第6話
『は、ははハル様からお電話いただけるとは光栄の極みです!』
配信から数日、俺に起こった変化を報告する目的も兼ねて笹原さんに電話をした。
「実は――」
とりあえずあの配信以来、俺のチャンネル登録者数が急増したことを報告した。
『それは良かったです! ということはあれですか、もしかして二回目もあります?』
「こっちとしては願ってもない申し出だよ。そっちがいいんなら喜んで」
もちろん俺のプレイをより多くの人に観てもらえる、チャンネル登録者数が増えるというのも少なからずあるが、それ以上に笹原さんと一緒にゲームをするのが楽しかったのでまたしたいという気持ちが大きい。
残念な部分も多少は見受けられるが、それを差し引いても彼女は俺にとって大切にしたいゲーム仲間だ。
『そんな! こっちのセリフです!』
わーいやったーと電話の向こうで分かりやすく喜ぶ声が聞こえてくる。そういうのは通話を切ってからしてほしい。
「あの、それでなんだけど」
『はい?』
俺が話を改めるとはしゃいでいた笹原さんは落ち着きを取り戻す。
「なにかお礼ができればなと思って電話したんだ」
『お礼、ですか?』
今回のゲーム配信コラボ。俺にとってのメリットは大きかったものの、彼女が得たものは極めて少ない。というより、満足感というものを除けばゼロに等しい。
「ほら、今回のコラボで俺はチャンネル登録者数とか増えたし。そのお礼的な」
彼女は大人気のアイドルだ。彼女が持っていなくて俺が持っているものなんてほとんどないだろう。
だから、気持ち程度のことしかできないがそれでもなにかを返したい。いわばこれは自己満足のようなものだ。
『わたしとしては一緒にゲームができただけで十分過ぎるのですが、わざわざそう言ってくるということはそれでは納得していないということですよね?』
さすが芸能人とでも言うべきか、彼女は俺の考えていることをおおよそ察してくれる。
『そういうことなら分かりました。お礼、してもらいます。ち、ちなみになんですけどそれのラインというのは?』
なにを想像したのか、突然興奮し始めた。これまでならば何も思わなかったが、彼女の本性を知ってしまっただけに不安だ。
「常識の範囲内でお願いします」
「それはわたしの……?」
「世間の!」
そんな話をして電話を切る。どうやらたまたま仕事の合間だったようだ。
そういうところを見ると、彼女が本来ならば雲の上の存在、俺ごときが関われるような相手ではないことを再認識させられる。
その後、笹原さんからの折返しの連絡がないまま翌日を迎えた。土日を挟んだ月曜日なので普通に学校に向かう。
朝から楽しく雑談を交わす相手もいないので俺は到着早々に自分の席で毎朝のルーティンを行う。
格好良く言ったが、ただのソシャゲ徘徊だ。
「なあ、この前のささしのの配信観たか?」
「ああ、コラボの? 誰だっけ、相手」
「確かハルとかいう配信者」
津崎とその取り巻き二人がいつものように会話をしている。席が近いのでどうしても耳に入ってくる。
しかし、その中心人物である津崎はどこか不機嫌そうにしていた。取り巻き二人の会話にいつも得意げに返しているが今日はだんまりだ。
「ああ、そうそう。結構上手かったよな」
「俺、あのあとそいつの動画観に行っちゃったよ」
「どうだった?」
「結構面白かった」
それはどうも。
あちらはハルの正体が俺だということをもちろん知らないわけだが、だからこそ恥ずかしい。
こんなことならひっそりと続けておくべきなのではとも思ってしまった。
「津崎君、元気なくね?」
「どうした?」
「ッるせェ」
やはり不機嫌なご様子だ。それには取り巻き二人も気づいていたようで、ようやくそのことに触れた。
「あ、あれすか。ささしのが他の男とコラボしたから拗ねてんの?」
「あんなのビジネスなんだから、気にしてたらキリないよ」
「ッるせえなァ! 別にそんなんじゃねえっつーの」
いやいや、めちゃくちゃそんなんじゃないすか。図星のときの声の荒らげ方してますやん。
「確かにささしのはこれまでコラボとかしてなかったけどさ」
「そんなんにいちいち腹立てるのも分かんないって。ぶっちゃけ、俺たちからすれば雲の上の存在なんだしさ」
「そーそー」
「……だから、違えって言ってんだろ」
虫の居所が悪いようで、今は何を言っても無駄だと判断した取り巻き二人は津崎の席を離れて自分たちの席に戻る。
しかし、そうか。
笹原さんは人気あるし、クラスの連中がユーチューブチャンネルを追いかけていても不思議じゃない。
ゲーム好きならばほとんどの人が観ていたことだろう。
そうなると、必然的にこの前の配信で俺も観られたことになる。ユーチューブ配信していることは誰にも言っていないので、顔出しとかしてなくて良かったとほっとする。
声でバレるほど校内で会話していないことも功を奏したな。まさかこんなところでぼっちの利が発動するとは。
もしハルが俺だということがバレるといろいろ面倒くさそうだ。とりあえず思い浮かぶこととして、確実に津崎に校舎裏に呼び出される。
これからも正体隠していこう。
そんな感じで決意を新たにして授業を受ける一日。昼休みに一人で弁当をつついているとスマホが震える。
親父からラインはあんまり来ないし、公式からの通知はオフにしているので、だいたいの相手は予想がついた。
ラインを開くと一番上に、女の子三人での自撮り写真をプロフィール写真に登録している『詩乃』という名前のアカウントがある。
言わずもがな笹原さんだ。
俺はトーク画面を開き、彼女からのメッセージを確認する。
『この前言っていたお礼の件なんですが、いろいろと考えました! そして、ようやく一つに絞ることができたのでお伝えします!』
そんなに悩んだのか。
何と何と何で悩んだのかは訊きたくないけどちょっと気になるな。
『今度、デートしましょ』
文末にハートマークが添えられている。
特に意味のない絵文字だと分かっていてもドキッとしてしまう。女の子はすぐにハートマーク使うからなあ。困ったもんだよ。
「……しかし、デートって」
俺、デートとかしたことないぞ。
というか、中学一年のときを最後に女の子と二人でなにかをするイベントがない。
この前、笹原さんと会ったのは遊びというよりはコラボに向けた顔合わせのようなものだし。
出掛けるとなると話は別だ。
上手く立ち回れる気は全くしないし、相手が相手だしめちゃくちゃ緊張する。
しかし、いろいろと考えてくれた結果の答えがこれならば俺はそれを受け入れなければならない。
これはお礼なのだから。
「……ふう」
承諾の返事をした俺はスマホを置いて食事を再開する。しかし、その数秒後、再びスマホが震えた。
確認すると『わーいヾ(・ω・*)ノ 楽しみにしてますね、ハル様♪』という返事がきていた。
ああくそ。
可愛いなあ、ちきしょう。
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