん」


 おかしい。

 この永久かとも思えるループの中で、同じくループを認識している人に出会った。歓喜に震える場面だ。


 独りだと思っていたのに、想いを共有できる人間がいた。


 今までの苦労話をするでも、情報交換をするでもいい。この邂逅はポジティブなもののはずなのだ。


「ループの犯人ではないんだな?」

「うん」

 

 じりじりと、上栫速歌が詰めよってくる。後方に流れる川の音が近くなる。そもそも、そんなに幅のある土手ではない。

 

 あっという間に追い詰められた。


「勘違いしないでほしい」

「……何を?」

「私は祷を信じていないわけではない。けれど……祷が本当にループを認識しているならわかるだろう? この果てしないループの中、私は初めて、私以外にループを認識している人間に出会ったんだ」


 軽やかだった口調に、重みが増した。

 ただ彼女は、あくまでも淡々と言う。


「祷が犯人であると決めつけてしまっても、仕方ないだろう?」


 上栫速歌は懐から、アニメで見るようなサバイバルナイフを取り出した。


 モノローグを続けられるくらいだ、彼女の体を突き飛ばすこともできるし、ナイフを持つ手を抑えることもできる。


 そもそも、逃げられるかどうかは別として、逃走を図れる場面は土手に来るまで腐るほどあった。

 

 最初からわかっていた。

 

 この子は僕を殺そうとしてる。

 

 それでも僕が最初から諦めていたのはやっぱり、


「うん、仕方ないよ」


 もし、僕が諦めていなかったら、彼女を殺したと思うから。

 

 上栫速歌は僕の胸にナイフを突き立てた。ずぷりと肉が裂かれていく感覚、胸の中に感じる冷たい異物感。


 様々な死因を体験しているけれど、ナイフでの刺殺はシンプルに不快だ。

上栫速歌は、そのまま僕の体を川に蹴り落とした。

 

 僕の答えをちゃんと聞いてから刺した辺り、優しい子なのかもしれないと思った。

 

 ……他人の行為から内心を探ってしまうのは、老人まがいの悪い癖だ。


 死んで起きたら、治っているといいのだが。

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