第13話


【やっぱりハル上手え】

【最近配信観てるけどマジでイカれてると思う】

【SHINOのプレイが霞む】


 その日。


 俺は詩乃との二度目のコラボ配信をしていた。ゲームは前回と同様に『ドラゴンスレイヤー』だ。

 とはいえ、前回で難易度高めのクエストもプレイしてしまったので、今回は雑談混じりにゆるーくプレイする感じらしい。


『今度は別のゲームするのもいいですね』


 詩乃が言う。


『そうですね。どういうゲームがいいんでしょうかね』


『なにかリクエストとかありますか?』


 俺は基本的に自分の好きなゲームをプレイしてそれを配信している。元々視聴者数とかに拘りはなかったし、観てくれる人は観てくれていたから。


 対して、詩乃はどちらかというと流行りのゲームに手を出すタイプだ。この『ドラスレ』は俺がプレイしていたからという理由らしいが、基本的には『どうぶつの島』とか『スプラットゥーン』とかをプレイしている。


【スプラ】

【スプラっしょ】

【スプラしかない。ささしのも良いところ見せないと】


 どうぶつの島は上手い下手というよりはセンスや発想力が試されるゲームだが、スプラットゥーンは完全に実力を要するゲームだ。


 俺も詩乃の配信動画を観たことがあるがめちゃくちゃに上手い。ファンの中でも得意であることは有名だ。


『皆さん言ってますが、どうでしょう? わたしとしては嬉しい限りなんですが』


『ええ、まあ。あんまりしたことないですけど、いいですよ。ソフトは持ってますんで、練習しときます』


 流行っているという理由で一応ソフトは買ってある。何度かプレイもしているがそれだけだ。

 結構難しいんだよな、あれ。


【お、ハルが保険かけた】

【ついにささしのの時代だ】

【何のゲームでも勝ちやがるからボコボコにされてほしい】


『詩乃さんはスプラ結構やってますよね?』


『そうですね。ついついやっちゃうんですよ。気づいたら上達してました』


 この前発覚したが、詩乃は多分ゲームの天才なのだ。いや、ゲームに限らずコツを掴むのが早い。

 才能だけで片付けるのは失礼だろうけど、きっと才能はある。その上で努力を欠かさないのだからそりゃ最強だよ。


『ハルさm……んはあんまりしないですか?』


 今、ハル様って言いかけたな。

 気を抜くと素が出てしまうのは気をつけてもらわないと。


【今噛んだ?】

【噛んだというか何というか、言い直したように聞こえた】

【俺ハル様って言ったように聞こえたんだけど?】


 コメントがざわつき始めた。

 その瞬間に詩乃のプレイが危なっかしくなる。きっと慌てているのだろう。


『あ、いや、えっと』

 

 もう言葉も出てきていない。


【そういやささしのはハルのファンとか言ってなかった?】

【言ってた。そもそもコラボの理由もそれでしょ】

【え、じゃあマジでハル様って呼んでるってこと?】


 視聴者の憶測が進んでいく。

 全て正しいのでどう言っていいのか分からない。俺が下手に何か話して状況を悪化させても困るだろうし。


『あわわわ』


 けど詩乃はもう使い物にならなさそうだ。さっきからずっと雑魚ドラゴンにやられてる。


【俺たちがささしのって呼んでるようなもんでしょ】

【ちょっと違うくね?】

【なんて呼ぶとかどうでもいい気が】


 意外と気にしていないようだ。

 それは詩乃もコメントを見て理解したようで、ようやく冷静さを取り戻した。


 さっきまで袋叩きにされていたドラゴンに逆襲でもするように反撃を始めた。


『そうなんです! 実はわたしはハルさんの大ファンで、プライベートではハル様と呼んでました!』


 そして開き直りやがった。


『ぶっちゃけハルさんと呼ぶのもおこがましいと思っていたのでバレたからにはハル様と呼ばせてもらいます!』


『いやいや』


 さすがにそれはどうなんだ、と思ったのだが。


【ささしのキャラ変わってるwww】

【これはこれでアリ】

【ただのオタクで草】


 彼女の好感度が為せる結果なのかもしれない。まあ、ただの一般人と有名アイドルに変な噂が立つはずもないし、みんなもそんなこと思わないのだろう。


 もちろん俺だってそんなことは考えていない。一人のゲーム配信者として、尊敬しているし、そういうふうに接しているつもりだ。


【ハルのプレイ観れば納得する。あれはマジで凄え】

【ハル死ね】

【わかる。これからは俺もハル様って呼ぶわ】


【これからも仲良くしてほしい】

【ハル殺す】

【一ゲーマーとして見るならハルのプレイは見習うべき点が多い】


 肯定的な意見が多い中、たまーに恐ろしいコメントも交じっているのが気になるが、荒れたりしなくて助かった。

 これから荒れる人もいそうだが……。


 そんな感じでその日の配信は終わった。せっかくなのでスプラの練習でもしようと詩乃から誘いがあったので応じる。


『いやあ、一時はどうなることかと思いました』


「めちゃくちゃ動揺してたな」


 思い出すと笑いが込み上げてくる。

 トーク番組とかでよく見るし、頭の回転は速いはずだが、予想外のことには弱いのだろうか。それとも俺関係だからか。


『あと少し続いてたらこれを機にハル様との仲を公表してしまおうかと覚悟してました』


「できれば止めてほしいんだけど」


『どうしてです?』


「どこかで俺の正体がバレたときに殺されそうだから」


『そのときはわたしも一緒に死にますので。ハル様と一緒に死ねるなら本望です』


「死ぬ前に助けてくれ。俺はまだ死にたくない」


『わたしももっとハル様とゲームしたいしいろんなところに行きたいです。死なないでください』


「……」


 俺はピタリとコントローラーを持っていた手を止める。というか、思わず

止まってしまう。


『どうかしました?』


「あ、いや、なんでも」


 今自分がなんて言ったが忘れたのか? いや、きっと気にしてなんかいないのだ。

 その言葉には何の意味もない。ただ俺が無意味な言葉にありもしない意味を見出してしまっただけ。


 俺と詩乃はあくまでも同じゲーマーの仲間だ。友達というよりは同志とかに近い。


 彼女を異性として意識してしまえばそこまでだ。相手はアイドル……叶うはずのない恋なんてするだけ無駄だ。

 ただ傷つくだけだし。

 今の関係でも十分楽しいし、満足している。


『ハル様?』


「ん?」


 我に返ってプレイを再開する。

 随分と差をつけられてしまったようで、この試合はもう勝てそうにない。チームメイトに迷惑をかけてしまったな。


『やっぱりスプラあんまり得意じゃないんですね』


「……うん。練習しとく」


 本気で練習しよう。

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