天才発明家

「あ、因果お兄ちゃんです」


 日がまだ登っていない早朝、僕たちは町はずれにある与の家に向かっていたのだが、その道中、与にばったりと遭遇してしまった。


 やっぱりこうなったか……家よりも田畑のほうが多い町はずれに、一つの淡い光を灯す街灯。その下に佇む白衣の少女は、どこか都市伝説にて語られるような幽霊にも見えた。


 さて、今回はどんな目に遭うのだろうか。


 上栫さんの前だ、社会的な死よりは生命的な死の方向が望ましい。


「おはようございますです」


 二つ結び、しわしわの白衣を着ていて、不健康なほどに細身、身長はやや低め、仰々しいゴーグルで顔を隠している。


 口調は取って腐るほどいる、「です」の使い手。


 ちなみに、ゴーグルを外すと中々の美少女である。どこまでもテンプレを外さない。


「そっちの綺麗なジト目さんはどちら様です? 彼女さんです?」


 どうして先輩も与も、彼女だと思うのか。

 動揺しそうになるので、やめていただきたい。


「祷と遥か昔に一度だけ遊んだことのある天涯孤独の上栫速歌だ」


 上栫さんは二回目だというのに、見事な棒読みで言った。

 これはこれで、棒読みの演技が上手いと言えるかもしれない。


 演劇部説が再浮上した。


「それはそれはです。因果お兄ちゃんをよろしくお願いしますです。困った奴ですけど。困果こんがお兄ちゃんですけど」


 与にお願いされる謂れはないし、困果こんがでもない。


「ところで与は、因果お兄ちゃんを探していたです」


 ……さて、本番だ。


 心の準備はできている。


 後は祈るだけだ。


「新しい発明品ができたのです」


 そう言って、与は白衣の下から、何やら怪しいゴーグルを取りだした。

 一見、与が着用しているものと同じような、言わばVRゴーグルのようなものに見える。


「与、何だ、それ」

「エクボロリコンです」


 中々に尖ったネーミングだ。


「前、因果お兄ちゃんの本棚を漁っているときに見つけた、クトゥルフ神話に関する書籍とロリ同士がイチャイチャする本からビビッときたです」


 いろいろツッコミどころがある。


 なぜ本棚を漁ったのか。


 なぜそんな蛮行を許してしまったのか。


 そしてなぜ、クトゥルフ神話なんて影響力の高いものを見せたのか。


 後世の創作に多大な影響を与えた、インスピレーションの塊じゃないか。


 ついでに、どうしてロリコン説が浮上してしまうような本を隠さなかったのか。


 ほら、上栫さんがジト目で睨んできてるじゃないか。


 弁解させてもらうと、僕は別にロリコンというわけではない。シスコンではあるかもしれないが、どちらかと言えば年上好きだ。


「……で、どんなものに仕上がったんだ?」

「邪神をVR空間に顕現させたです」

「……なるほど?」


 与が顕現させたというのなら、実際その通りなのだろう。手段は知る由もないが。


「早速、会ってきてほしいです」

「いや、ちょっとそれは……」


 普通なら、出来のいい3Dモデルの神話生物たちが待ち受けているのだろうが、与は顕現させたと言った。


 そもそも、クトゥルフ神話VRなんて、普通にありそうなものを与が発明するわけがない。


 はぁ……発狂は前の二月三日でやってきたんだが。


「じゃあ、上栫さん」

「何だ?」

「後は頼んだよ」

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