第15話
ケーキを冷蔵庫に入れ、お茶を入れたコップをお盆に乗せて部屋に戻る。
「お待たせー……ん?」
「……あ」
詩乃と目が合う。
どういうわけか、ベッドの下を覗き込んでおり、おしりをこちらに突き出していた。ミニスカートなら全てが曝け出されていただろうが、幸いというか残念なことにというべきか、ワンピースなので見えてはいない。
ドアが開けられ、体勢そのままにこちらを見た詩乃は気まずそうに顔を引きつらせている。
そんな、窃盗してるところを見られたわけでもあるまいし。
「あ、や、えっと」
「とりあえず座ったら?」
いつまでもこっちにおしりを向けられていると、さすがの俺も変なことを考えてしまう。
女の子と二人という状況だけでも意識してしまうのだから、できるだけそういう思考は除去したい。
「そですね。いや、違うんですよ勘違いしないでください! さすがのわたしもハル様の目を盗んで下着とか盗もうとしていたわけではありませんよ!?」
しどろもどろになりながら、詩乃は早口に言い訳をする。
「わかってるよ。ていうか、アイドルがその発想を持っているのはどうなの?」
「まあ、わたしもアイドルである前に一人の女の子ですし。そしてハル様のファンですし」
「……どういうこと?」
「わたしのファンがわたしの部屋で一人になれば、そりゃクローゼットの中を性的な目的で覗くくらい当たり前でしょう?」
「知らんけども」
「そういうものなんですよ。なのでわたしだってハル様の下着に性的な興味がないかと言われるとですね」
それを許容しているわけではないのだろうが、ただその行為自体を正当化しようとしてないか?
「というか、それじゃあ何してたの? なんかベッドの下に落とした?」
変な方向に話が進み、新たに詩乃の変な一面を垣間見てしまいそうだったので話を戻す。
もう遅いんだけど。
「えっとですね……わたしとしてはハル様に隠し事はしたくないし嘘もつきたくないんですけど、ここはわたしの名誉のために誤魔化すべきですかね?」
「そんなこと訊かれても困るけど。包み隠さず言ったほうがいいんじゃないかな」
「ですよね。では嘘偽りなくお話すると、ハル様が部屋のどこかに隠してあるであろうえっちな本を探してました」
「人のいない間になにしてくれてんだッ!」
「ち、違うんですよ。別にやらしい気持ちがあったわけではないんです」
「じゃあなに?」
「ハル様の趣味を把握しておきたくて」
「なにも違わないよ……」
本当にこの子アイドルなのかな。
テレビで見る姿からは想像できない自由奔放っぷりに毎度ながら驚かされる。
そして改めて思い知らされる。
テレビでのキャラクターはあくまでも世間のイメージを気にしたものなのだということを。
まあ、この姿であっても人気は得ていただろうけれど。
「あと一応言っておくけど、エロ本は隠してないよ」
「あはは、ハル様ったらご冗談を」
「冗談じゃないんだが。ていうか、このご時世そういう類のコンテンツは電子で見てるんじゃない?」
こういう事態に遭遇するリスクだってあるわけだ。友達や彼女なら笑い話かもしれないが、やはり家族にバレるのは一番酷だ。
「なるほど。確かにそうですね。今どきアダルトビデオだってサブスクですよね」
「アイドルがあんまりアダルトビデオとか言わない方がいいのでは?」
絶対にテレビでは聞くことのないワードだな。
「ハル様は清楚系がお好みですか?」
「別に俺の好みの話じゃないよ。何となくイメージの話」
「女の子だってえっちなものに興味くらいありますよ。アイドルだって女優だって、みんな人間なんですから」
「……まあ、そりゃそうだけど」
ということはつまり、詩乃もそういうものに興味を抱き、実際に観ていたりするということか?
ああ、ダメだ。
余計なことは考えないでおこう。
「つまりハル様のえっち本を見つけることはできないわけですね」
むう、と小さく唸る。
お宝見つからない海賊みたいなリアクションするな。
「仕方ないので口答でお願いしても?」
「そう言われて俺が素直に答えるとでも?」
「やっぱりだめですか」
ちぇ、と唇を尖らせる詩乃。
馬鹿なことにいつまでも時間を割いていてはいくら時間があっても足りない。
俺は仕切り直してゲームの準備をする。
「なにかしたいものある?」
「あ、ヒロスタやりたいです」
ソフトが並んである棚を見ながら詩乃が言う。そしてそのソフトを俺に渡してくる。
「やったことあるの?」
「いえ、実は全然ないんですよ。気になってたんです」
ヒロスタとは『大激闘ヒーロースタジアム』の略称だ。様々なゲームのキャラを使って戦うお祭りゲームだ。
昔、友達とよくしていた。
このゲームが俺と友達の間に溝を作ってしまった。勝ちにこだわるあまり、周りが見えなくなっていた。
「じゃあとりあえず練習する?」
「ぜひ!」
それから暫くの間、詩乃の練習に付き合った。操作を覚えてからは、相変わらずの速さでコツを掴んでいった。
二時間ほどぶっ続けでプレイした結果、CPUレベル最大くらいには普通に勝てるようになっていた。
「やっぱり飲み込み速いな」
「あはは、そうですかね? どうですか、ここは一つ本番でも」
「……さすがに負けないけど?」
「それはどうでしょう?」
そう言った詩乃は自信ありげな顔を向ける。確かに上達はした。そこら辺の人になら負けないだろう。
けど、それはあくまでもエンジョイ勢相手ならばの話だ。
俺はそれなりに練習して、それなりにオンラインでも結果を残している。
ここで負けるようなことがあれば悔しさのあまりソフトを叩き割る可能性さえある。
それくらいにはプライドもある。
「まあ、いいけど。俺、本番って言われたら手は抜かないよ」
「もちろんです。手加減されて勝つくらいなら本気でボコボコにされた方がまだマシです」
多分、詩乃も珍しい側の人間だ。接待プレイを好んでいない。俺と似たような考え方である。
彼女もゲーマーということだ。
であれば、本気で行かなければ失礼に当たる。
「ハル様、マルオを使うんですか?」
「んー、とりあえずね」
マルオは『スペシャルマルオブレイカーズ』という御長寿ゲームの主人公だ。
横スクロールのゲームはもちろん、レーシングゲームやテニスやサッカーといった様々なゲームを出している。
「詩乃はアイ?」
「はい。この子好きなんです」
以前、ゲームセンターで詩乃と対戦したプロジェクトディーバにも登場していたボーカルロボだ。
音ゲーのキャラクターということもあり、攻撃も音楽をモチーフにしている。
「それじゃあ始めよう」
そんな感じで始まった対戦だが、もちろん俺が負けるようなことはなかった。
ただ圧勝とはいかなかったところ、さすがとしか言いようがない。
「……悔しいです! 今度リベンジしますので!」
一勝くらいはできると思っていたのか、詩乃の悔しがり方は本物だった。
やはり彼女はゲーマーだ。
「そろそろ休憩しようか。買ってきてくれたケーキでも食べる?」
「はい。そうしましょう」
このままだと延々とゲームをしてしまいそうだったので、一度クールダウンをすることにした。
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