第16話
ケーキは何種類も用意されているので、詩乃をキッチンへ連れていき好きなものを選んでもらうことにした。
「ハル様は何が好きですか?」
箱を開けて改めて覗き見ると、ショートケーキやチョコレートケーキ、モンブランにミルクレープと実にバリエーション豊かであった。
「俺は無難にショートケーキかな」
「なるほど。ではわたしはミルクレープをいただいてもいいですか?」
「もちろん」
ショートケーキとミルクレープを一つ一つお皿に取り出す。
「もう一つ食べる? せっかくこれだけあるんだし」
「いえいえ。ケーキのカロリーもばかにならないので遠慮しておきます。食べすぎて太ると怒られるので」
「そっか。そういうの気にするか」
素の状態があれなので、たまにアイドルであることを忘れてしまう。
けど、しっかりそういうところは気にしているところやはり彼女はプロだ。
アイドルとしての意識はしっかり持っているようだが、だとすると男の家に上がり込んでいるのはどうなのだろう。
異性として意識していないにしても、パパラッチの餌食になりかねないだろう。
俺も少し控えた方がいいのかな?
「ハル様? どうかしました?」
「……あ、いや、なんでも」
詩乃が食べないなら俺も今は一つでいいか。ケーキの箱を冷蔵庫に戻しながら詩乃に返事をする。
「飲み物はどうする? インスタントでいいならコーヒーも紅茶もあるけど」
「では紅茶をいただきます」
「了解。入れていくから先に戻っててくれていいよ」
「らじゃーです」
小さく敬礼をした詩乃はケーキのお皿を持って戻っていく。可愛いから何しても可愛いな。
インスタントに入れ方もくそもないので適当に紅茶とコーヒーを作って部屋に戻る。
「……なにしてんの?」
「あ、いや、これは」
部屋に戻ると詩乃が俺の机に置いてあったパソコンをカチカチと触っていた。
声をかけると慌ててその場から離れてパタパタと顔を手で扇ぐ。分かりやすく動揺している。
「違うんです。急にタイピングの練習がしたかっただけで、決してハル様のブックマークを確認しようとしたわけではないんです。あわよくば性癖とか露見すればなとか微塵も思ってないんです!」
「全部言うじゃん……」
「引かないでくださいいいいいい」
泣き縋るように言ってくる詩乃。この程度で引くことはないが、この程度で引かれないくらいヤバいことが既に露見していることに危機感を持つべきだな。
「別に引かないよ」
「ほんとですか? 内心ドン引きとかしてません?」
「してないしてない。あとちなみにパソコンでもそういうの観ないからみても無駄だよ」
「え、じゃあなにで?」
「普通にスマホ」
「なるへそ」
「ちなみにスマホはロックかかってるから勝手に見ることはできない。つまり諦めるしかない」
「……むう。では口答でお願いしても?」
「どうして二度目ならいけると思ったんだ」
アイドルを前に自分の性癖を語る男がいるものか。そもそも男の性癖なんて一分や二分で語れるものではない。
お茶を用意し一時間ほどじっくり語り合うものだ。
「ばかなことしてないでケーキを食べよう」
「そですね。また別の機会を伺います」
諦めねえなあ。
そもそも俺の性癖を知ったから何になるというんだ。俺がネコミミスク水ニーソ萌えであることを知ればそれを着用してくれるのだろうか。
……。
…………。
うん、やめておこう。
多分普通に似合うだろうし、そうなるとさすがにいろいろとよくない。
「いただきます」
手を合わせて詩乃はまず紅茶を一口飲んでみせた。カップから口を離し、ふうと一息ついた。
「ハル様の入れてくれた紅茶美味です。きっと入れ方が上手いんだろうなあ」
「普通にお湯注いだだけだよ」
「お湯と一緒に愛情とか注いでるんだろうなあ」
「そんなメイド喫茶みたいなことしてないよ」
「ハル様メイド喫茶とか行くんですか?」
「いや、行かない」
「ならどうしてメイド喫茶でもえもえきゅんすること知ってるんですか?」
