上栫すみ歌ちゃん

 ここが都会なのであれば、私は真っ先に駅へ向かっただろう。時間がない世界に、電車はあるのかどうか確かめたい。ただ、祷の話だと、ここから一番近い駅は歩いて二時間かかるらしい。


 私はこの町を探索することに決めた。別に、何が何でも駅を見たいわけではない。


 むしろ一番確認したいのは、人だ。


 私は、木次素矢子の――宇宙情報体の目的を聞いた際、そんなことは不可能だと思った。時間の概念を消すことではなく、時間のない世界で人間は生きられないと思った。


 時間は秩序だ。


 人間は一日を二十四時間、もっと言えば一秒を一秒だと定義しているからこそ、他人との連携が取れている。


 人間には体感時間というものがあって、それは人によって様々だ。自分が何か好きなことで時間を忘れている間、他の誰かはつまらない授業を受けていて、時計の針が全然進まない錯覚に陥っている人もいる。午前八時を朝と認識する人もいれば、午後八時が朝になっている夜勤勤務の方――もしくは恐ろしく生活習慣の乱れた人もいる。


 各々の体感時間に任せたら、どうなるかは――どうにかなってしまうことは目に見えている。


 正直、こうして町が一つある時点で、驚きを隠せない。


 町を探索し始めてすぐ、歩道を歩く二人の少年を発見した。制服を見るに、祷が通っていた高校の制服だ。


 学校も機能しているのか? どんな体制なんだろうか……ぱっと思いつくのは、常駐している先生がいて、生徒が来たら授業をする、みたいな感じだろうか。


 侵入してみたいところだが、あまり大胆な行動はとれない。ループは終わっているのだ、癖で動いていては痛い目を見る。


 次に目に入ったのは、コンビニだ。


 あるのか、コンビニ。シフトとか、どうなっているのだろうか?


 二十四時間営業だったコンビニは常駐で何とかなりそうだが、開いていない時間帯があった店は、まともに営業できるとは思えない。


「らっしゃせー」


 気怠そうな中年男性がカウンターに一人、後は品出ししている三十代くらいの女性が一人。一見、前世界のコンビニと変わりない。


 が、すぐに相違点を見つけた。


 入ってすぐの棚にあった、栄養剤の値段が見たことのない文字になっていたのだ。


 そうか、数字がないのか。


 確かに、数字は後や先という概念に繋がりそうだ。リスク排除のために、消すのは賢明と言えるかもしれない。


 こうなると、時間だけではなく、後や先の概念もあるか怪しい。もしかしたら、早いどころか、速いという漢字もないかもしれない。


 上栫すみ歌ちゃんだな。


 考えられない。というか、後や先なんて、人間だけの概念ではないようにも――いや、そもそも人間が人間でいられていること自体、私の目には不可解に映る。


 じゃあなんだ、この世界の人間たちは記憶力が皆無なのか?


 祷でも、皆無と言うほどではなかった。


 ……ああ、やめだ。


 賞味期限とか、本の発売日とか、期間限定商品とか、このコンビニの中だけでも考えれば考えるほど、不可解な点は増えていくし、納得できない。


 ここは違う世界だ。


 そういう風な世界なのだ。


 私には絶対に理解できない。


 しらみつぶしても不思議不可解が残るだけだ。


 だから、私が調べたいのは、この世界がどう動いているかじゃない。


 宇宙の意思が後ろにいるのだ、そいつらが上手くやっているのだろうと決めつけろ。


 私が知りたいのは、この世界の人間が、どう感じているかだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る