第14話
今どき、ゲームなんてオンラインに繋げば家にいても世界の誰とでもプレイができる。
それ故の問題もあるが、総合的に見ればそのシステムの導入は画期的といえる。
とはいえ。
ならばわざわざ会って一緒にプレイする必要はないのではないか、と言われると俺はそうとは思わない。
電話を繫いでいれば確かに会話をしながらゲームはできる。けれどどうしても離れているが故に伝わり切らないものがある。
例えばアイドルのライブを映像で観るか会場で観るか。観ているものは同じでも会場の興奮はあのば特有のものだし、映像では決して味わえないものだ。
実際に隣り合わせてゲームをするか、オンラインで通話しながらゲームをするか、そこには大きな差がある。
あくまで俺の自論だが。
中学までは友達がいて、一緒にゲームもしていた。確かにゲームに対する意識のズレはあったけれど、確かに楽しいと思っていた。
ある日、そんな話を詩乃にした。
ゲームをしながらの他愛無い雑談程度の気持ちだったのだが、すると彼女はこんなことを言ってきた。
『それもしかしてわたし誘われてます? ハル様のおうち訪問を提案されちゃってるんですか!?』
言われてみると遠回しにそう言っているように聞こえないこともなかった。もちろん俺にそんなつもりはなかったが。
最初は否定した。
けれども、暴走した詩乃を止めることは俺にはできなくて、こちらの意思などお構いなしに彼女は話を進めていった。
そして。
今日。
『最寄り駅に到着したのであとちょっとでつきまーす(「`・ω・)「』
アイドル、笹原詩乃が我が家にやって来る。
もちろん父には言っていない。
土日は休みだが、だいたいいつも適当に散歩に出る。何をしているのかは分からないが夕方までは帰ってこない。
日頃のストレスをどこかで発散しているのだろう。
案の定、今日も出ていった。
さらに有り難いことに『今日はちょっと遅くなるから晩飯は適当に済ましとくわ』という宣言までしていった。
アイドルと知り合いだと言うことが父親に知られると厄介だからな。
「て、まだ掃除が終わってない」
家の住所は伝えてある。迎えに行こうかと提案はしたのだが、大丈夫だと断られたので大人しく家で待っている。
昨日もしたが落ち着かないので何度目かも忘れた掃除をしていた。
ゲームをするわけだからもちろん俺の部屋に上げることになる。ゴミを捨て、見られたくないものは押入れなどに放り込み、ファブリーズをこれでもかと吹きかける。
ああだこうだとしているとインターホンが鳴った。
「は、はいはい」
心臓がバクバクと激しく動いているのは緊張のせいだろうか。そりゃアイドルが家に来るんだから緊張しないわけがない。
ていうか、アイドルじゃなくても女の子を自分の部屋に入れるのは緊張する。
ただ、それと同じくらいに楽しみなんだと思う。
「こんにちは。今日はご招待していただき、ありがとうございます」
ドアを開けると、丁寧な口調と共に詩乃がぺこりと頭を下げる。
「いや、こちらこそわざわざ来てくれてありがとうございます。どうぞ入ってください」
「ハル様、なんで敬語なんですかー?」
くすくすと笑いながら言う詩乃はとてとてと家の中に入る。玄関で靴を脱ぎ、俺の案内で部屋に向かう。
薄い桃色のキャミソールワンピース。下には黒のインナーを着ている。それにブラウンのカーディガンを羽織っている。
髪はいつもより下の位置でツインテールに纏めている。ファッションも相まって、やはり大人びた雰囲気を感じる。
「ここがハル様の部屋。もはや聖地なんですけど。巡礼してしまいました」
聖地に謝ってくれ。
どこにでもある普通の部屋だ。
部屋の隅にはベッド。その近くにクローゼットがある。勉強机にはとりあえず買った参考書が並んである。
そしてゲーム用のテレビ。これはわりと大きめのものを父が買ってくれた。
もともと父がゲーム好きだったこともあり、ファミコンからスイッチまでわりと揃っている。
「なにか飲み物持ってくるから適当に座ってて」
「はい。あ、これどうぞ」
言って、詩乃は持っていた白い箱を渡してきた。俺はなんだこれという視線を向けたが、それを多分察された。
「ケーキです。駅前にあったので買ってきました」
「わざわざありがとう。別に大丈夫だったのに」
「いえいえ。わたしも食べたかったので。何個か買ってきたのでご家族の方もどうぞ」
「ありがとう。親父が帰ってきたら言っておくよ」
「今はご不在ですか?」
「うん」
「他にご家族の方は? ハル様の家族構成が分からなかったのでとりあえず想像しうる最大数を買ってきたんですけど」
「俺と親父だけだよ。兄弟はいないし、母は小さい頃に出ていった」
「出ていったんですか?」
「うん。まあ、正確に言うなら追い出された、だけどね。理由は詳しく聞いてないけど離婚したんだ」
「あ、えと、ごめんなさい」
はっとした詩乃が申し訳無さそうに謝ってくる。俺は別にこれを何とも思っていないが、世間的には地雷話に思われるのか。
「いや、全然。気にしてないし」
「そう、ですか」
「もう親父と二人で暮らしてる時間の方が長いからね。離婚したあとに親父が徹底的に痕跡を無くしたから思い出すこともほとんどないんだ」
それに、曖昧な記憶しか残っていないけど、あんまりいい母親ではなかったような気がする。
子供ながらにそう思っていたということはきっとそうなんだろう。
「それじゃ、お茶入れてくるよ。ケーキは後でいいよね」
「はい」
詩乃を部屋に残し、俺はキッチンの方に向かう。とりあえず麦茶とかでいいのかな。相手はアイドルだから庶民の家にはないようなお茶とか好んでるんじゃないか?
でもマックユーザーだしな。
大丈夫か。
「あ、そうだ」
一応、ケーキも確認しておくか。
人数聞いてくれれば全然答えたんだけど、気を遣ってくれたのかな。どこに何の地雷があるか分からないもんな。
けど、そういう踏み込みづらい部分を知っていって、人と人は仲良くなっていくんだろうな。
ゲームのことだけを好きでいても友達はできないのはそういうことだ。ゲームだけでなく、もっと人に興味を持たないといけないんだ。
そんなことを思いながらケーキの箱を開ける。
「……」
想像しうる最大数を買ってきたと言っていたっけ。
一、二、三……七、八、九。
どういう家族構成を想像したんだろうか。
もはや大家族じゃん。
あ、大家族を想定したのか。
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