平行世界ガチャ

「本題に入ろうか」


 上栫さんは言った。


「どうした? 何があった?」


 聞かれることになるのは、僕が彼女に抱き着いた時点で確定していて、僕も話すつもりでいたのだが、いざこうなると緊張せざるを得ない。


 どうして平然な顔で言えるだろうか。


 前の二月三日、君は存在していなかったと。


 ただ、僕は伝えなければならない。このことを伝えなければ、次の話ができない。


「そうか」


 そんな断腸の思いで、前の二月三日のことを語ったのだが、上栫さんは抑揚なく呟いて、頷くだけだった。


「いや、驚いているぞ。祷の様子にも納得がいった。ただ、そうだな……ぞっとするだろう? 私がいない世界があったなんて。もしかしたら、ループした回数も百万じゃすまないかもな」

「――――」

「祷?」

「あ、うん。それで、犯人の目的――というより、何をしたいかが、何となくわかったよ」

「……何だって?」


 自分が消えていたことを知ったときよりも、上栫さんは驚いているようだった――というより、前のめりだった。まぁ、当たり前か。嫌な情報よりもいい情報のほうが嬉しいに決まっている。


 期待させて悪いのだが、そこまで鮮烈な発見ではない。


 頭にこのアイディアが浮かんだときは自分を褒めてやりたいくらいだったが、いざ仮説が完成してみると、僕が昔立てた仮定の発展形でしかなかった。


 僕の想像力が足りなかったから気づけなかった。上栫さんがいなくなるという体験しなければ実感できなかった。


 ここ五十年に、『確定事象』はない。


 だから、ここ五十年はどんな世界にもなりうるという、当たり前のことに。


「結論から言うと、並行世界ガチャだね」

「どういうことだ?」

「並行世界を移動しまくって、目的が達成できる――もしくはされている世界を探してるんだ」

「ふむ、まぁ、納得できなくもないが、祷がそうだと仮定した理由は何だ?」

「まず、存在した人がいなくなってしまうなら、本当に何でも起こりうる可能性があるんじゃないか? そう思ったんだ」


 狙った事象が起きる可能性は、天文学的な数値かもしれない。

だからこそ、僕にはしっくりきた。


「このループにおいて、個人的に一番不可解だった点は回数なんだ」

「別に不自然ではないだろう? 時間遡行者が何度もループを繰り返すのは」

「いや、このループにおいては不自然なんだよ。上栫さん、これまでの調べ物で、どうやっても探れない情報とかあった?」

「いや、ないな。無茶をしなければいけないことは多々あったが、どうにかなった」

「そう、このループにおいて――少なくとも二月三日においては、時間遡行を自覚している僕たちなら、ある程度狙った事象に導けるんだ。例えば、降旗先輩に『意識の泉』を紹介してもらう、とか。自殺する人を助けるとか。で、それは犯人も同じはずなんだ。自分の手の届く範疇なら、この二月三日を望んだものにできるはずなんだ」

「えーと、つまり……」


 上栫さんは考え込んで、すぐに「ああ」と手を叩いた。


「『確定事象』がほとんどない割に時間がかかりすぎ。ということは、犯人は自分の手の及ばない何かを変えようとしていて、そのためには並行世界の移動による、世界の変化に頼るしかない。そういうことだな?」

「うん。そういうこと」


 この仮説なら、果てしない数の時間遡行にも納得がいく。


 犯人が望む『何か』というレアキャラを、並行世界の移動というガチャによって、引けるまで時間遡行を繰り返す。


 犯人は何かをしたいわけではなくて、何かを引けるまで待っているだけなのだ。


 それ故の試行回数の多さ。


「並行世界の移動に、時間遡行を伴っているのにも仮説を立てられる。試行回数を重ねている間に、歳を取らないようにしているんだと思う」

「寿命が来たら元も子もないからな」


 二月三日の前に細かい時間遡行があったのは、単なる実験だろう。


 二十四時間の時間遡行ができる、タイムマシンの作成。


 それが二月三日までに起きた、細かな時間遡行の正体だ。これは多分、当たっていると思う。


 それよりも、この仮定で一番大きな収穫は、


「犯人がちゃんといるっていうのが、ほぼ確実になったのが大きいね」

「そうだな。安心してしらみつぶせるよ」


 一番どうしようもない結末は、世界がループを起こしていた場合だったので、その可能性が排除されたのは大きい。


 これは全人類を調べなければわからなかったことだ。果てしない作業ではあるが、果てがあることが確かになったことで、僕たちは憂いなくしらみつぶしを敢行することができる。


「いやしかし、私たちの重要性を再確認したな。犯人が目的を達してループが終わる可能性はほとんどない。課金は家賃までと教えてやらねば」


 上栫さんの課金の価値観が怖い。


 それはともかく、誰かが犯人を止めないと、このままループが終わらない可能性が濃厚になった。


 気張っていかないと。


「上栫さん、今日はどうするの?」

「予定通り降旗明星の父を調査するつもりだが、祷は休んでもいいぞ。だいぶ疲れているようだし」


 上栫さんと一緒にいたい――と言いたいところだけど、


「今日はとことん甘えさせてもらおうかな」

「勘違いしないでほしい」

「……何が?」

「別に心配しているわけじゃないんだからな。足手まといになってほしくないだけなんだからな」


 上栫さんは言って、ぷいっとそっぽを向いた。


「……ふふっ」


 真顔での大仰な仕草が可愛くて、吹き出してしまった。


 ――ああ、幸せだ、一時たりとも離れたくはない。


 だが、今だけは、少しだけ一人の時間が欲しい。


 少しでも早く。


 速やかに。


「では。夜には報告しに行くよ」

「わかった。じゃあ、また」

「また」


 上栫さんは不敵に微笑んでから、颯爽と走り去る。


 僕はそんな彼女の後姿が見えなくなってから、家へと向かった。


 全力疾走で。

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