決戦

『意識の泉』の位置は、やはり不変だった。


 ただ、それを守る砦の様相はまるで違う。降旗家や唯賀城跡をカモフラージュとして使っていた前世界とは違い、『意識の泉』を守るのは広大な森林だった。


 月夜に照らされたそれは、聳え立つ城のようでもある。


 外目からでも心を奪われているというのに、中に入ったらどうなってしまうのだろう。


 美しいというか、穢れがない。


 理由はわからないが、ただ鬱蒼と表現するだけでは冒涜になるような気すら湧いてくる。


「多分、宇宙情報体が、人間に触れられないように管理しているです」


 与が言った。大きなリュックサックを背負っている。

「触られていないということか。人類誕生から」

「そう言われると、納得ですね。この清らかさにも、すみ歌ちゃんに言われてこの森の存在に初めて気づいたことにも」


 降旗明星は変わらず制服にマフラー、世界を賭けた決戦においても、彼女にこれ以上の装備など不要だ。


「頼んだぞ、与」

「はいです」


 ここから与とは別行動だ。祷を連れてきてもらう。時間の概念の再生や、木次素矢子の説得に霞んでしまうが、寝たきりの人間の誘拐も中々に難易度が高い。


「家族ができて楽しかったです」


 言って、与はぎゅと抱き着いてきた。


「……大丈夫だ。向こうでも、仲良くする」

「お願いするです。多分、与はどの与でも寂しがりです」


 名残惜しそうに与は踵を返した。


 私の心が、後悔を生んでいるのがわかる。


 別れることはあらかじめ決まっていたのだ、ならば、必要以上に仲良くする必要はなかったのではないか?


 そんな後悔で、意識が過去へと引かれる。

 

 例え作戦が成功して、私が時間のある世界の与と仲良くなっても、この世界の与が救われるわけでは……


「救われたんですよ。だから、もういいんです」


 降旗明星が、私の頭にぽんと手を置いてきた。


「……お前はどうなんだ? 怖くないのか?」


 手を払い除けて聞くと、降旗明星は言葉に力を込めて答える。


「すみ歌ちゃんは勘違いしているようですが、わたしたちは別にこの世界がなくなろうと、どうでもいいんです」

「何?」


 全ての人類を贔屓していると宣う女の発言とは思えない。


「この世界の人間にはカコもミライもない。これがどういうことかわかりますか?」

「わからない」


 真の意味で理解しているのなら、私はこの世界を壊すという判断をしないだろう。


 降旗明星は予想していたと言わんばかりに「ですよね」と頷いて、続ける。


「どんな理不尽で終わりを告げられても、ああそうかと受け入れられるってことです。あなたにジカンを教えられたわたしたちも同じです。まぁ、与ちゃんは頭がいいからわたしよりは怖いかもしれないですし、悲しいかもしれませんが」

「……とことん頭の良さが裏目に出るな、与は」

「そんなことないですよ。だって、あなたと過ごしたジカンが、彼女の中にはしっかりと残っているんですから」


 それすらも悪い方へと考えてしまう私は、なるほど、確かに後悔の才能がある。

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