正義の味方
時刻は七時四十五分。
話し合いの後、うちの校長を脅して制服をゲットしてきた上栫さんと並んでの通学中である。ターゲットの一人が学校の先輩なので、一応転校してくることになった。
上栫さんが出かけている間に仮眠は取ったが、さすがに眠い。ここ数百万のループでは、体感時間を早めるために多めに寝るようにしていたのだが、その反動もあるかもしれない。
このループで得た知見の中に、欲求と心の関係性というものがある。
今感じている眠気だったり、食欲、はたまた性欲――三大欲求と呼ばれるものの振れ幅があまりにも大きいのだ。
僕の体は十七歳のまま、夜更かししがちで、食べ盛りで、性的なものに盛る時期である。だというのに、増減が見られるというのは、それだけ欲求というのは心に依っているということなのかもしれないと仮定を立てられる。
「同意だな。私も心当たりがある」
上栫さんはふむふむと頷いた。
こうして考えを照らし合わせられるだけで、彼女と出会えた意味がある。
「それで、どうなんだ?」
「……何が?」
「本当に主人公二人のどちらかが接触してくるのか? 祷の統計を信じて待ちに徹しているが……」
と、上栫さんは今にも走り出したそうに腕のストレッチを始める。
「じゃあ、学校に着いたら、こっちから会いに行こう」
「そうしてもらえると助かる。そろそろ我慢の限界だ、蕁麻疹が出そうだよ」
そこまで待つのが嫌いか。ここまで極端な性癖は、やはり僕の知る主人公たちに通ずるものがある。
そして経験則で言うと、主人公の周りにいると、まるでご都合主義のような出来事が起きたりする。
例えば、我慢の限界だと言った瞬間、我慢の必要がなくなる、とか。
「ん?」
後方から、疾風のように駆けてきた何かに追い抜かれた。
どうやら中型犬のようだ。振り向いてみると、遥か後方に置いてけぼりにされた老婆が見える。
しかしまずい。この先には大きな道路がある。通勤ラッシュのこの時間、道路の混み様は一日でもトップクラスだ、下手をすれば轢かれてしまう。
「何を悠長に分析しているんだ!」
そう僕を罵倒して、上栫さんは見事なスタートを切った。
手を離した飼い主が悪いとか、躾がなっていないとか、助けない、もしくは助けられなかったときの言いわけが、溢れえるほど湧いてくるこのシチュエーションでも体が動く辺り、上栫さんも主人公だ。
さて、言いわけさせてもらうと、先の上栫さんの我慢ができない発言、そして唐突に発生したトラブル。
僕には、あの人が駆けつける前振りにしか思えなかった。
「待ってくださぁあああああああああああああああああああああああい!」
後方から、光のように駆けてきた誰かに追い抜かれた。
光は、絶好のスタートを切った上栫さんをあっという間に追い抜いた。上栫さんのダッシュは相当鋭いものだったが、あくまで人間の範疇。
光は――あの人は、明らかに人間の範疇を超えている。
あの人は犬を射程圏内に捉えると、一度、歩道の端に寄って、
「せぇー……のっ!」
住宅街に響く裂帛の気合。
横から滑り込むような形で、疾走する犬を抱き止めた。
ようやくあの人の姿を捉えられるかと思ったが、今度は大通りのほうから悲鳴が聞こえた。
すぐに視線をあの人に戻すが、姿が見えない。
振り返ってみると、犬は老婆の元へと返されていた。
「――祷、何だ? あの光のように速い美人は?」
スタート直後にレースが打ち切られてしまった上栫さんは、目を丸めて言った。絶句していないだけではなく、高速移動中のあの人の姿を捉えたのか。
さすが、速さには一家言ある上栫さんだ。
行動力、決断力なら上栫さんはあの人に匹敵する。
だが、あの人の身体能力は桁が違う。
この世界が漫画や小説だとするならば、あの人はきっと、登場する作品を間違えている。
世界観がどうしようもなく、ずれている。
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