第33話


 ダークブラウンの長い髪をお団子にして纏めた髪のおかげで彼女の表情がよく見える。

 スラッとした体躯を隠すのはひらひらのフリルがついたビキニだった。可愛らしい彼女にはよく似合っている。

 由希奈ちゃんとは別のベクトルで魅力的である。アイドルの同じグループである以上、セールスポイントは恐らく被らないようにしているのだろう。


 詩乃には詩乃の魅力があった。


「ぐへへ、ほんとですか?」


 素直な感想を言ったことで詩乃の機嫌は一瞬にして好転した。ご機嫌取りで言ったわけではないけど、簡単すぎないか?


「具体的にどこがいいのか訊いてもいいですか?」


「具体的にと言われても、全体的に?」


 胸とかおしりとか言えば変態性が増す気がするし、水着のフリルが可愛いとか言えば「わたしは!?」とか言ってくるだろうし、他の部分を上げるのはマニアックな気がする。


 なので誤魔化す。


「それはもうわたしが可愛いってことですか!?」


「……否定はしないよ」


 アイドルなんだし、そりゃ可愛いでしょ。俺は初めて詩乃と会った日から今まで、彼女を可愛くないと思った日はない。


「ぐへへ」


 何を考えているのか、口角をこれでもかと上げる詩乃が変態的な笑みをこぼす。


「良かったわね。褒めてもらえて」


「ほらほら、九澄。ハーレムだぞ」


「お兄ちゃんと由希奈ちゃん、どこに行ったんだろ」


「……全く、相変わらず騒がしい人達ですわね」


 詩乃とそんなやり取りをしていると残りのメンバーが揃った。


 黒髪の彩花さんは黒のビキニ。たわわに実った胸も、きゅっとくびれた腰回りも、大きなおしりと太ももも、余すことなく披露している。


 それに続く宮城はビキニの上からシャツと短パンを着たスポーティな水着だった。

 シャツの裾が括られており、ちらと見えるおへそが何というか、俺のフェティシズムを刺激してきた。髪はサイドテールで纏められている。

 

 さらにその右、圭介さんの妹である、確か名前は京佳さん。年齢は俺のひとつ下らしい。

 ブラウンの髪は二つ括りにしている。桃色のワンピースタイプの水着を着ているが、そのボディラインはまだまだ発展途上といったところか。


 最後に姿を見せるのは北条麻莉亜さん。CutieKissの中では彩花さんに次ぐグラマラスメンバーだ。

 白のワンピースタイプの水着なのだが、京佳さんと違い、胸や腰回り以外は紐のような面積生地が包んでいるだけでほぼ肌色。

 本来ならば体全体を隠しているはずのワンピースタイプなだけに、ビキニよりもセクシーに見える。

 金髪の髪がポニーテールにまとめられてるのもポイント高い。どの髪型が一番可愛いか論争は結局最後にはポニーテールという満場一致の意見で落ち着くくらいだ。


「ハル様、他の人見すぎです。女の子の水着姿に欲情するのなら、せめてわたしを見て下さい」


「それはいいのか?」


「問題ありません。わたしはハル様のすべてを受け入れますので」


 とはいえ、はいそうですかとまじまじ見れるだけの度胸は持ち合わせていない。


 しかしこれは目のやりどころに困るシチュエーションだ。みんなが気にしていないからこそ、そういう目で見るのは憚れる。

 詩乃はああ言ってくれるが、彼女の名のない俺への好意を知っているだけに一番意識してしまう。


「……なんであたしを見てるわけ?」


 宮城が俺を睨んでくる。

 思えば彼女のスタイルが一番露出も少ないな。ああ、落ち着く。


「いや、一番安心するなと思って」


 クラスメイトだし、一般人だし、一番身近なだけに変な気持ちも湧いてこない。


「どういう意味だ」


 詩乃と彩花、京佳さんと北条さんが喋り始め、気づけば俺と宮城が取り残されていた。


「いや、なんか目の前のアイドルじろじろ見るのって抵抗あるだろ?」


「よくわかんないけど。京佳ちゃんは?」


「圭介さんの妹さんだし」


「それであたしってこと?」


「その通り。お前が俺を学校での羽休め場所にしているように、俺はお前をこの場での羽休め場所にすることにした」


「……わけ分かんない」


 でしょうね。

 俺も言ってて段々とわけ分かんなくなってきたし。


「雲の上の存在ばかりがいると、平凡な人間の隣が落ち着くんだよ」


「……それは分からないでもない」


 ようやく詩乃といることには慣れてきた。しかし、今回は詩乃に加えて彩花さんや北条さん、由希奈ちゃんがいる。

 それに水着だし。

 ぶっちゃけ精神が保たないんだよ。


「ハル様! ビーチバレーをしましょう!」


 ほっこり、ではないけれどゆるーい空気の中にいる俺と宮城を詩乃が呼びに来た。

 見てみれば、ビーチバレーのセットをせっせと組み立てていた。あんなもん普通置いてないだろうに、お金持ちというのは庶民の想像を軽く超えてくるな。


「行くか」


「そうね」


 ビーチバレーコートの方へと向かう俺たち。そこには相変わらずどこへ行ったか分からない圭介さんと由希奈ちゃん以外のメンバーが揃っている。


「チーム分けしましょう」


「二人ずつの三組かしらね」


 詩乃の提案に彩花さんが続く。

 公式はどうか知らないが、ビーチバレーは二人で組んでいるところをよく見る。

 ルールは普通のバレーととりわけ変わらないイメージなんだけど、そこのところもどうなんだろうか。


「グーパーでいいよね?」


 宮城が言ったところでそれぞれが並んで輪になる。冷静に考えると女性陣に一人混じっているこのシチュエーション相当やばいので冷静に考えないようにしよう。


 宮城の音頭でそれぞれが手を出す。

 今回は三組なので、グーチョキパーの選択肢がある中、俺は何となくグーを出す。


 一番避けたいのは北条さんと京佳さんだな。何というか、距離感が分からないので緊張する。

 時点で言えば彩花さんか。理由は詩乃や宮城と比べると緊張するというだけだ。

 できることなら詩乃か宮城と組みたいところだ。いや、勝つことを考えると運動神経のいい宮城かな。


「……ぐぬぬ」


 唸ったのは詩乃だった。

 とはいえ、他にも渋い顔をしている人もいる。俺である。

 あとは歓喜の表情を浮かべるものが一人。これは宮城だ。


「よ、よろしくお願いします」


「ええ。こちらこそ」


 一組目は彩花さんと京佳さん。

 あのグループも初対面みたいなもんだろうな。彩花さんはともかく、京佳さんが緊張してるのは顔を見れば分かる。


「よろしくお願いしまっす!」


「よろしくです……」


 二組目はがくりと肩を落とす詩乃とテンションの高い宮城だ。

 宮城は詩乃推しのファンなので、一番好きなアイドルとペアとなればそりゃ喜ぶだろうさ。


 そして三組目。


「えっと、その、よろしくお願いします」


「こちらこそ。お手柔らかにお願いしますわ」


 俺と北条麻莉亜。


 ううん。

 帰りたい。

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