第7話


 さすがは多忙なアイドルだ。

 休みの日を確保できたのは、あの連絡が来た日から二週間ほど後のこと。


 ゴールデンウィークが終わり、街の騒がしさも落ち着いた頃だった。ゴールデンウィークで散財し過ぎたのか、その日は土曜日だというにも関わらず、街の人通りは少なかった。


 俺はというと、ゴールデンウィークは引きこもりだったので特にお金を遣うこともなかった。

 予定ない日は基本的に家でゲームをするのがデフォだし、だいたいの日は予定がない。


 それが残念なことなのか、それとも有り難いことなのか、それについての答えはまだ出さないでおく。


「ちょっと早かったかな」


 女の子とのデート経験皆無な俺にとって、今日は未知なことが多すぎる。

 なにをどうしていいのか分からないので、とりあえず余裕だけは持っておこうと三十分前に待ち合わせ場所に到着するように家を出た。


 昨日、デートでのNGについてをネットで調べたところ、その中に『遅刻』というものがあったのも理由の一つだ。


 ここら辺の待ち合わせ場所といえば地下にある『いずみの広場』というところが有名らしいが、そこだと人目につくというアイドルらしい都合により、シンプルに駅の改札前ということになった。


 いつも通りの人通りならば相手を見つけることは困難だろうが、今日の感じならばホームから出てくる笹原さんを見逃すことはあるまい。


 現在、十時三十七分。

 待ち合わせ時間は十一時なので俺は改札前にある支柱にもたれかかる。


「……みんなオシャレだな」


 ここは休日にどこよりも人が集まる場所だ。それだけ人の目につくということもあり、誰もが身だしなみに気を遣っている。


 こんな街に用事はないので俺は普段あまり来ることはない。それもあって緊張は増すばかりだ。


 俺の服装は大丈夫だろうか。

 いつもは一人行動なので自分の身だしなみが適当でも気にならなかったが、今回はそうもいかない。


 ここに来るという理由ももちろんあるが、それ以上に笹原さんの隣を歩くというのが大きい。


 俺がダサい服を着ていれば彼女が笑われる。俺だけならまだしも、笹原さんに恥をかかせるわけにはいかない。


 服装に関してもとりあえずネットで調べた。こんなときにアドバイスしてくれる友達はいないのでインターネットだけが頼りだ。


 オシャレかどうかはともかく、最低限清潔感のある服装を心掛ける。というのが大事らしい。


 ということで、俺は無地の白シャツの上に紺色の半袖ジャケット、下は黒のパンツを装備した。

 無難オブ無難なチョイスだ。好印象は与えられなくとも悪印象は持たれまい。


 そんなことを思いながら暫し待つ。

 時刻が十時四十五分を示したとき、目の前に背の低い女の子がやって来た。


 帽子を被り、メガネを掛け、さらにマスクを装備した妙に怪しげな女の子。


 一瞬戸惑った俺だったが、それが笹原さんであることにすぐ気づいた。そうだよな、アイドルだもんな。素顔晒してこんな街の中歩けないか。


「ちょっと早めに着くように家を出たんですけど、待ちました?」


「いや、そうでもないよ」


「ほんとに?」


「……うん」


 なんでそんなに疑ってくるんだよ。ついつい俺は目を逸らしてしまう。


「目を逸らしました!」


「いや、待ったと言っても十分くらいだし、待ったうちに入らないよ」


「ハル様を十分も待たせてしまいました! これはもう切腹ものです!」


 ああー、と頭を抱える笹原さん。


「いやいや、気にするほどじゃないよ。俺が勝手に早く来ただけなんだから」


 俺が言うと、笹原さんはメガネ越しでも分かるくらいに瞳をきらきらと輝かせる。


「ハル様、優しすぎますっ」


「普通だと思うよ。そもそも遅刻じゃないし」


「それでもポイント爆上がりです」


「こんなんで上がってほしくないんだけど……まあいいや、いつまでもここにいるのもなんだしとりあえず歩こうか」


「はーい」


 俺が歩き始めると笹原さんが隣につく。

 改めて彼女の方を見る。


 白のニットにパステルピンクのスカート。髪は前回同様に下ろしているが毛先にウェーブがかかっている。

 前回感じたスポーティさはなく、しっかりとオシャレしてきているのが伝わってきた。


 そういえば、ネットでとりあえず服装は褒めるべしって書いてあったな。


「今日の服はあれだね、可愛い感じだね」


「ふえあ!?」


 褒め方間違えたのだろうか。

 笹原さんは突然奇声のようなものを上げる。そして、赤くなった顔をこちらに向けた。


「と、とと、ととつぜん何ですか?」


「あ、いや、ごめん」


 褒められたくなかったタイプか?

 そんなタイプいるの? ネットに書いてなかったんだけど。それとも俺に褒められたとてってことかな。

 ちょっと良く思ってもらえてるからって調子乗りすぎたかな。


「なんで謝るんですか? 嘘なんですか?」


「いや嘘じゃないけど。俺みたいな奴に褒められても嬉しくなかったかなって思って」


 俺は見るからに明らかなオシャレ初心者だしな。お前のセンスで私の服を評価するな的な。


「そんなことないです! ハル様に可愛いって思ってほしくて昨日ずっと悩んでたんですから!」


 ぐいっと背伸びしてそんなことを言ってくる。


「あ、そ、そうなの?」


 じゃあどうして奇声とか上げたんだよ。という俺の考えを察したらしい笹原さんは照れるように笑う。


「その、可愛いって言ってもらえると思ってなかったので、嬉しくてつい声が出ちゃいました……」


 あはは、とおかしそうに笑う笹原さん。その姿は誰が見ても見惚れるほどの可愛さで、俺は思わず言葉を失った。


「あ、そ、それで今日はどうするんだ?」


 今日のことは笹原さんが全て自分に任せろというものだから、俺はこのあとのことは何も知らない。


 俺はこの変な空気を変えようと咄嗟に話題を変えた。


「とりあえず、ちょっと早いけどお昼にしようかなって思ってるんですけどお腹空いてますか?」


「ああ、しっかり」


 朝も食べてないからな。

 俺がそう言うと、笹原さんは「良かった」と小さな声で言う。

 彼女の案内でお店へ向かう道中、お高いところじゃないだろうかという不安だけが脳内をぐるぐる回っていた。

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