アンチ時間遡行
木川田三本
いつもの朝
目が覚めた瞬間、僕の体はスマホで日付を確認しようとする。
染みついた習慣というのは厄介で、意味がないと理解していてもやめられない。無意識に触れたスマホに映し出された日付は、やっぱり二月三日だった。
ささやかな願いから始めた習慣ではあるが、それはやがて切望へと変わり、諦めに終着した今でさえ、鈍く心に響いてくる。
と、思っていたのも随分前だ。
もうどうでもいい。
たったったと、軽やかに階段を上る音が聞こえてくる。
「おにーちゃん、おきろー!」
年の離れた五歳の妹が、勢いよく僕の部屋の扉を開けた。
「起きてるよ」
「あ、あれぇ?」
妹は不思議そうに首を傾げる。妹の中では、僕はまだ寝坊助のままなのだ。
「
「パン!」
「何のパン?」
「えっと……チーズ!」
チーズ乗せ食パンか。体感、二十回に一回のレアものだ。
「うたう、チーズだいすき!」
「お兄ちゃんも好きだよ……っと」
布団から抜け出すと、ナイフのような冷気が全身を刺してきた。布団の中とギャップが激しくて、思わず布団に吸い込まれそうになるが堪える。
妹に踏まれる趣味はない。
「行こうか」
「うん!」
寄り添ってきた妹の手を握って、部屋を出る。
冷たく当たることもあった。だが、すぐに無意味であることを悟った――いや、他人に不快感を与えるだけマイナスだ。
その不快感すら無意味になるが、不快感を与えたという事実は僕に残る。この終わりの見えないループの中、罪悪感を覚えることは――後悔することは致命的だ。
負の感情は一日を長くする。
さぁ、今日も波風立てず、なだらかな一日を過ごそう。
それが、この二月三日の中で最も効果的で、唯一無二の抵抗だ。
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