第34話
ビーチバレーをすることになったけれど、誰もがそのルールを詳しく知らないということでふわりとしたルールが制定された。
ボールを落としたら相手に得点が入る。
同じ人が連続してボールに触れることはできない。
三回までに相手陣地にボールを返さなければならない。
と、基本的にはバレーと同じだ。
五点先取で勝ち、というところまでが決まったところで詩乃が静かに挙手をする。
「なにか?」
そんな詩乃に、ルール決めを仕切っていた北条さんが尋ねる。
「罰ゲームを決めましょう」
「は?」
思わず言葉を漏らしたのは俺だった。
いや、まあ、ゲームであるのだからそういう提案があってもおかしくはないけれど。
「ぶっちゃけハル様と同じチームになる予定だったわたしとしては別々のチームになった時点でモチベーションの低下が著しいです」
ぶっちゃけすぎだろ。
全員呆れてるじゃないか。いや、一名を除いてか。
「そんなこと言うなよ」
隣にいる宮城がガックリとうなだれているだろうが。あいつは詩乃と同じチームになれてしこたま喜んでいたんだぞ。
「なので、優勝したチームの言うことをなんでも聞くという罰ゲームを提案します」
「と、いいますと?」
「仮にわたしたちのチームが勝ったとすると、皆さんに一つ……いえ、一人一つ命令を下せます。それを無条件に受けていただきます。拒否権はありません。クレームも受け付けません」
むちゃくちゃな提案である。
それを誰が承諾するというんだ。
詩乃の提案のあと、少しだけ沈黙が起こった。皆が難しい顔をしているところ、一応考えるだけ考えてみるって感じか。
なんでも命令を一つ。しかも拒否権なしで無条件に叶えてもらえる、ね。
周りにいるのは全員が女子。しかも程度はあれど少なからず全員が可愛い。
あんまり考えたくはないけど今の俺ってハーレム状態なんだよな。
いやいや、だからなんだ。
全員を横にさせて美少女布団とかいう昭和のテレビ番組にあったようなスケベ行為でも実行しようというのか?
……。
…………。
ダメだダメだ。
そんなこと考えちゃいけない。
「何でもいいわけ?」
沈黙を破ったのは彩花さんだ。
「もちろん常識の範囲内での話です。まあ、非道徳的な命令をするような人はこの中にはいないでしょうけど」
そうだな。
いないな。
俺の妄想は非道徳的なんかじゃなかった。強いて言うなら男のロマン的な命令であった。
「例えば、今後詩乃と春吉くんは二人きりで会わないでって言えば通るわけ?」
瞬間。
先程とは別の意味の静寂がその場を包み込んだ。
さっきまで饒舌に喋っていた詩乃も、彩花さんからの予想外の提案に言葉を失っている。
わなわなと唇を震わせる詩乃がようやく言葉を吐き出した。
「それはどうして?」
「んー」
訊かれ、彩花さんは考える。
「そうねえ。表面的な理由が必要なら、春吉くんとこれ以上仲良くなってほしくないから、とか?」
いたずらに笑い、詩乃を挑発するような言い方をする彩花さん。
それはまるで、俺に好意を抱いているが故の、牽制の意味の発言であるようにも聞こえる。
が、それは違う。
恐らくだけど、彩花さんは俺と詩乃がこれ以上関係を進展させることを望んでいない。
それは彼女の中の、というよりは世間のアイドルに求める理想像から離れてしまうからだ。
恋愛はご法度。
そんなの当たり前だ。
法律もルールもないけれど、誰もが無意識に理解する暗黙の了解。
それを破るということは大きなリスクを負うことになる。
これからまだまだ上へと登り続けるCutieKissにとって、その不安要素は障害にしかならない。
彩花さんはそれを理解しているのだ。
だからそんなことを言う。
「彩花……。もしかして、ハル様のことを?」
しかし、詩乃は考えが至らなかったのか安直な受け取り方をしたようだ。
「ま、そう考えてもらってもいいわ」
「絶対に負けられない」
「その言い方、承諾したということでいいのね?」
「いいよ。その代わり、わたしが勝ったときにはそれ相応の命令をさせてもらうからね」
皆に目配せをする詩乃。
確かに詩乃が背負った罰ゲームのリスクは、彼女からすれば重いものだろう。
それはここにいる誰もが理解しているようだ。こくりと順に頷いていく。
気づけば、いつの間にか詩乃の提案した罰ゲームを誰もが受け入れていた。
たかが遊び、だったはずなのだが。
どうやら詩乃にとっては負けられない戦いになったようだ。楽しくキャッキャと騒ぐ予定だったビーチバレーが、どうしてこうなった?
各々がどんな命令を下すか、それを心の中で考えながら準備を始める。
試合は総当たり戦で行われる。
「どうしよっかな」
ストレッチをする俺のもとへとやってきた宮城が小さい声で言う。
「あたしが負ければ、あんたはもう詩乃ちゃんとは会えないんだね」
「……それがなんだ?」
「これはチーム戦。バレーと違って二人しかいなくて、交互にしか触れないというルールがある以上、あたしが足を引っ張り続ければ勝ちはないんだよ?」
「それをして、詩乃が何も言わないと思うか?」
めちゃくちゃ怒られるだろう。
俺が言うと、宮城はおかしそうにくすりと笑う。
「まあね。冗談だから安心しなよ。あたしが勝ったら、あんたに一ヶ月くらいお昼奢ってもらおうかな」
本気か冗談か分からないが恐ろしいことを言い残し、宮城は詩乃のもとへと戻っていく。
彩花さんのチームが勝てば俺と詩乃はもう会えない。
詩乃のチームが勝てば会えない罰ゲームは受けないが俺の財布の中が死ぬ。
……これ遊びだよね?
デスゲームか何かじゃない?
なんでこんな緊張感の中でゲームをしないといけないんだよ。女の子、しかもアイドルに囲まれてやることじゃなくない?
負けたときの条件がシビア過ぎる。
何としても勝たねば。
「あなたは勝ちたいですか?」
ストレッチを済ませた北条さんが俺のところへやって来る。
「え、ええ。それはもちろん。負けたら俺の財布がすっからかんになりかねないし」
「そうではありませんわ」
かぶりを振った北条さんは、ちらと詩乃の方を見る。それだけで彼女の言わんとしていることは理解した。
「……」
詩乃と会えない。
きっと、これがどれだけ遊びだったと主張しようと負けてしまえばそれは実現させられる。
あまり考えないようにしていたその未来を俺は考えさせられた。
ちくり、と胸に痛みが生じた。
この胸の痛みがなんなのかは分からないけれど、自分の気持ちは自然と理解できた。
「……勝ちたいです。詩乃と会えないのは嫌です」
「そうですか」
北条さんが言ったのはそれだけだった。
思えば彼女もアイドルだ。
彩花さんと同じ意見である可能性だってある。そうなれば宮城の言っていたように八百長的な敗北だってあるわけで。
「勝ちますわよ」
しかし。
そんな俺の不安をよそに、北条さんは俺を振り返って不敵に笑う。
「え」
「あなたと詩乃の問題は私としてはどちらでもいいのです。ただ、北条の人間として勝負に負けるということはあってはならないので。足を引っ張らないでくださいね?」
そういって、北条さんはコートへと向かう。
「……は、はい」
か、かっけえ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます