転校生
黒板の前に立つ転校生は、確かに美人ではあった。
いくら僕の性欲が枯れているとはいえ、美的感覚は存在している。男子だけではなく、女子までも息を呑むのも納得できる。
四肢は冬服の上からでもわかるくらいにしなやか、整った顔には若干の疲労――というよりは眠気か――が見えるが、それでもその吸い込まれそうな瞳からは、力強さを覚える。
「
美人の転校生に色めき立っていた教室の温度は急転直下したが、僕の体温はとめどなく上昇していく。
上栫速歌と名乗る彼女が、今朝、前を速足で歩いていたショートポニーと同一人物だったから、その偶然に興奮しているわけではない。
あっ、あのときの! ではない。
転校生が来ることは珍しくない。五百回に一回くらいはどこかのクラスに転校生がやってくる。
だが、こんなことは初めてだ。
百万回と何百万回かのループで初めてだ。
僕以外に時間遡行を認識している人物。
いや、確証はない。クラスメイトたちが思っているように、ただの電波系少女かもしれない。むしろ、そちらの確率のほうが高い。
久しぶりに早まった動悸を収めようとしていると、彼女と目があった。
にやりと、上栫速歌は微笑んだ。その微笑みは僕の動揺を捉えた証だろう――ああ、他人に内心を看破されるなど、いつぶりだろうか?
彼女の席は、僕の隣に決まった。
まるでご都合主義……のように思えるが、転校生の定位置は僕の隣、窓際最後方と決まっている。しかし、どの転校生よりも――ほとんど覚えていないが――彼女、上栫速歌は俗にいう主人公席が似合う。
ホームルームが終わり、クラスメイトたちが、転入早々一発かました彼女に話しかけるかどうか逡巡している中、かくいう僕もどうするべきか迷っていた。
彼女は確実に、この二月三日がループしていることを認識している。賭けてもいい。
ならば、僕が取るべき行動は彼女と話すことだ。彼女がループの原因ならば、理由を問い詰める。僕と同じく巻き込まれているのなら……情報交換だろうか。傷を舐め合うのもいいかもしれない。
どちらにしても、変化が生まれる。それも、今までで些細なものではない。希望的観測なんかではなく、本当にループが終わる可能性すらある。
だがしかし、どうしても声をかける気にならない。
何なら、僕はこの場から逃走するという選択肢すら考慮している。
理由は一つ、ホームルーム中から今の今まで、上栫速歌の鋭い視線は僕を射抜いている。その視線が痛い。叫びたいくらいに痛い。
美人の転校生に見つめられたら、そりゃあ日陰者にはさぞかし痛いだろうが、彼女の凍えるような瞳から感じるのは明らかな敵意だ。生きていて、ここまで露骨で膨大な敵意を受けたことはない。
「祷因果、か」
「っ」
気づいたときには遅かった。
上栫速歌は背後から僕の名を呼んだ。体が触れてしまいそうなほど近い。立ち上がるために椅子を引くには、彼女に退けてもらわなければならない。思い切り椅子を引けば突破できるかもしれないが、それは明確な敵対行為だ。
足が震えそうなほどのプレッシャーは確かに怖いが、そんな簡単に、関係を棒に振っていい相手じゃない。
「大層な名前だな。いや、お似合いかな」
向けられた感情とは違い、飄々というか冷静というか、冬の風のような声だった。
「……そうかな? 名前負けしていると思うけど。意味も、発音も」
偏見ではあるが、最後が『が』だと少しやんちゃな印象を受ける。老人もどきには照れ臭い。
しかし、そんなことはどうでもよかったようで、
「案内しろ」
「……どこへ?」
「二人きりになれる場所」
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