第17話
通学中、イヤホンをつけながら音楽を聴く。突然とはいえ、ライブに行けることが決まったので、曲の復習の意味を兼ねて延々とリピート再生していた。
詩乃の前である手前、少しだけクールな態度を取ってしまったが、その実内心ではウハウハだった。
チケットの落選メールが届く度に歯がゆい思いをして、どこにもぶつけようのない怒りを拳に込めて床を叩いた。
今度のライブはそこそこのキャパを誇るドームでのライブだ。にも関わらずここまでチケットが取れないところ、彼女たちの人気の凄さが伺える。
ツイッターで検索して様子を見てみると、本当に老若男女あらゆる世代から愛されているのが分かった。
それに人生初ライブだ。
テンションが上がらないわけがない。
学校に到着するとさすがにイヤホンは外す。友達がいない俺にとっては周りの雑談は貴重な情報源だ。
授業に関する話題から交友関係など、実に様々な情報を仕入れることができる。
なので、音楽を聴いたりはせず、日課のソシャゲを進めながらクラスメイトの雑談に耳を澄ます。
「昨日彼氏と別れてさー。ちょっと体許したらこれよ。ほんとサイテー」
「え、浮気?」
「うん。隣のクラスの」
朝からヘビーな話題である。
せめて昼休み……いや、放課後のマックで行ってくれ。
「今日の宿題してきた?」
「当たり前だろ。福本怒らせるとめんどくせえじゃん」
「宿題なんかあったっけ? うっわ最悪だよ。お願い、写させてくれ」
古典の福本は二回に一回は宿題を課してくる。内容としてはA4プリント一枚、それも数問程度なので分かる人がすれば三十分もかからない。
それでもばかにとっては面倒なことこの上ない。俺も決して得意とは言えないのだが、することないので昼休みとかに終わらせている。
「もうすぐCutieKissのライブだな」
「セトリ予想は済んでる?」
「当たり前だろ。お前らも準備はできてんだろうな?」
「もちろん」
席が近いからか、津崎一派の会話はよく耳に入ってくる。どうやら彼らもライブに参加するらしい。
あの倍率のチケットをよくゲットできたものだな。
「今回はついに! 初めてのドームライブだからな」
「座席はどうだった?」
「まあ、近くはないな。スタンド席だし」
「俺はアリーナだったよ。多分後ろの方だけど」
羨ましいじゃねえか! とじゃれ合う男三人。メンズのああいうシーンを見ても何一つとしていいことはないな。ただただ気持ち悪い。
きっと結成当初から応援しているのだろう。言い方的にライブも何度も行ってるっぽい。
津崎の声を聞いてか、教室の別のところでもそのライブの話題が上がっていた。
津崎は確定だが、もしかしたらクラスメイトにも参加者はいるのかもしれない。
そうなると、姿を見られないように気をつけなければ。バレたとて何かあるわけではないし、そもそも顔を覚えられてすらないだろうけど。
「……」
そういえば。
招待席ってどういうところなんだろうか。初めてのことなので、想像のしようがなかった。
*
「詩乃はライブに招待する人いるの?」
ライブが近づいてくるにつれ、その準備も佳境に入る。裏方の人たちが慌ただしく準備を進める一方、メンバーたちはリハーサルに努めていた。
その日もリハーサルを終え、笹原詩乃は更衣室で練習着を脱ぎ捨て、体の汗を拭き取っていた。
同じく着替えをしていた宮城彩花が雑談程度にそんなことを訊いてきたので、詩乃は動かしていた手をぴたりと止める。
「それはあれかな。わたしには友達がいないと決めつけているのかな? 図星なだけに反論できないんですけど」
「……そんなつもりはなかったけど。あんたの悲惨な現状をまた一つ露見させてしまったわ」
「悲惨言うな!」
服を脱いだ彩花は相変わらず抜群のプロポーションを見せていた。激しい動きをするからか大きな胸はスポーツブラで守られていた。
それでも分かるメロンのようなそれに詩乃は思わず目を奪われる。
「……な、なに?」
「なにを食べたらそんなに大きくなるの」
比べて、自分のものに視線を移す。
別に小さいことはない。絶壁と呼ぶにはしっかり膨らみはあるし貧乳とも言えない。
それでも彩花に比べると子供のように見える胸に、詩乃はがくりと肩を落とす。
「別に何もしてないわよ」
「何かしてる人は決まってそう言うのね。ほんとに何もしてない人がそんなスタイルいいわけないもん」