「俺そこまでのこと言ってないぞ?」
ケーキを食べながら軽くツッコむ。
「詩乃はメイド喫茶に行くのか?」
「いえいえ。嗜む程度ですよ」
行ってんのかよ。
「女の子でもそういうとこ行くんだな」
「そりゃ行きますよ。可愛い女の子を眺めたいときだってありますから。それにわたしもかつてはもえもえきゅんをしていた側なんです」
「働いてたってこと?」
「いえすいえす」
そんな過去があったのか。
だとすると、当時メイドだった笹原詩乃と戯れたオタクたちはさぞ誇らしいだろうな。
「もえもえきゅんしましょうか?」
「結構だよ」
「おいしくなぁれ、もえもえきゅん!」
結構だって言ってんだろ。
両手でハートを作って俺のケーキに向けてよく分からない波動を放つ。それで美味しくならば全国のシェフは苦労しない。
「美味しくなりました?」
ケーキを一口食べた俺に、詩乃が楽しそうに訊いてくる。
「ああ、うん。最高」
どの対応がベストなのか分からなかったので適当に流すことにした。
「それは良かったです。ハル様が言ってくれればいつでもやりますよ」
「どうも」
満足げなので正解だったみたいだ。
これで正解なら多分なに言っても正解だったんだろうなあ。
俺の好感度高すぎない?
そんなどうでもいい話をしていると、詩乃がハッとなにかを思い出したように顔を上げる。
そしてスマホを手にしてしゅぱしゅぱといじり始めた。
なにか仕事のことでも思い出したのだろうか。
「ハル様、再来週の日曜日はなにか予定ありますか?」
「再来週は……特にないかな」
特になにか書き込まれているわけでもないカレンダーを見ながら答える。
アルバイトをしているわけでもないので、平日の学校を除けば予定なんて何もない。
けれど年中暇人だと思われるのも癪なのでカムフラージュ的な意味でその動作を取り入れてみたが恐らく意味はない。
「実はですね、わたしが所属するCutieKissのライブがあるんですよ。良かったらどうですか?」
「どうですか、て言われてもチケットがないでしょ。倍率結構高いって噂だけど」
言いはしないが、実は俺もチケットの応募自体はしたのだ。
ファンクラブには入っていないので一般応募にはなるが、それでも一次と二次に応募して見事に落ちている。
「招待席というのがあるんですよ」
「いやさすがに気が引ける。芸能人とか呼ぶとこじゃないの?」
「いえいえ。ほとんどがグループメンバーの友達になると思いますよ。学校とか地元とか。同業者とかの席とは一応分けてるはずです」
「行けるのは嬉しいことだけど、やっぱりちょっとなあ」
なんだか気が引けるというか。
俺のように落選している人は多くいる。誰もが辛い思いをしたことだろう。
中には俺よりもずっと前から追い掛けている人だっている。きっと涙を流したに違いない。
にも関わらず。
最近になって興味を持ち出しただけの俺がコネを使って見に行くというのはどうなのだ。
「わたしが観に来てほしいんです。ハル様に!」
「……まあ、そこまで言うなら」
詩乃自身が行っていることだしな。
CutieKissの曲を聴き出したのは最近になってだが、中々にいい曲が多い。
一度ライブにも行ってみたいと思っての今回だったので残念だという気持ちもあった。
それでこういう機会があるのだから、ここは素直に好意を受け取っておくべきか。
「ありがとうございます。楽しみにしておいてくださいね」
「それは、すごく楽しみだよ。人生初ライブだし」
俺が言うと詩乃はグハッとパンチを喰らったようによろけた。急にどうしたんだと心配していると、変態じみた顔をこちらに向けてきた。
このモードのときは大抵アイドルとしてあるまじき言動が目立つ。
「ハル様のライブ童貞をいただいてしまいました」
「アイドルが童貞とか言うな!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます