遥か昔に一度だけ遊んだことのある天涯孤独の女の子だよ

 並行世界の移動による、人物の消失。


 思考を巡らせるまでもなく、一番最初に頭に浮かんだ。それはやっぱり、上栫さんが話してくれた、彼女の過去と重なったからだ。


 ある日突然、家族がいなくなった。


 頭で復唱する度、吐き気が増してくる。ただ、僕は自分の直感を信じていない。


 本当に上栫さんは消えたのか?


 いや、上栫さんの話を信じていないわけではないし、今の状況を楽観視しているわけでもない。ただ、並行世界の移動による人物の消失というものに、僕は初めて直面したのだ。


 百万ともう数百万のループの中で、初めて。


 あくまで僕の認識の範囲だが、転校生が来ることがあっても、自称幼馴染が現れることはあっても、誰かが消えるということは初めてだ。


 クラスメイトの誰かが消えたことはないし、近所の犬の犬種が変わっていたことすらない。


 正直、どうしていいかわからない。


 それにもし、本当に上栫さんがこの世界から消えてしまっているのだとしたら、僕にできることは、何一つ――落ち着け。


 気が動転している。思考が正常ではない。


 僕にできることをしよう。


 仮定を立てよう。


 上栫さんが消えたのではなく、電話番号が変わった。


 人よりは電話番号のほうが、並行世界の移動による影響を受けやすいはずだ――自分でも笑ってしまうくらいの、仮定にすらなっていない希望的観測だけれど、上栫さんが消えたことが確定しない限り、僕は諦めない。


 絶対に。


 僕は学校をサボタージュ、そして町はずれにある古めかしい建物へと向かった。


 その木造の平屋は仰々しい蔦に覆われていて、一見ただの廃墟にしか見えない。実際、ここに人が住んでいると思っている町の住人は少ないだろう。


 でなければ、敷地内への空き缶やらペットボトルやら、電化製品やらの不法投棄が跋扈したりはしないはずだ。


 問題なのは、この家の主がごみを『材料が勝手に生えてくるです』と、ごみと認識していないところにある。いや、本当に問題なのは、何もお咎めがないからと言って、不法投棄を繰り返す人間なのだが。


 そろそろ蔦によって封印されてしまいそうな玄関を開け――チャイムは設置されていないし、ノックは意味をなさない――、中へと入る。


 薄暗くて見えにくいが、外見と違わず、中身もしっかりと古めかしい。床は歩くたびに悲鳴を上げるし、何もしなくても時々呻きが上がる。


 短い廊下を抜けると、居間らしき部屋に出た。


 部屋を埋め、天井まで積み重ねられているものは、家の主が失敗作と呼ぶものたち。金属だったり、プラスチックだったり、得体のしれない何かだったりする。蔦のカーテンを掻い潜った日の光は、この聳え立つガラクタの山々によってとどめを刺される。


 辛うじて人が通れる隙間を探して、奥を目指す。すぐに光と、ほんの少し開けた場所が見えた。


 光の正体はスタンドライト。光の下には天才美少女発明家、入交与。


 素っ裸にいつものゴーグルという中々にエキセントリックな風貌をしていて、用途不明の謎の機械を弄っている。


「与」

「…………」


 返事がない。聴覚に意識が向いていないようだ。

 触覚にアプローチしてみるか――この格好だと触れる場所は頭部くらいしかない。ピコピコ揺れる二つ結びを掴んでみる。


 触り心地はお世辞にもいいとは言えなかった。これまたテンプレ通り、与は風呂が苦手である。


 見かねて泡まみれの風呂に突っ込んだこともあるのだが、僕の気遣いはループと共に泡に帰し、汚れは与へと帰った。


 そんな汚れにまみれた二つ結びを、軽く引っ張ってみると、


「むぐー、誰ですか。与の触角を引っ張るのはー?」


 不快そうな唸り声を上げた。


「僕だ」

「因果お兄ちゃんですか。与の家に来るのは珍しいです」

「与、頼みがある」

「何ですか? 何でも聞くです」

「人を探してるんだ」

「人探しですか。それなら明星先輩のほうが適任ですよ」

「いや、先輩でも会ったこともない、顔も知らない、どこに住んでいるかもわからない人を今日中に探すのは無理だ」

「注文内容の説明、感謝です」


 言って、与は弄っていた機械をガラクタの山々へと投げた。


「悪い」

「いえいえですです。それで、どんな人を探しているんです?」

「遥か昔に一度だけ遊んだことのある天涯孤独の女の子だよ」

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