「……まあ、そりゃ最低限のことはしてるけど。別に詩乃だって小さくないじゃない。形だっていいから羨ましいわよ」
「そ、そうかなぁ」
少し褒められただけで、詩乃はぐへへとだらしなく笑う。こういう分かりやすさがあるから、メンバーからすると絡みやすいのかもしれない。
「で?」
「ん?」
「招待はなし?」
「彩花は?」
「私は高校のときの友達と、バイトでお世話になった先輩かな。あ、あと妹」
「妹?」
「妹はCutieKissのファンらしいから。まあ、私というよりは他のメンバーのって感じだけどね」
経験はないが家族に見られることを想像すると少し小っ恥ずかしさが勝ってしまう気がする。何となくぼーっと思い浮かべた詩乃はそんなことを思った。
「わたしはハル様を招待するよ」
詩乃の言葉に服を脱ごうとしていた手がピタリと止まる。分かりやすく動揺を見せたのも束の間、彩花はすぐに動きを取り戻した。
「ハル様呼んだの?」
「うん。彩花の言うとおり、わたしには友達と呼べる友達がいませんからね」
「……根に持たなくてもいいでしょ」
気にした様子もないので、根に持っているわけではなさそうだ。どころか、ハルの名前を出したことで機嫌が良くなっている。
「まあ、大事な友達だもんね」
「そうだよ。ハル様にわたしのアイドルとしての姿を見てもらうんだ」
きらきらした顔をする詩乃。
その表情はとてもじゃないが恋する乙女には見えなかった。どちらかというと、親にいいところを見せようとする子供。
その表情を見てか、彩花は僅かな溜息を漏らした。
そのときだった。
「おつかれー」
更衣室にまた一人、新しく入ってきた。
色の抜けた茶色のミドルボブ。容姿にはまだ幼さが残っている。身長は高くないが、その分スラッとしたボディラインを持っているのでバランスはいい。
「由希奈ちゃん。おつかれ」
牧園由希奈。
CutieKissのかわいい担当。十七歳でメンバー内最年少である。おしゃれな着こなしが人気で、ファッション誌などによく取り上げられている。
男のファンに加えて若い女の子からも人気を集めているので、彼女のインスタグラムのフォロワーは百万人を超えている。
「なんの話してたのー?」
「今度のライブの招待する人の話だよ。由希奈ちゃんは誰か呼ぶの?」
「呼ぶよ。彼氏とその妹ちゃん」
彼女の人気はメンバーの中でも一位二位を争う。自分の武器を理解し、それを最大限に発揮する振る舞いを意識していれば、当然好感を持たれるだろう。
一つ、アイドルとしての問題を上げるならば、由希奈には恋人がいるということ。唯一にして、最大の爆弾である。
アイドルにとって、恋人がいるという事実は大きな爆弾となる。もしもそれが世間に露見すれば彼女自身の人気はガクリと落ち、その影響はグループにも及ぶだろう。
「大丈夫なの? 彼氏とか呼んじゃって」
「だいじょぶだいじょぶ。妹ちゃんと友達ってことにしてるから。彼氏は妹の付き添いって設定」
「なるほどね。ていうか、妹さんはそのためにライブに呼んだってこと?」
「いやいや。大ファンだよ。喜んで協力してくれてるよ。由希奈のことお姉ちゃんって呼んでくれてるし?」
「気が早い……」
以前、詩乃からハルのことを聞いて心配していた彩花だが、由希奈に対してはそこまでの心配は向けていない。
もちろん、不安がゼロというわけではないが、由希奈のアイドルに対しての気持ちは本物だし、しっかりと常に先の先まで考えている。万が一の事態にも対応できるずる賢さも持っているのでそこまでの心配はしていない。
過去に一度、言ったことはある。
けれど、その際に由希奈は『仕事とプライベートは別でしょ。仕事に影響が出るようなことはしないし、そんなことになればちゃんと責任は取るよ』とそれなりの覚悟を持っていた。
これは言っても無駄だな、と思った彩花含めたメンバーはそれ以来、由希奈のその問題に触れることはなくなった。
現に結成から今に至るまで、由希奈のそういった話が世間に知られることはなかった。
それなりの実績にはそれなりの信頼が伴うのだ。
「二人は?」
「私は高校時代の友達とバイト先の先輩。あと妹」
「わたしはハル様」
「ハル様?」
詩乃の上げた名前に、由希奈は眉をしかめた。
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